慧眼の少女(けいがんのしょうじょ)

銀鏡 怜尚

序章

序章

「あなたはお父さんじゃなくて、実はもっと優秀な遺伝子を引き継いでいるのよ」母はそう豪語した。

「遺伝子?」

「あ、難しい言葉を使っちゃったね。あなたのお父さんは、あなたの知っているお父さんじゃなくて、もっと偉くて頭の良い人なのよ。だからあなたは、もっと勉強ができなきゃいけないし、もっと高い点数が取れるはずなのよ」

 遺伝子という言葉は聞いたことくらいはある。

 テレビのニュースやドキュメンタリー番組などで報道されているのを見たことがあった。それが具体的に何を意味するのかは、当時まだ小学三年生で幼かった私にはよく分からなかったけど。

 それよりも、お父さんは私の知っているあのお父さんではない、とはじめて聞かされたときは、子供ながらに衝撃が走った。では、私の知っているお父さんは何者なのか、本当のお父さんとは誰なのか。今ではテストの結果が帰ってくる度に耳にタコができるほど聞かされるので、衝撃の事実内容であっても慣れてしまった。なお、私の知っている父は、二、三年ほど前に離婚していた。

「でもお母さん、算数と理科は九十五点だよ。社会も九十二点だし。国語は……八十五点だけど……それでもクラスで私より成績良い人いないんだもん!」

「まだまだそんな点数で満足しちゃダメ!」母の口調が少し強くなった。

 母は厳しかった。百点満点以外の一切の妥協を許さなかった。「あなたには持って生まれた才能があるんだから」

 そう言われてもピンと来ない。遺伝子やら何やら言われても当時の私にとって得体の知れないもので、理屈を説明されても分からなかった。それより、全力で取り組んだテストであることは間違いない。当時の自分にとって、これが最大限の点数だったし、その努力を認めてもらいたい、と思った。

「お母さん、私が悪かったの?」

「あなたには百点満点取れる才能があるのよ。それくらい優秀なのよ。実際、昔っからあなたは勉強良くできてたじゃない? でもそれでもこんな点数しか取れなかったのは、あなたが勉強をサボって努力をおこたってきたからでしょ?」

 母の追及は止まらなかった。

「……ごめんなさい」

 結局、最後には決まってこのセリフを吐くことになる。以前、四科目中二科目で百点満点を取った時も、残りの二科目が九十点台だったせいで、そこを追及されて、結局謝ることになった。

「分かれば良いのよ。ほら、お母さん、もう怒ってないでしょ?」

「うん」取りあえず自分の非を認めて謝っておけば、許してくれることを経験上学んでいた。

「いい? 学校で一番を取っても、まだまだ世の中いーっぱい、頭の良い人がいるんだから。たまたまそういう子たちが同じクラスにいないからって、いい気になっちゃったらそれまででしょ」

「うん」

「例えば、幼稚園のときに一緒だったユウリちゃん。あの子だったらきっと百点満点とるんじゃないかな。だから、あなたももっともっともーっと。頑張らないとそういう子には勝てないんだからね」

 母は勝ち負けにこだわる人であった。

「そうだね。今度のテストでは、もっと頑張って百点満点取るよ」

「そうだよ。お母さんも応援してるからね!」

「ありがとう! 次は頑張る!」

 そのように言って、今回も取りあえず事なきを得た。

 しかし、この圧迫感はテストの度に続いた。頭が良くてとにかく賢いと評されていた私も、決して一番ではないという、中途半端な頭脳を怨んだ。


 そしてその時からおよそ六年経過した現在。

 ある事件が起ころうとしていた。

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