(3)
悪戯っぽく笑った白田さんが、話を続けた。
「社長のコンセプトはよく練られてる。さっきようちゃんが言ったみたいに、社長だけが商品企画をやるのは無理よ。でもうちみたいな零細じゃ、そのためだけに人を雇うことは出来ない」
「ええ」
「わたしたちが手伝ったとしても、どうしても片手間になるでしょ?」
「そうだと思うんですけど」
「だから社長は、アンテナショップを発信だけでなくて、受信でも使うことにしたの」
どういうこと? 受信でも使う。受信でも……。
「んんんっ!」
「分かった?」
「お店に来るお客さんからアイデアもらって作っちゃおう。そういうことですねっ!」
「ぴんぽーん。さすがようちゃんね」
うーん、やるなあ。わたしも、そこまでは考えつかなかった。
「それもね、アンケートで調べるみたいな受け身の方法じゃないの。確実にアイデアを確保出来る、画期的な方法」
「へー。どんなんだろ?」
「お客さんの企画した商品をそのまま製品にして、店頭に並べちゃうの」
「おわあっ!」
す、すご……。
「そしてね、そこで評判が良かったものは、大手の製菓会社で商品にしてくれるかも。全国展開になるかもよって、鼻先にニンジンをぶら下げる」
「そうか。お客さんに、サクセスストーリーの筋書き見せちゃおうってことですね?」
「そう。そのコンセプトが浸透すれば、うちはお金をかけて宣伝をしなくてもいい。宣伝費がケチれるの」
「なるほど。お菓子を企画したお客さんが、口コミで販路を広げてくれるってことかー」
「店頭に出すのは時限付き。全てが限定商品になるから、プレミアが付くでしょ? 値引きに走らなくて済むし、売れ残りにくくなる」
「うーん、きっちりと計算されてますね」
「そうしないと、テナント代が払えない」
そうかっ! そっちかあっ!
「これまでみたいに小売店に流すだけなら、そんなギャンブルは要らないけど、テナントできちんと売り上げ出すなら、どこかで新規性を見せないとならないもの。うちは、名の通ったブランドじゃないんだし」
「ふむ。新しい商品展開のシステム自体をブランド化しちゃおうってことか」
「そう」
「でも、そうすると高野森製菓独自の押しみたいなものが弱くなりませんか?」
「ようちゃんの言う通り。大手の下請けで、しかも企画は人任せでってことでしょ?」
「はい」
「でも、うちみたいな小人数のところは、そもそも背伸び出来ないよ。みんな地味なんだし」
「あはは……」
「もともとニッチを狙った商売を模索してたんだから、うちはお客さんのオリジナル菓子を実現させるサポートが売りだって割り切っちゃえばいい」
「そっか。思い切りましたねー」
「こけた社長が、ただでは起きなかったってことね」
すごいなあ。鮮やかな発想の転換だ。地味で穏やかな社長が、いきなりどんな困難も踏み倒して突進するやり手に変身出来るわけはない。それなら、今のままの自分で無理をしなくても出来るスタイルを模索すればいい。そっちもニッチで行こう。そういうことなんだろうな。
「生産工程のほとんどを委託にしたから、うちは設立時から作ってる定番だけを、残したラインでちょぼちょぼ自家生産するだけ」
「そっか。それを保険にするっていうことですね」
「うん。定番になったものは、派手に宣伝を打たなくてもそこそこ売れる。毎回博打を打たなくて済むから、わたしたちには余裕が出来るってことね」
「はい!」
「定番の生産だけなら、技術さんは別に社員でなくていいもの。パートさんも少しでいい」
「それで人件費を削れるってわけかあ。じゃあ、出木さんのポストは廃止ですか?」
「工場長ポストは残るよ。でも、機械管理は派遣さんに委託」
「労務管理は?」
「パートさんの中から責任者を決めて、その人にパート代とは別に主任手当を出す。そうしたの」
「あ!」
「巧妙でしょう?」
「はい。そのパートさんには、時給とは別に手当として安定収入が入るってことですね?」
「そうなの。主任を引き受けるパートさんは、実働時間とは別の定額のお金をもらえる代わりに責任が加わる。プロ意識が育つってことね」
「そっかあ……」
「でも、法律上労務管理や安全衛生管理の責任者を置かないとならないから、社長が工場長を兼務するっていうわけ」
社長が兼務? おいおい……。
「出ずっぱの社長に、そんなん出来るんすかー?」
「それで移転を急いだのよ」
「あ!」
「今までみたいに、社屋と工場が離れていると機能的に動けないでしょ? だから、工場の隣に社屋があるっていう一般的な形にしたわけ」
「ああそうか。それなら、社長や社員がすぐに見に行ける、対応出来るってことか」
「ね? それと、今まで社員だけだった朝会に、主任さんも来てもらう」
「そこで意見交換して、指示を出すってことですね?」
「あはは。ほんとは、最初からそうしないとだめだったんだけどねー」
白田さんが苦笑した。
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