第19話 同盟
「おっ、来たか」
開いたドアからは金髪ゆるふわウェーブ。赤縁の眼鏡をかけ、大人な印象を与える女性。水無月 みなとさんが朗らかな笑顔で出迎えてくれた。
「さ、上がって」
「はい、お邪魔します」
「お邪魔するわ」
みなとさんが指定した場所はみなとさんの自宅だった。よくある普通のアパート。みなとさんは大学生で一人暮らしらしく、家には他に誰もいない。魔法少女の話をするにはもってこいだ。けれど、いわばそこはみなとさんのテリトリー。罠を仕掛けるにももってこいだ。とはいえ、そうわたしたちが考えることくらいみなとさんも分かっていることだろう。逆に安心なのかもしれない。
「じゃ、適当なとこ座っといてや。今飲み物出すからな」
そう言って居間に案内される。そこには先客が一人。鳶崎 日陰。黒髪ショートで小柄な少女。実年齢は知らないけれど、中学生くらいだろうか。多分わたしよりは年下だと思う。
「えっと、鳶崎さん。こんにちは」
鳶崎さんは僅かにこちらに視線を向けたが、すぐに逸らした。
「すごい敵視されてるけど、大丈夫なの? この子」
「あはは……」
どうしてだろう。あの時戦ったのはお互い様だったと思うんだけど。それだけじゃないのかな。何か彼女にしてしまったのだろうか。
「ほな、立ってないで座っといてや。今飲みもん持ってくからな」
鳶崎さんに気圧されて立ち尽くしていたわたしたちをみなとさんが座るように促す。それを受けてわたしたちは腰を下ろす。床にはふかふかのカーペットが敷かれていて座り心地は悪くない。
「これ一枚で変わるものなのね」
カーペットに感動するせりちゃん。目をくりくりさせて手のひらでカーペットの感触を確かめている。
「もしかして今までって……」
「床に転がされていたわ。固くて、冷たい。でも、これはいいものね」
「せりちゃん……」
せりちゃんがどんな環境で生きてきたのか、それを垣間見えた。想像するだけなら何度もしたけれど、実際にそれをされていた名残が見えるのは初めてのことだあったので心に刺さった。
気まずさを感じてしまう。けれどすぐさまみなとさんが現れてそれを服飛ばしてくれた。
「さ、好きなの選びや」
抱えた缶ジュースをわたしたちの前に置く。何気なく、その中の一つを手に取ってみる。
「みなとさん、これお酒」
「というかほとんどお酒じゃない」
呆れたように言うせりちゃん。鳶崎さんは手慣れたもので、いつの間にかお酒の山の中からジュースを探し当てていた。
「ん、ああ。二人とも未成年やったか。まあええやろ、飲みい」
さっそくアルコールが回っているのか、微かに頬が赤らんでいる。どういうつもりなのか。せりちゃんを問い詰めるつもりじゃなかったのか。
「はい」
「ひゃ!?」
みなとさんの思惑を考えていると頬に冷たいものが当たる。驚いて身を引くと、せりちゃんが飲み物を当てていたことに気づく。
「ジュース、見つけたわ」
「あ、ありがとう」
わたしがそれを受け取ると、せりちゃんはみなとさんの方を向く。
「で、水無月さん。話は何かしら? いい加減本題に入りましょう?」
「みなとでええよ。苗字で呼ばれるのは好かへん。さて、本題に入るとするか」
「そう、なら私もせりでいいわ」
みなとさんは頷いて同意する。そして息を飲んでお酒が入っているとは思えない真剣な表情をする。
「あんたら、うちらと同盟を組まへん?」
「同盟……?」
「ああ、どうしても殺しておかないかん魔法少女がおる」
「魔法少女を殺す……?」
魔法少女を殺す。それは初めて会った時も言っていた危険な魔法少女に対してのことだろう。目撃者を気にせず魔物と戦う。間違いなく大量殺人者だ。
「そのために頭数がいる。手を貸してくれへんか?」
手を差しだされる。わたしは、その手を握り返すのを戸惑った。みなとさんの考えには賛同する。危険な魔法少女を、無関係な人を躊躇わず巻き込むような人を放っておけるわけがない。だからと言って殺すだなんて。そんなことできない。
「わ、わたしは……」
「小詠もうちと同じ考えやろ、せやから……」
みなとさんが、少し怖い。初めて会った時からそういう魔法少女には容赦しないという印象はあったけど、目の当たりにすると恐怖を感じる。
「小詠は違うわ」
せりちゃんが間に割り込む。その一言で闇が晴れたような気がした。わたしは違う。そう言えばよかったのだ。代わりに言ってもらうなんて、わたしは臆病だ。
「……そうなんか? 小詠」
少し、みなとさんの気迫が薄れた気がする。わたしも蹲っている場合ではない。意を決して、本心を言葉にする。
「はい……、わたしもその魔法少女を放っておいていいとは思いません。でも、殺すのは、……できません」
危険な魔法少女を放っては置けない。けれど殺したくもない。優柔不断だと我ながら思う。
「せめて拘束するとか……」
「魔法少女を拘束できるものがどこにあるん?」
その通りだ。魔法少女を拘束することは容易ではない。単純な力が普通の人間の何十倍にも跳ね上がっている。その上に魔法まである。縄や手錠程度では簡単に抜け出せてしまうだろう。
「あるわよ」
口をはさんだのはせりちゃんだった。そうだ。ある。事実わたしが拘束された。
「せりちゃんの魔法なら」
「私の魔法は破壊不能、それに変身を解いても継続するわ」
さらにせりちゃんが変身を解いても消えない。これなら殺さずに危険な魔法少女を無力化することができる。
「なるほどな。破壊されない根拠は?」
放していいのだろうか。みなとさんがまだ信用できると決まったわけではないのに。せりちゃんに目配せをする。けれどそれを意に介した様子はなく、せりちゃんは躊躇いなく答える。
「私の魔法は無よ。無いものは壊せない。小詠の魔法でも壊せなかったわ」
無。それがあの魔法の属性。存在しない。存在しないのだから斬ることはできない。存在しないのだから触れることはできない。存在しないのだから通ることすらできない。拒絶という名前にふさわしい、絶対不可侵の絶対防御魔法だ。
「小詠の魔法でも、か」
みなとさんは悩むような素振りを見せ、少し間をおいて納得したようで口を開く。
「分かった。うちらも小詠とおんなじ方針で行くとするわ。それなら、手を組んでくれるか?」
再び手を差し出される。今度はさっきのような気迫はない。
「せりちゃん、いいよね?」
「ええ、もちろん」
せりちゃんもみなとさんとみなとさんと手を組むことに承諾する。それでわたしはみなとさんの手を握り返す。
「分かりました。手を組みます」
「ああ、よろしくな」
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