第十二章 立て直す

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 満身創痍の状態で自分のアパートに撤退して。途方もない敗北感に打ちひしがれていたけど。ちょっとだけお腹の中にものが入って、気持ちが落ち着いてきた。吐き気が治まるのを待って袋菓子を開け、それを食べながら思い出したことを次々ノートに書き足していく。書き殴られる無数の文字。それが、瞬く間にノートをどす黒く染め付けていった。


 複雑に折れ曲がる黒いワイヤーが、出口を求めて紙面の上を幽鬼のようにのたうち回っているノート。それを見て、今日一日のうちに起こったことの深刻さを改めて思い知る。でもそれは、わたし以外の人物にとっては大したことではないんだろう。テレルームにこもったわたしは、引っ切り無しに掛かってくる電話への対応で一日忙殺された……それだけだよね。

 そして。わたしは一方的に爆撃され、ひたすら逃げ惑っただけで何も出来なかったか? いや、確かに激しく攻め込まれたのは確かだけど、決して一方的な敗北じゃない。わたしは、出来る反撃をちゅうちょなくしてきたはずだ。問題は、それに抑止効果があるかどうかなんだよね。


 お母さんとクソハゲ教授の攻撃は、組織的なものではなく、ただ偶然にタイミングが合ってしまったからだろう。二人ともせっかちで、自分のことしか考えてない。切っ先をわたしの携帯や家電いえでんに向けられなかったから、それがたまたまクレーム受付用回線に流れ込んだっていうだけ。その二人の攻撃に関しては、むしろ白田さんの誘導を問題視した方がいい。わたしに個人的に悪意を抱く人物がいた場合、それをクレーム受付用回線に誘導しようとするアクション。その導火線を、どこかで切断しておかないと……。


 厄介なのは、それ以外のアクションだ。


 系が三つある。最初の無言電話。二番目が出て行けおじさん。三番目がクレームの形での女子大生による一斉攻撃。


 最初と二番目の携帯は電話番号でフィルターをかけたから、簡単には再発しないだろう。でも、無言電話は発信者が特定出来てない。電話番号でフィルターをかけても、携帯端末を変えて攻撃が繰り返される恐れがある。まあ、無言であることが確認出来ればすぐに番号でシャット出来るから実害は小さいんだけど。敵の情報は番号以外何も得られず、わたしの感情や心理状態だけを一方的に探られるっていうアンバランスがどうにも腹立たしい。


 出て行けおじさんは、社長の父親でまず間違いないだろう。穂蓉堂の関係者であることは電話番号から明らかだし、それを明示して警告を出したから、そうそう身動きは取れないと思う。次の敵のアクションが発生するまでは、ノータッチでいい。一番頭に来るけど、一番対処が楽になった。


「問題は、アレだよなあ」


 無言電話と出て行けおじさんには効果的な対処法があるし、実際にそれで実効を得られてる。でも、大学への抗議でワンパターンクレームが明日以降止まるかどうかは、まだ予断を許さないんだ。明らかにいたずらっていうことであれば、大学側により強い対処を求めるだけじゃなくて、警察にも対応を相談出来るだろう。だけど、どう考えても悪戯の線は薄い。いかにシナリオ棒読みだと言っても、かけてくるどの子の口調や話し方にも、悪意や露骨な敵意の混入がないんだよね。わたしが推測したように、覆面テスターの役割を忠実に担ってる感じだ。


 じゃあ、それはバイトか、そうじゃないか。御影っていう女が、バイトとして友達に斡旋してる? わたしは最初そう考えたんだけど、全部で七十人という規模は、友達繋がりとしてはどう見ても大きすぎる。大学だと講座じゃなくて、クラスや学年の規模だよね。だとすれば、それを誘導出来るのは先生だけだ。


「ふむ」


 つーことわ、だ。講義を持ってる先生の誰かが、課題としてそういうのを出したってことなんだろう。それだと、単純な覆面テスターっていう話じゃない。さっき調べてみたけど、ベガ女子大はお嬢様大学ではあるけど決して三流大学ではない。わたしのいた大学よりも、偏差値はずっと高い。文系の大学だけどね。当然教師陣も、うちの大学よりクオリティが高いと考えていいんだろう。わたしの応対を採点し、それを提出すればレポートおっけーなんて、そんなお粗末な課題を出すかいな。


 学生には、クレーム担当のオペレーターからいかに紋切り型以外の回答を引き出すかを工夫してレポートに記載し、提出しなさいって言ってるんじゃないだろうか。だとすれば、うちの社の事情を全く知らない学生たちは、先生の悪意ぷんぷんの課題のとばっちりを食ってるってことになる。


 御影っていう女は、どう見ても先生ではない。きっと、まだ学生だろう。そして、彼女はそれほど頭が良くない。もし盗聴器設置、エロ音声攻撃、無言電話が彼女のアイデアだとすれば、それは実に幼稚でくだらない方法だもの。わたしを心理的に追い詰めるには、どれも中途半端なんだ。でも、クレームの波状攻撃は違う。こっちは規模がでかく、足が付きにくく、悪意の介在を認めにくい。そして、わたしがクレーム電話を抑止することが極めて難しい。


 今日の抗議だって、もしかしたら効かないかもしれない。だって、教務課職員の聴取に対して、学生はみんな口を揃えて言うだろうから。わたしたち、ふざけてなんかない。先生が出した課題だって。そして教務課のヒラ職員が、教授先生に対してお恐れながらとご意見しにくいこともきちんと計算してある。御影は、最初にやってた幼稚な直接攻撃を諦めて、誰か優秀な参謀を付けたってことなんだろう。そして、それが大学の教職関係者である可能性が高いってことだ。相当手強いな……。


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