第17話★実戦、彼から見た彼女の魔法
自主練習室は実技室棟内の奥にある。
さっきの授業を終えて再び戻ってくるとは思わなかった。ソウイチを先頭に、先程授業を行った実技室を横目で見ながら通り過ぎて、更に奥へと向かう。
間もなく歩くと目の前に自主練習室と書かれた、宙に浮かぶ長方形の案内の先にある扉が見えて来た。その扉に向かってソウイチは進むが、僕は思わず立ち止まった。
パッと見、古い石で出来た扉の様だ。しかし、その中心には膜の様なモノが張ってあるのか光が反射し、どう見ても自分が知っている扉ではなかったので、足が止まってしまった。
さっき授業をした実技室は木製の扉だったので気にする必要な無かったが、これはちょっと入るのに勇気がいる。
先に入って行ったソウイチの体はまるで、霧の中に入っていくかのようだった。
大丈夫だろうと、少し勇気を奮って、そおっと足を踏み出す。
つま先が触れた。少し冷たい気がする。
恐る恐る入っていくと、ひんやりとした感触が全身を襲い、軽く身震いをしながら一旦体を外に出した。
今度は、頭だけ少し膜の中に入れて、中の様子を確認する。
中は五メートルくらい真っ直ぐに通路が伸びており、その先には頭を突き出している今の膜とは色合いが違った、少し赤みを帯びた膜が張ってある扉が見える。
頭だけ中に入れても仕方が無いので、全身を掛け声と供に中へと入る。
よし、体に違和感は無い。
体に変化が無いと分かればこっちのものだ。堂々とした足取りで歩を進める。
中の暗さも相まって、通路と言うよりは小さいトンネルに踏み入ったような印象を受ける。
また、通路の壁面はよく磨かれた白い石で出来ており、見入ってしまうような美しさだ。
自主練習室だけ、少し変わった行き方だと、ふと思う。
他の教室を全て回ったわけではないが、普通なら扉の先には室内が広がっている。
通路に続く扉もあるが、自主練習室だけは特殊な扉であり、ひんやりとした膜を通ることで今の通路に出た。
その事が余計に不思議な想像を駆り立てる。
そんなことを思い、壁面を触りながら歩くとすぐに出口の膜の前についてしまった。
今度は恐る恐る膜に入るのでは無く、勢いよく足を踏み出した。
「うっ、まぶしい――っえ?」
外へ出た瞬間、視界が眩い光に包まれた。
トンネルのような通路は薄暗かったので、突然の眩しさに目が慣れるのを待ち、あっと息を飲みこんだ。
自主練習室は、実技室よりも数倍は広くそして、中央には、巨大な樹木が天高くへと伸びているのが目に飛び込んできた。その幹をなぞる様にして、天井へと目を向ける。
天井は一面がガラス張りでアトリウムと言うのだろうか、植物庭園の様だ。陽光が室内を照らしている光景は、一種の神々しさを醸し出している。
その大樹はアトリウムを突き抜けて、肉眼では見えない距離までその幹を伸ばしている事が伺える。でかすぎ。
圧巻すぎて、言葉を失ってしまう。見た事の無い未知の光景に心がざわついてくる。これはヤバい。もう、ヤバい。
そんな事を思い、目をこれでもかと輝かせて見上げていた視線を元に戻し、今度は左右に視線を移動させる。
見たところ、大樹を囲うようにして大小さまざまな線が引かれている。あれは、なんだ? 適当に引かれている訳では無く、何か意味があるように思えるが?
