(4)
「まあ、いいです。わたしは、白田さんも黒坂さんも御影不動産の直系であることを確認出来ました。そして、お二人とも平社員ではなかった。つまり、お二人ともポジションに相応しい実力をお持ちの、有能なベテランさんだってことです」
白田さんと黒坂さんを交互に見る。
「御影不動産の有能な人物をここに送り込む。御影不動産と社長との間に密接な関係がない限り、そんなことはありえません。そしてバイトが……」
「御影さんだってことだな」
「はい。でもね、それが今回のごたごたを生み出した、もっとも大きな不幸だったんですよ」
「は?」
みんなの視線が、わたしにどっと集中した。
「ふ……こう?」
白田さんが、きっとわたしを睨んだ。
「そんな言い方……」
「黙っててくださいっ!」
徹底的に押し潰す。封殺する。いい? ひよっこのわたしが、みんなと対等に話を出来る機会。それは今、この時しかないの! それを邪魔しないでっ!
「いいですか? わたしは、最初から御影さんにいい印象を持っていません。白田さんがわたしの腹を探るために、外ランチに誘い出した時。彼女も一緒に付いて来ました」
御影さんに指を突きつけて、思い切り糾弾する。
「論外ですよ! バイトの分際で、社員のわたしにろくに挨拶もせず、口も利かず、白田さんへの態度も横柄そのもの! 白田さんに支払いをさせといて、ありがとうもごちそうさまもなし! この礼儀知らずの傲慢クソ女があっ!」
わたしの激しいキレ方を見て、御影さんは泣く寸前。
「……と思っていました。そして、その苗字が御影だったから、わたしは裏を探っちゃったんです」
がん! 今度はヒールで、ドアをどやした。壊れたって構うものかっ!
「白田さん! 白田さんは、ベガ女子大経済学部の谷口教授とお知り合いですよね?」
黙ってるけど、しらを切ったってもう無理だよ。
「水曜日の集中砲火。谷口教授は、覆面テスターの課題を生徒に課した。そのテストの対象になった電話番号。それがうちのクレーム受付用回線だったんですよ! わたしと何の面識もない先生からの一方的な攻撃。誰かが裏で糸を引いてないと、こんなこと出来るわけがないっ! ははん。これは白田さんか、御影さんのスジだな。わたしはすぐにベガ女子大に乗り込んで、谷口先生に直接ねじ込んできました」
「う……」
白田さんが真っ青になった。
「谷口先生は、白田さんからのスジであることなんか絶対にばらしませんよ。それこそ責任問題になるから。でも課題協力への依頼が、大学から白田さんか社長にあったはず。そして社長は、そんな許可なんか出したことないって言った。当然です。商品への大量のクレーム。それは社にとって致命傷になりかねない。それが勘違いでも風評でも絶対に困る! 社長が、そんなバカな課題の受け入れを認めるはずがない!」
「ああ」
「そうしたら、混乱をもたらした責任は、テスター依頼を勝手に認めた白田さんになる! 白田さんが画策したかどうかなんてどうでもいい! とんでもないリスクを社に背負わせてしまったってこと! 白田さんは、それにどう申し開きするんですかっ!」
白田さんは、固まって貝になってしまった。
「そんなことも判断出来なくなるくらい、白田さんの頭に血が上っていたということ。それを……」
ぐるっと見回して、みんなにしっかり印象付ける。
「よーく覚えておいてください」
ぎぎっ。わたしは身を乗り出して、御影さんをぎっちり睨みつけた。
「そして。水曜日の午前中にたくさんかかってきた無言電話。あれは、御影さん。あなたですね?」
「……はい」
御影さんは、素直に認めた。
「わたしはね、とんでもなく不愉快だった。わたしがあなたに何かしたっていうならまだ分かる。でも、わたしはあなたを知らない。ほとんど顔を合わせたことがないし、もちろん口を利いたこともない。それなのに、なぜ白田さんを通じてわたしに嫌がらせをしてくるのか。さっぱりわけが分からないの」
真っ青な顔で、小刻みに震え続けている御影さん。
「御影さんのことは、ネット検索でも何も情報が出てこない。それなら、わたしの方で御影さんの人物情報を入手しないと、対抗策が立てられません。谷口先生のところに抗議に行くついでに、そちらも情報収集することにしました。まず最初に確かめられたこと。御影さんがベガ女の学生であること。それは予想通りでした。でもそれ以外は、まるっきりわたしの予想外だったんです」
ふうっ。御影さんに向けていた視線を切って、みんなを見回す。
「そう。御影さんは、御影不動産とはなんの関係もありませんでした。名前がたまたま同じだっただけ。社長の一人娘とか、そういうステータスをお持ちの方じゃないんです」
「えっ?」
絶句した社長が、御影さんを凝視した。御影さんはわたしの説明を聞いて、ほっとしたように肩を落とした。
「御影真佐美さんのお父様は、ごくごく普通のサラリーマン。わたしんとこと同じです。そしてね、御影さんはとっても引っ込み思案で臆病。女子大のクラスの中でも目立たない。男の子と付き合うとか遊び回るとか、そういうのとは全く縁のない超内気でものっそ地味な女の子。そうお聞きしました」
「誰から……ですか?」
こそっと。御影さんから突っ込みが入った。
「言えません。それが情報提供してくれた人の条件ですから」
「……」
「でもね。そうすると、そんな大人しい女の子が、なぜわたしにだけは一方的な攻撃姿勢を取るのか。もっとわけが分からくなる。そこが、わたしが推論を組み立てる上での一番の悩みの種だったんです。ただ、その時点で一つだけ、なるほどなあと納得したことがありました」
御影さんに向かって、真っ直ぐ指を突き出す。
「御影さん。あなたがわたしに無言電話をかけた理由」
「……はい」
「あれは、わたしへの嫌がらせじゃない。谷口先生が出した課題を見て、あなたは青くなったんでしょ? これはいくらなんでもまずいって」
こくん。すぐに頷いた御影さん。わたしは、それに笑顔で応えた。
「やっぱりねー。本当はわたしに事前に伝えたかった。とんでもない電話が殺到するけど無視してって。でもわたしに直接そう言う勇気が出なかった」
「はい……」
「どう説明したらいいか分からないものね。あなたの立てた計画じゃないし」
「は、はい」
「だからわたしに非常事態を知らせるためには、無言電話をかけ続けるしか方法がなかった。わたしに身元が割れるのが怖かったから、送受信の感度や音量はゼロ設定してたってことね?」
御影さんが何度か小さく頷いて、わたしの推論を認めた。そりゃそうだよ。超内気な御影さんが、大勢のクラスメートに向かって、こわいこわい谷口先生の課題を無視しろ、電話したらダメだなんて言えるわけないじゃん。学生の迷惑な電話がかかり始める前に何とか気付いて遮断してって、祈るような気持ちで空き時間に必死に無言電話をかけ続けたんだろう。だから、かかってきた間隔が不規則だったんだ。
「それに、御影さんにも課題を提出する義務がある。課題をこなすためには、わたしと電話で直にやり取りしないとならない。それだけは絶対にしたくなかった。……でしょ?」
今度は大きく頷く御影さん。まあ、そうだろなあ。多数回かかってきたのは、わたしに着信拒否設定させるため。そうしないと課題提出しない言い訳が出来なくなる。わたしがその設定をするまでかけ続けたってことなんだろう。
「御影さんがわたしへの嫌がらせで無言電話するなら、自分の携帯を使うなんて絶対ありえないですよ。番号が割れちゃうもん。わたしがそれを照合出来ちゃうからね」
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