(10)

 六回目の受話。即切りしないで、文句を言わせることにした。


「なぜ切るんだ!」

「当社に関係のない電話は、お受け出来ないと申し上げたはずです」


 やっと黙ったか。


「ついでに申し上げますが、そちらがどなた様か当方では全く存じ上げません。発信者を特定出来ないお電話は、こちらでは全て悪質なクレーマーからのものと判断し、対応を行わないことにしております」


 もう一発ぶちかまそう。


「そちらの発信情報、すなわち電話番号は分かっておりますので、このような迷惑電話をまだお続けになるのであれば、当社の営業を妨害する目的の行為と判断し、警察に通報いたします。よろしいですね?」

「ふん」

「よろしいですね?」


 念を押した。でも、この程度じゃこのクソハゲ教授には全く効かないだろう。少し押し返すのがいいとこ。案の定、教授は鼻でせせら笑った。


「ふふん。出来るもんならやってみろ」


 やっぱりね。


「俺は三山みつやま大ライフサイエンス学部の尾上おがみだ」


 やっと名乗ったか。


「どのようなご用件でしょうか?」

「おまえ、データを隠してないか?」

「はあっ?」


 こいつ、気が狂ったんじゃないの?


「先生。おまえらなんか絶対に信用出来んと言って、全データを一元管理されてたのは先生ですよね? お忘れになったんですか?」

「……」

「わたしの使っていたフラッシュメモリも外付けのハードディスクも、ついでに言うならわたしの私物のパソコン本体のハードディスクまで。先生が隅から隅までチェックして、洗いざらい研究関係のファイルは消去されましたよね?」

「ああ」

「いいですか? わたしは先生の研究にはこれっぽっちも興味がありません。大学卒業のお免状さえいただければ、あとはぜえんぶ忘れたい。わたしのテレオペの仕事には、先生の研究なんかの役にも立ちませんから」


 わたしは、全身全霊を込めて『クソ』と大声で言い切った。わずかな沈黙の時間、なぜクソハゲ教授が私に電話してきたかを考える。


 ははん。そうか。クソハゲ教授め、とんだへまをこいたな。学生を信用せず、データの漏洩を恐れて学生の記録装置の中身を消去する教授。でも、自分のパソコンや記録装置にそれをコピーし忘れたか、自分のパソコンがクラッシュしたに違いない。講座の共用パソコンを用意しないで、学生に一方的に自己負担を押し付けるロクでもない教授。そのツケが回ったんでしょ。いい気味だ! ざまあみやがれっ!


 わたしが学生の時は人をくっそみそに言っておいて、その支配からやっと逃れたわたしを、まだ奴隷扱いしようとしてるクソハゲ教授。誰があんたの言うことなんか聞くものか! 思い知れっ!


「繰り返します。この電話回線は、当社の製品に対するご意見を頂戴するための公式なものです。わたし個人へのくだらないいちゃもんを受け付けるためのものではありません。今後そちらの番号からこの回線には接続出来ないよう、受信拒否設定させていただきます」


 ぶつっ!


 冷静に言ったつもりだったけど、最後にぶっちする時に、わたしの指はぷるぷる震えていた。恐怖でじゃない。怒りでだ。


「ふううううっ」


 あの粘着質の教授が、これで諦めるかどうか自信がない。でも最初に教授が口に出していたデータ隠蔽っていういちゃもんが、わたしからバックアップデータを回収するための言い訳だとすれば。もうそれが不可能だっていうことは、いくらなんでも分かるだろう。だって、それはわたしの意思の問題じゃない。機械の問題だからね。データのリカバリーをしたいからパソコンを貸せっていうなら、ぴっかぴかの最新鋭パソコンとなら取り替えていいよって言ってやるか。うけけ。


 でも、わたしはもう二度とあの教授とは接点を持ちたくない。それがいかなる形であっても、だ。冗談じゃない!


 胃の痛み、吐き気、そして……今度は目眩が始まった。絨毯爆撃は、まだ終わらないだろう。あと二時間は、敵の攻撃を凌ぎ切らないとならない。ディスプレイには新たな電話番号が表示され、着信音が鳴り出した。携帯からの着信だ。例のやつだな。


「090 YYZZーZZXX、か」


 ベガ女子大に止めろって何度ねじ込んでも、即効性はないだろう。かかって来てるのは、きっと同じ内容のクレームだ。それでも、それに片っ端からキレてしまったら、消耗するのは向こうじゃない。わたしだ。

 ああ、仕方ないね。わたしは機械になろう。アンサリングマシンに徹しよう。あと二時間。このしょうもない電話を、時間外ですので受け付けられませんとシャットアウト出来るまでは。


 電話は、時間外の六時になるまで三十五本、着弾し続けた。


 つ……か……れ……た……。




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