不思議に思いながら更に視線を向けると、その先にエイタがいた。エイタは何やら断続的に色彩豊かな魔法を唱えているようだ。その隣にエルナもいる。
「やっぱエルナいるじゃん! ふうう!」
前を歩いていたソウイチも、僕と同じタイミングで二人の存在に気が付き、わかりやすく嬉しそうに跳ねながら二人の方というよりは、エルナの方へ向かった。
ソウイチも大胆だよな。僕が女子だったらソウイチの行動はわかりやすく、ちょっと期待して見てしまうかもしれない。しかしエルナは、相変わらず機嫌が悪そうな表情をしていて、ソウイチの苦労が伺える。
「二人とも来たか」
ソウイチの声を聞いたエイタは、魔法を唱えた状態で僕らの方を向く。その行動に、ソウイチはド肝を抜いた声で叫んだ。
「ちょ、魔法発動してるときにこっち向くなって!」
確かに、何の魔法かはわからないが、突然魔法を唱えている状態で向かれると、こっちに飛んでくるんじゃないかという不安が押し寄せる。
「あぁ、すまない。だが、心配はいらないぞ? 俺の魔霧は、既に管理下にある」
それを聞いたソウイチは、ホッとしたかのような表情を浮かべている。
エイタは得意そうにして、自在に魔法を操っている。あれだよ、あれ。いくつもの魔法を自在に操る技術、早く僕も身に着けたい。
「はぁ……だとしても、凄いよなエイタは。もうすでに魔霧を管理下に置いてるなんてさ。プロになってもいいレベルじゃんなぁコウタ?」
「へ?」
まさか確認を取るために名前を呼ばれるとは思わなかったので、上ずった声でソウイチの方を向いてしまった。
案の定ソウイチは、上ずった僕の声を聞いて、キョトンとした表情をしていた。
「え? いや、エイタプロになれる素質あるなーって、話し?」
「あ、あぁ! そうだね!」
聞いてませんでしたという雰囲気を出したら、ソウイチは納得した様子をしていた。ちょろい! しかし、僕を凝視するエルナの目線とぶつかり、その威圧的な表情を見た瞬間、体が固まった。
エルナの瞳の奥には、何か疑いを持っているかのように見えた。そんな事を思うと、最初に会った時と比べて更にイラついているような雰囲気を感じるような気もする。
そんな様子にソウイチは何か不味い事言ったか? といった表情で、僕とエルナの方を何度も見つめる。いや、ソウイチは何も言っていないし、ちゃんと反応しなかった僕が悪いんだけど、それにしてもエルナさんこっち見過ぎ……。ちょっと、怖くなってきた。
「とにかく、いまは自主練をしよう。四人いるしな。最初は、そうだな……。エルナ
もいるし模擬戦でもやるか?」
思案顔から一転、なぜか挑発的な物言いで、ソウイチとエルナの顔を交互に見つめる。
「いや、それ俺ヤバくない?」
最初に反応を示したのはソウイチだ。首を横に振り、無理無理と言いながら苦笑いを浮かべる。
模擬戦という事は、実際に魔法を使って戦闘訓練をするのか。何それ、面白そう。
「大丈夫だ。なぜなら、エルナは手加減をする」
安心しろと言いたげな様子でエイタは言うが、なんでエルナが手加減をする事を前提に言っているんですかね。それを聞いたエルナは、ムスッと顔から更にムスッとした顔をしてしまった。僕の中で、竜人=怖いといった印象が確立されていく。これが印象操作というものか……。
「……何勝手に決めてんの」
そんな言葉をはねのけるように、相変わらず刺々しい物言いで、冗談じゃないと言った風に肩を竦めている。竜人の外見もあるから、そういった物言いをすると、何というか背筋が凍ってしまう恐怖感がある。
ホントだよ! なんで、エイタが決めてるんですか! と、心の中で叫ぶ。エルナはともかくソウイチは明らかに冷やせを掻いて、緊張した面持ちをしている。大丈夫なのかな?
「でも、そこまで言うならやってもいいよ? ……でも、死んでも知らないから」
突然の掌返しと思いきや、続く言葉がなかなか穏やかじゃかないが、エイタの意見に賛成らしい。その言葉を聞いたソウイチは、何か覚悟を決めたように表情を改めていた。いや? その改め方は死亡フラグじゃないか?
「安心しろソウイチ。ヤバくなったら俺が間に入るから」
そんな表情の変化をエイタも気が付いていたらしく、任せろと言った風に自分の胸を叩いている。確かに、エイタがいれば大丈夫な気がしなくもない。
「なら、安心だな! 頼むわ!」
ソウイチも、エイタには絶大の信頼を寄せているらしく、覚悟を決めた表情がだいぶ和らいでいる。
じゃあひとまず大丈夫なのかな? 僕より、魔法に詳しいエイタが言っている訳だし、ヤバくなったら止めに入ればいいか。それにしても、エルナにも意外に素直なとこもあるんだな。
そんなことを思いながらエルナの方を向くと、彼女は左手を挙げていた。そして、その手には錫杖が握られている。
あれ? どっから出したんだ? 僕の疑問など誰も気にした様子が無く、エイタはうんうんと頷きながら満足げな様子だ。
なるほど、エルナはやる気になってどっからか錫杖を魔法を使って取り出したという訳か。我ながら、ナイスな状況判断だ。ここでは、魔法が使える。自分の知らない事が起きたら全て魔法のせいにすれば、自然と納得がいくし混乱もしない。
