(6)
朝会のあとの社長と各担当者との個別打ち合わせは、これまで通りだった。違うのは、同じ場所でみんなに聞こえるようにやるっていうこと。担当者と社長とのやり取りを聞いて、メモを取り、質問をする。仕事とノウハウをみんなで共有する必要があるからね。社の現状や問題点もライブに分かるし、アイデアや意見も出しやすい。
早速、白田さんから緊急のリクエストがあった。御影さんの後釜のバイトが欲しいって。そりゃそうだよね。今回の移転絡みで事務量がものすごーく増えてるのに、対応するのは基本白田さん一人だから。
とりま、突っ込みを入れる。
「ねえ、白田さん、御影さんはもう出て来ないんですかあ?」
「あの子も意外に薄情でねえ」
「へー」
「カレシとのデートの予定がいっぱいで、とってもバイトの余裕なんかないって」
ぐわあ! 人間、変われば変わるもんだなあ。まあ、本当はそれだけじゃないんだろうけどね。正直、自分が絡んでトラブっちゃった会社でバイトしたくないっていう意識が強いと思う。社長と顔を合わせるのはすっごい気まずいだろうし。カレシと熱々っていうのも、そういうのが影響してるんちゃうかなあ。まあ、うまくやってくれればそれでいいけど。とか、御影さんのことを考えてたら、白田さんからおねだりが。
「ねえねえ、ようちゃんの方で誰か知らない?」
「ううー、知り合いの子がいないこともないんですけど、わたしの出た大学には今後一切接触したくないんで」
バイトの子を通してクソハゲにわたしの現況が漏れると、どんなちょっかいがぶっ飛んで来るか分かったもんじゃない。さすがに、完全縁切りしたい。
「そうよねえ……」
「求人誌で探すとかは?」
「面接やってる時間がもったいないの。性格分かってる知り合いの方が楽なんだよねえ」
「ううー」
ぬいに振るっていう手もあるけど、あれじゃ全然役に立たんだろうからなあ。クサイし。
ん? 待てよ? 全然別系の知り合いが一人いるじゃん。打診するのはタダだ。当たってみよ。わたしはスマホを出して、水沢さんにメールを流してみた。
『バイトの話あり。勤務条件、バイト代等、応相談。バイト内容は事務補助』
メールで返信が来るかと思ったら、直接電話がかかって来た。
「何野さん、メールありがとうございますー。復職されたんですか?」
「そうなのー。元さやー。てへ」
「いや、よかったですよー」
ほっとしたんだろう。水沢さんの口調は明るかった。
「じゃあ、バイトって高野森製菓のですか?」
「そう。御影さんの後釜ね」
「そっかー。えっと、事務補助ってどんなことをするんですか?」
お! 食い付いたぞ! しめしめ。
水沢さんは、わたしが巻き込まれた今回の奇怪な騒動のことを知ってる。実際何がどうなっていたのか、興味津々なんだろう。それに、ぶち切れたわたしが復職したってことは、今社内のムードがいいっていうこと。悪い話じゃないって思ってくれたのかも知れない。
わたしが言うよりも、実際の担当者が説明した方が早い。白田さんにスマホを渡して、直接交渉してもらった。白田さんの話しぶりを聞く限り、水沢さんはバイトすることに前向きなようだ。
「ふう……」
話し終わった白田さんからスマホを受け取って、確かめてみる。
「白田さん、感触はどうですか?」
「行けそう。ねえ、ようちゃん。よくベガ女の子を捕まえたね」
「ふふ。白田さん、これは御影さんには内緒にしといてくださいね」
「え?」
「彼女こそ、今回の騒動解決の最大の立役者なんですよ」
「!」
「彼女も、谷口教授の課題でクレーム受付用回線に電話してきたんです。それをどやして、身元を特定して」
「あ、それで」
「そう、彼女からいろいろ情報を仕入れたんですよ」
「うわ……」
「彼女、水沢さんはすごーく優秀です。ちゃらけたところはないし、さすがベガ女って子ですね」
「へえー」
「観察眼が優れてて、人と状況をよーく見てる。好奇心が強い。しっかり考えるし、判断力もある。経済学部は文系なんでしょうけど、彼女の本質はリケジョかもしれません」
「才女なのね」
「ですです。でも温和で、控えめ。出しゃばらない。御影さんと同じで、慎重で引っ込み思案なんですよ。彼女も羊だってことです。そこが惜しいんですけど」
「ふふふ。ようちゃん、そう言ってどやしたんでしょ?」
「ぴんぽーん! だって、もったいないですよ。あれだけ優秀なのにー」
「そうかあ。感じのよさそうな子ね」
「それは保証します」
「楽しみだわ!」
そのあと社長や黒坂さんも交えて、ちょっとした水沢さんの品評会になった。御影さんに気付かなかった社長は、本当に懲りたんだろう。根ほり葉ほりいろいろ聞かれた。ちぇ。そういうのは最初から発揮してよね。わたしのプライベートにはまるっきり無関心だったくせしてさー。くっそ。
まあ、いいや。ずかずかと無遠慮にプライベートに踏み込まれるのは困るけど、だからってまるっきり無関心なのはもっと困る。少なくとも牧場の仲間のことくらい、他の人よりもよく知っておこうよ。そういうことだよね。
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