(4)
「うーん、それにしても」
「なに?」
「短い期間に、よくそこまで矢継ぎ早に手を打てましたね?」
「社長一人じゃ絶対に無理よ。社長がそう言って、素直に白旗を上げたの」
ずべっ!
「あわわ……」
「でも、それが自然な姿だと思わない?」
「はい!」
「力を貸してくれって泣きつかれたら、そりゃあこっちだってやる気になるわよ。わたしも黒坂さんも自分の給料がかかってるから、知らんぷりは出来ないわ」
「そうですよね」
社長のしでかした信じられない裏切り行為。白田さんも黒坂さんも、とても許せないだろう。でも。社長はいきなり豹変したわけじゃない。徐々に追い込まれて行ったんだ。白田さんや黒坂さんは、本当はその変化をちゃんと見抜いてあげなければならなかった。もっときちんとコミュニケーションを取ろうよ、そういう働きかけがどちらかから出ていれば、こんなにもめることはなかったはず。ごたごたの責任を、社長にだけ押し付けることは出来ない。
だから白田さん、黒坂さんは、わたしと同じでリセットすることにしたんだと思う。いろいろあったのを、今さらああだこうだ言ったって始まらない。そんなことより、巻き返して自分たちの稼ぎを何としても死守しなきゃって。
そして社長は、自分の限界を思い知ったんだろう。寝る間も惜しんで仕事に没頭するのはいいけど、やっぱり一人で何もかもじゃ無理だよ。少ない人数でやるなら、少なくともその人たちにはフルに協力してもらわないとさ。分業じゃなくて、ちゃんと協業にしないと。
うーん、社長。やるじゃんか! ゾウリムシが進化して、アマガエルくらいにはなったかもね。けろけろっ。
「そっかあ。なんかわたし、爆弾ばらまいただけでリタイアしちゃったから、みんなに迷惑かけただけだったかなあと思ったけど。ほっとしました」
「ふふ。あ、それでね」
「はい?」
「今日ようちゃんに電話したのは、さっきのとは別件なの」
へ? はて?
「ようちゃんの手続きが全然終わってない。社に出て来て」
「?」
何の手続きだろ?
「何かありましたっけ?」
「あんたねえ……」
いきなり、白田さんの声にドスが効いた。
「辞めるにも、ちゃんとけじめってものがあるのっ!」
うっ。
「辞めますの一言で辞められるほど、世の中甘くないよ?」
ううっ。
「ちゃんと退職願いを出して、それをうちが受理するっていう手続きを踏んでもらわないと、事務処理出来ない!」
うううーっ。
「す、すみません」
「ってことでね。ようちゃんは、傷病により休職中ってことになってるから」
どべっ。
「な、なんですとーーっ?」
「しょうがないでしょ。退職願いがない以上、休職中で処理するしかないんだもの」
う、そっか。
「当然だけど、ようちゃんが絶対に辞めたいって言わない限り、社長は慰留する。今回の件は、ようちゃんには全く落ち度がないからね。あれは、ぜえんぶ社長のちょんぼ」
「……」
「ようちゃんが、うちの社はどうしてもイヤだって言わない限り、社長の方からようちゃんを切る理由なんかどこにもないのよ」
もう。涙腺が木っ端微塵にぶっ壊れていた。溢れる涙で前が……前が見えない。
「ね? 出といで。待ってるから」
「は……い」
新しい社屋の場所を聞いて、それをノートに控えて。わたしは電話を切った。それから座卓の上に突っ伏して。わんわん大声を上げて泣いた。それは、悲しかったからじゃない。ものすごく。ものすごーく嬉しかったからだ。
激戦を戦い抜いて勝ち取ったのに、放り出してしまったと思い込んでいた旗。勝利の旗。それが……わたしの手に戻ってくる。
戻って来るんだ!
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