「そうこなくっちゃな。じゃソウイチ、頑張れよ」
「そこまで言われたら、やるしかないか……。っしゃぁ! かかってこい!」
先程とは違い気合十分、いつの間にかやる気になったソウイチは両手を鳴らし、何か魔法を呟いた。思った以上に早口で、何の魔法を唱えたか聞き損ねた。
その瞬間、壁に埋め込まれていた一振りの剣が、独りでに動き出したのを眼の端で捉えた。
え? っと思った瞬間、ソウイチが掲げていた手に、すっぽりと剣が収まったではないか。
あれは、特定の物を自分の手元に持ってくる移動魔法の一種だ。そうか、知識があるから見ただけでその魔法がどんなものか判断が出来る。素晴らしい! ありがとう、ソラ! それにしても、遠くにあるものを手元に持ってくるなんて、便利な魔法だ。
すると、エイタが僕の手を引っ張っている。どうやら、長方形に引かれた線から出るように促しているようだが、何ですか? 握っていいのは、女の子だけ……という、僕の気持ちなどエイタには全く伝わらず、一言いう前に線から無理やり出された。
「ちょっと、なに? 急に引っ張らないで――」
僕達がその線から出た途端、線をなぞる様にして半透明な魔霧が上に舞い上がるのが見えた思ったら、それが箱を作り上げていた。
いや、箱のように魔霧が形を成しているが、あれはあれは先程の実技の時間にやった、魔霧結界だ。
「あれは簡易的な結界だ。外に魔法が漏れないようになっている」
不思議そうに見ていたのに気が付いたのか、エイタが簡単にその魔法について説明をしてくれた。
確かに、自主練習室というから、不特定多数の生徒が魔法を使用するだろう。そんな場所で誰かが唱えた魔法が、他の場所に居る人に当たるような事があっては、プロの魔法士を目指すものとして管理不足という者だろう。
そういった危険性もあるし、それの予防のためこうした簡易結界の中で模擬戦を想定した魔法の練習をするのだろう。
「外に漏れたらヤバいもんね。ところで、模擬戦って言うくらいだから、実戦に近い事をするんでしょ?」
「そうだ。だから、模擬戦をしない人はとっとと外に出て見守るんだ。熱中すると回りが見えなくなったりするからな。非常に危険だ」
そのエイタの言葉を聞いて、少し嫌な汗が流れてしまった。
先ほどエイタはエルナに「手加減をする」と言っていたが、「熱中すると回りが見えなくなる」とも言った。万が一はエイタが止めに入ると言ったが、お互いがお互いに魔法を使う以上、そういった危険性は考慮しないといけないのか。
それは、なんて素敵なんだろうか。
自分で唱える魔法を管理して、相手が傷つかないように配慮もして、更には負けないように戦略的な魔法を行使する。
ただ、強大な魔法を使って相手を凌駕するのではなく、緻密で繊細な魔法を使い相手と駆け引きをしながら戦闘をする。
僕が求めていた魔法そのものではないか。
「しっかり見とけよ。この世界では、模擬戦のようなことがよく起こる。今は対人戦だが、いずれ対魔戦もやるようになるぞ?」
僕が物思いに耽っていると、エイタが物騒な事を言った。
確かに、突然女の子がマンションを襲撃するし、朝起きたらおぞましいドラゴンが街を闊歩しているというし、しっかりと魔法を使わなければいけないだろう。
それに、僕は何者か達に狙われている、いうなればお姫様的な存在だ。という事は、白馬の王子が守ってくれる? それは、隣に立っているエイタか? それは嫌だな。
「対魔戦?」
阿保みたいな脳内会話をシャットアウトし、エイタに問いかける。
「あぁ。どうやらこの世界に存在する魔物達は、人間の事を快く思っていないからな。いつ襲われるかわからないから、こうして学生の内に様々な形の模擬戦を行うのが、当たり前になっている」
そういえば、人間の他にも、この世界にはファンタジー世界でよくいそうな生物達が生息している。
この第三浮遊都市『アマカルカ・ルマ』には、マガルガル・ドラゴンの様なドラゴン種が多く生息しているらしい。大きいものから小さいものまで多種多様だ。
「それって、今朝倒したドラゴンとかのこと?」
対魔戦というから、そういったドラゴン達と相手を取るのだろうと思った。
「あぁ。少々違うがそう思ってもらっていい」
少々違うという意味が気になるが、今朝、エイタが倒していたマカルガル・ドラゴンとも戦闘をしなければならいと思うと、その意味もどうでもよくなってしまう。あんなの、勝てる気がしない……。
「毎日、あんな化け物みたいな生物に怯えながら、生活をしないといけないのか……」
僕の悲痛な言葉に、エイタはしょうがないだろと言って肩を叩いてくる。
「そのために魔法士がいる。魔法士の職務は、魔法に関するすべての業務だ。その幅は広い。この世界に存在する魔物達は皆、何らかの形で魔霧を使う事が出来る――っと、今はソウイチとエルナちゃんの戦いに集中しよう」
エイタの言葉を聞いて、視線をソウイチ達の方へと向ける。まさに、これから戦闘が始まると言った感じで、ソウイチとエルナは武器を構えていた。
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