第4作戦 縁談
(1)
ふう。一息ついて、それからゆっくりみんなを見回した。
「木曜日の外勤で集まった追加情報。それを加えて、もう一度事実関係を見直してみました。分からないことばっかなら、分かるところから解いていくしかありません。そうしたら、先週の水曜までにわたしに降りかかったいろんな良からぬアクションの出処が、そんなに複雑じゃないんだってことに気付きました。わたしが疑心暗鬼になって深読みし過ぎてたんです。実は、わたしを攻撃している当事者は最初から二系しかないんですよ」
左手でVサインを出す。それは二の意味。勝利のサインじゃない。
「白田さんと御影さんのライン。そして、社長のお父様です。そのどちらも、わたしを攻撃する目的ははっきりしています」
「それは?」
黒坂さんに確かめられる。
「わたしをこの社から追い出すことです。でもわたしには、敵視されるようなことをした覚えが何もないんですよ!」
がん! ドアに蹴りを入れる。
「誰かと激しく衝突したっていう事実があるならともかく、わたしは入社してから毎日テレルームに缶詰になってるんです。そもそも他の誰かとの接点がない。トラブルが起こるきっかけすらないんです。しかも、わたしは御影さんや社長のお父様を知らないんです。知らない相手から、どうしていきなり敵視されないとならないんでしょう?」
「うーん……」
黒坂さんが、分からんと言うように何度も首を振った。ねえ、黒坂さん。わたしは、もっとわけ分かんなかったんだよ。
「そうしたら、御影さん、白田さん、社長のお父様がわたしに対して一方的に敵愾心を燃やすようなきっかけが、わたしの知らないところ、この社の外で発生していた。わたしはそう考えざるを得ません」
なんだなんだ? そんな感じで、場がざわついた。
「今回のごたごたに関わった社外の話。それは縁談しかないですよね? 御影さんと社長との見合い話があって、社長はその相手が誰かを確かめもせずにすぐに断った。社長は、相手が御影さんだったから断ったんじゃない。誰との見合いも受ける気はなかった」
「そう」
「社長が御影さんを全く知らないっていうことは、今日社長がこの部屋に入ってきた時の反応で分かります」
「ああ」
社長が、溜息をつきながら頷いた。
「でも、御影さんは違った。御影さんは社長の写真や釣り書きを見て、社長に興味を持ったんでしょう。社長に会って話をしてみたかったけど、引っ込み思案で自分から直接アプローチすることは出来ない。それで、ここの社員である白田さんを頼って、バイトとして潜り込んだ。さて……」
ぐるっとみんなを見回して、確認する。
「今の話の中に、わたし、何野羊が一度でも出てきたでしょうか?」
みんなが一斉に首を横に振った。
「ですよね? そうしたら、一連のアクションのキーになる人物、つまり社長が、何かの言い訳のために勝手にわたしの名前を使った。わたしには、それしか接点が出来る理由が思い付かないんです」
「あああっ!」
社長以外、全員大きな声を上げた。社長は両手を握り締め、じっと俯いている。
「いいですか? 最初にみなさんに説明した通り、社長がわたしをこの社に誘ったわけは、あくまでも社長の考えていたニーズにわたしがマッチしたから。それ以外の理由は、わたしにも社長にもありません」
もう一度、念を押す。
「実際に入社後今に至るまで、わたしと社長はここですら数えるほどしか顔を合わせていませんし、プライベートでの食事とか飲みとかにも一度も誘われたことはありません。社長は、宴会とかナンパとか、そっち系はからっきしなんです。わたしに対してだけじゃなくて、黒坂さんも白田さんに対してもそうでしょう?」
「ああ」
「ええ、そうね」
「わたしは、社長にとってあくまでも苦情処理係のテレオペ社員。それだけです。でもね、社長は実家でお母様から振られる見合いの話を、丁寧に現状説明して断るのが面倒になった。だって、一つ断ってもまた次の話を持ってくるでしょうから。わたしの母みたいにね」
「なるほどな」
黒坂さんは、納得顏で鼻の穴を膨らませた。くす。
「そうしたら社長は、もうすでに想い人がいる、そう言った方がずっと楽なんです。恋愛中なんだから、外野が余計な口を出すなってね」
「そうか。その言い訳にようちゃんを使ったってことか」
「どうですか? 社長?」
しばらくじっと黙っていた社長は、渋々認めた。
「ああ……そうさせてもらった。悪い」
「冗談じゃないっ!」
があん! わたしは椅子を蹴ってドアの正面に立つと、ドアに思い切り回し蹴りを食らわした。ばきっ! 折れたヒールのかかとが、社長の前まで吹っ飛んでいった。
ふうふうふうふうふうっ!
「それが……どんなに失礼なことか! どんな悪影響を及ぼすか! 何も考えなかったんですかっ? 社長っ!」
ヒールを脱いで、それを思い切り床に叩きつけた。がん! がんっ! からららっ! 頭の血管が一本残らずぶち切れそう。でも、ここがわたしの報告の終着点じゃない! 早く、早く冷静にならなきゃ。
興奮して肩で息をしていたわたしは、どすんと椅子に座り、しばらく唇を噛み締めて黙っていた。充血した目の中で真っ赤に染まっていた視野が、徐々に色を取り戻す。それを確かめて、ゆっくり顔を上げた。続けよう。
「御影さんの縁談話を持ってきたのは、御影不動産の営業の方でしょう。立ち退きしろっていうよりも、じっくり付き合ってご両親の心境の変化を待つ。そういう営業をされていたと思います」
黒坂さんが、即座に認めた。
「俺が言っても説得力ないかもしれないが、うちは力尽くは絶対にやらんよ」
「ですよね。そうしたらいくら社長のご両親が意固地でも、少しずつ軟化しますよ。そこに御影っていう女の子の縁談が持ち込まれた。喜んだのはお母様じゃなくて、お父様でしょう」
「なぜだ?」
社長が俯いたまま、ぼそっと聞いた。
「社長のお父様は、真佐美さんの苗字だけを見て、とんでもない勘違いをしたんです。さっきの社長と同じですよ。真佐美さんが、御影不動産の直系だってね」
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