スターズ★クラン‐魔法は魔法のための夢を見る‐
3日歩けばえびる神官
知らない世界
第0章『始動』‐雨が良く降る夏の日‐
第0話★事故、変わりゆく意識
どこからか聞こえていた蝉の声は消え、バケツをひっくり返したかのように降る雨の中、ふと目を覚ました。
しかし、なんだかいつもとは違う目覚めに不信感が芽生え始める。
仕事柄、よく肩を凝るから、そこそこのお値段のベッドを買って半年が経つというのに、この感触はどう考えてもベッドの上ではないし、ではなんなのかと聞かれたら、真っ先に思い浮かんだのはアスファルトだった。
――ということは、外にいる? いや、まだ夢の中にいるということなのか?
状況がよくわからない。雨の音や体にまとわりつく服の感触が妙にリアルで、どうやらこれは夢ではなく現実の出来事なんじゃないかと思えてくるがこの感覚は正しいのか。
雨に濡れているアスファルトに寝転がった思い出もなく、そんな初体験を噛みしめようとしたが、ここでようやく自分が今置かれている状況がおかしいことにようやく気が付いた。
どうも何かが起きたらしいことはわかるのに、前後の記憶がおぼろげで、未だに何がどうしてこの状況になっているのかよくわからない。
何も思い出せないのはこの際いいとして、この暑い中、さすがに雨が染み込んだTシャツの気持ち悪さにはもう耐えられない。立ち上がろう。そして脱ごう――しかし、体がピクリとも動かなかった。
おいおい嘘だろ。立ち上がるだけなんだけど。あれ、なんだ……これ。まるで魂と肉体が分離したかのように、手や足を動かすことが全く出来ない。
――これは、かなりヤバいやつなのではないか?
ハッキリとしない意識と、全く動かない体。なるほど、なるほど。なるほど? この状況に少し焦りを覚え、必死に体を動かそうとすると、幸いながら首から上は何とか動くことがわかった。
視線を辺りへと動かし――目に飛び込んできたのは原型を留めていない右腕だった。
それを見て瞬時に頭が真っ白になり、一つの可能性に気が付く。
――事故に巻き込まれた。
それを物語るかのように、右手は無残な姿になっている。事故に巻き込まれたんだと、見ただけでもわかる。
そうか。事故に巻き込まれて、こうしてアスファルトの上に倒れこんでいるという訳か。
更に視線を動かすと、そこには、赤い水が海のように広がっていた。
それが自分のものであると、見た瞬間に気が付いた。右手と、黒く塗りつぶされた胴体から流れているのが見えているから、こんなもの誰でも気が付く。
生まれてこの方、こんなにも大量の血を流したことは無い。このままでは出血多量で死んでしまうのではないか。
思わず、死を連想した。それと同時に、死という恐怖が現実味を帯び、痺れていた思考が一気に回り始め、掠れていた意識が突然覚醒する。
ここで死ぬ。死ぬ。しぬ。しぬ。死。死死死死。
そうだ。救急車。周りに人。携帯。無い。ない。ない。
やばい。ヤバい。しぬ。しぬ。し――
すると、
『……この世界はどこかがおかしい。どこがおかしいか具体的にはわからないけれど、ただ漠然と何かが。……そう、何かがおかしい。だから……、だから、貴方のその力が必要なんです』
聞いたことの無い女性の声が、ふいに脳内で反響した。
――この世界はどこかがおかしい。
女性の声が脳内で木霊している。
確かにおかしかった。人間が関わる全ての事柄がおかしいと思えてしまう、そんな世の中だ。と思うけど、あまりにも具体性が無さ過ぎて、普通なら失笑を禁じ得ない。
――貴方のその力が必要なんです。
何の力だろうか。社会的にも経済的にも体力的にも頭脳的にも、凡人並の力しか持ち合わせていない。そういう評価だったし、自分は悪くない。
というか、死に際だというのに、誰だかよくわからない意味不明な言葉しか思い浮かばなかったのは、何もかもを失敗してしまったかのように思えて、深く絶望を覚えた。
まさか、これが走馬灯というものなのだろうか。
先程の意味不明な言葉を皮切りに、次々と思い出が駆け巡る。
幼い頃、必死に追いかけた小さな背中達。
いつの間にか自分より大きくなった友人達。
そして、式典に晴れ晴れとして顔で臨む知らない人達。
あれは誰だろう。あれは何だろう。あれはどこだろう。
見た事もない人々や建物が次々と脳裏に浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。
これは、自分の記憶なのか? いや違う。おそらく自分のものではない。誰かが生きていた記憶の数々だ。
何を見せられているのかもわからない。自分ものではないこの思い出を見ながら、段々と意識が掠れていく。
朧げな意識の中、死よりも恐ろしく思う気持ちがあることに気がつく。
――魔法を使っていない。
いやいや? 魔法? 魔法なんて使える訳ないのに、何でそれが恐ろしいんだ――いや、恐ろしいのではく、受け入れられなかった。
そして、妹と追いかけた、彼女の魔法。
あの魔法は美しく、そして目に焼き付いて離さない、大切な思い出。
忘れることは許されない。忘れてしまったら、ひどく怒られてしまうだろう。
……妹? 彼女? 誰? だれ? まほう? まほう?
気がついたら、どこか遠くへと飛ばされていくような、不思議な浮遊感に包まれていた。
誰かが自分のことを呼んでいる。
そして、差し出された手を掴み――
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