(4)
「あ、水沢さん? 何野ですー。この前はありがとねー」
「いえー。その後どうですかー?」
「おかげさまで、学生からのテンプレクレームはぴたっと止まった。助かったわー」
「良かったですー!」
「先生からは、何か嫌味とか言われなかった?」
「大丈夫でしたー。それより……」
「うん」
「すごかった……です」
「うわ、尾上教授との全面バトル?」
「はい。見てて、人間てここまで醜くなれるんだなあって」
「うげえ。本性出たかあ」
「谷口先生、尾上さんを甘く見てたみたいで」
「だーかーらー言ったのにぃ。あれは人間じゃなくて、すでに妖怪だよ」
「冗談抜きにそうですね」
水沢さんの返事には、茶化しや冗談の要素はこれっぽっちも混じっていなかった。学生が怯えるくらいだから、相当派手にぶつかったんだろう。
「時間に関係なく、電話攻撃してくるでしょ?」
「はい! 谷口先生もそれに一々応戦するから」
「今のところは、尾上教授の優勢ってことかー」
「でも」
「うん?」
「谷口先生も黙ってはいないと……」
そらそうだ。全身権威で固めたフルアーマーだからね。
「まあ、学術論争も給料のうちでしょ。水沢さんたちは間違っても巻き込まれないようにね」
「あはは……」
あのどこが学術論争だと思ってるんだろなあ。バカ、アホ、マヌケ、おまえのかあちゃんでーべそって言うレベルまで落ちてると思う。
「あの……」
「はい?」
「あの後、ずっと気になってて。何野さんの疑問は解消したんですか?」
「うん。まだ仮説がいっぱい入ってるから、すっきり解決ではないけど。わたしが最初に心配してたほど複雑な話ではなさそうな気配」
「気配、ですか」
「そう。結局真実は、当事者に聞かないと確かめられないからさー」
「それを確認されるんですか?」
「確かめる。そうしないと、前に進めない」
「……すごいですね」
「すごくはないよ。今まで、わたしには一度も出来たことがない。今度出来るかどうかも正直自信がない。でも現状を打破したいなら、他の誰でもないわたし自身が踏ん張らないとならないの」
「はい」
「だから、今度だけはどんなにびびってても、全身全霊かけてやる!」
「がんばって……くださいね」
「ありがと。水沢さんに教えてもらったことは、本当に重要なことだったの。それがきっかけになって、あちこちの謎が解けた」
「それって、何ですか?」
「御影さんに関する情報。それは、わたしの立場では探りようがないんだよね。同じ学年の知り合いっていう水沢さんからしかゲット出来なかった。わたしはすっごいラッキーだった」
「あ、あの……」
「なに?」
「御影さんには、わたしがそういう事を言ったっていうのは……」
「もちろん言わないよ。御影さんの個人情報に関して深く突っ込む気はないの。それより、彼女の性格を知りたかった。そこが一番重要な鍵だったから」
水沢さんは、ほっとしたんだろう。小さな吐息が聞こえた。
「まあ、来週早々に全部方が付くと思う……ってか、付ける。一段落したら、またご飯食べに行こうよ」
「わ! 嬉しいですぅ」
「今度はディナーで豪勢に行こう」
「あの。何度もごちそうになって……いいんですか?」
「うけけ。水沢さんにカレシが出来たら、気軽に誘えんくなるしぃ」
どべ。水沢さんがぶっこけた音。
「ううー。それって、女子大の学生にはハードル高いですぅ」
「ええー? 女子大の子はもてもてでしょう?」
「自分推しの子はー」
あ、そゆことね。
「まあ、焦る必要ないって」
「何野さんにはいらっしゃらないんですか?」
「カレシ?」
「はい」
「今はいないなー。そんで、当分要らないかなー」
「あの。どして……ですか?」
「自分がなくなりそうな気がするから」
笑うかと思った水沢さんは、ぴたっと黙った。それから……。
「やっぱりそうですよね」
「自分の意見をきちんと聞いてくれる。それをちゃんと尊重してくれる。そんな出来た男の子なんか、そうそういないよ」
「はい……」
「だから、焦らなくていいよ。水沢さん、いい目してるし」
「ほんとですかっ?」
おおっと。思い切り食い付いてきたぞー。
「ほんとほんと。観察眼鋭いし、好奇心も強い。自分も他人もよく見てるってことだよ。じっくり見て、判断して、それから後は行動さ」
「行動かあ」
「そう。わたしに一番欠けてるのは、そこ。だから、そこが改善されるまではカレシ探しはしない」
「あ……」
「自分を駆動するための『自分』が足りないの。だから、わたしは今までどんなオトコとも続かなかったの」
「はい。なるほど……」
「まあ、女ばっかっていうのは今だけだよ。世の中半分はオトコなんだし。外れを掴まないように、お互い勉強しましょ」
「うふふ。そうですね」
「じゃあ、けりが付いたらまた連絡しますー」
「ありがとうございましたー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます