(2)

「あー。みりー? わたしー」

「おー! かのっち、元気してたかー?」

「なんとかねー。みりんとこは研修終わったのー?」

「やっとね。げろげろに消耗したべや」

「わはは! 配属は? 最初の予定通り?」

「んだ。しばらくは編集部付きのヒラ社員ってことになるんだべ」

「やっと本番かあ」

「くだらん研修よりはずっとましっしょ。それよか」

「うん?」

「かのっちの方は変化あったんか?」


 気にしてくれてたんだ。嬉しいなあ。


「ありありよ。それで電話したんだもん」

「だと思ったわ。どうなったん?」

「みりやぬいの予想通りよ。社長がクレ担以外の仕事を仕込んでて、それが今週頭から発動」

「やぱし!」

「とてもじゃないけど、給料に合わないわ。とんだ激務で」

「へー、社長ってば、かのっちに何やらそうとしたん?」

「クレーム処理よ」


 どべっ。向こうでみりがこけたんだろう。


「おいおいおいおいおい」

「つーても、お客様のじゃないよ。社内の」

「ってか、かのっちのとこ、うんとこさ小人数だったべ?」

「五人だけ。でも、その間に信頼関係が築けてなくて、疑心暗鬼ばっかがうろうろ」

「わお。ぬいの見立てがぴったりってか」

「うん。あの子、ボケ倒してるようで、すっごいよく見えてるんだね」

「あいつぁただもんじゃないべさ。誰の言うことも聞かんていうのは、なかなかあほーには出来ないっしょ」

「そう思う」


 みりが、すぐに話を元に戻した。


「で、クレームはさばけたの?」

「いやあ。今が一番どろどろだよー」

「うげ……」

「付き合ってらんないわ。とっても」

「つーことは。辞めんの?」

「まだどうするか決めてない。でも、ケツはまくることにする」

「ひょー! かのっちにしては過激でないかい」

「まあね。そんなん、わたしのキャラじゃないよー。でも、このキャラもそろそろ手直ししないとさー」

「んだな。かのっちの受身は逆目に出ることが多いっしょや」

「うん。今回ちょっと、それを思い知らされた感じぃ」

「分かる分かる。なんでも噛みつきゃいいってもんでもないけどさ。やっぱここはがつんとっていうのも必要っしょ」

「うまく行くかどうか、分かんないけどね」

「まあ、やってみて、また考えればいっしょや。ちゃんと言わんと、いつまでたっても分かってもらえんべ」

「確かにそう。そこがうちの社はだめだめだから」

「なに、みぃんな地味系なの?」

「押しの強いのは、工場の機械管理やってる出木のじーさんだけだね。でも、じーさんは社の運営にはこれっぽっちも興味ないからー」

「わはは。それは、いずれ変な風に跳ねると思うぞー」


 さすが、みり。ちゃんと分かってるね。わたしも、それを心配してる。


 確かに、出木のじーさんの仕事は完璧だ。機械は一日たりともトラブルを起こしてない。でも機械が完動することと、いい製品が出来ることとは別なんだよね。出木のじーさんは視野が極端に狭い。機械らあぶはいいんだけど、パートさんの労務管理にこれっぽっちも関心がないのは、工場長っていう肩書きを持つ人としてはいかがなものかと思っちゃう。

 でも、社長がそれをあまり深刻に考えてないんだ。もし出木のじーさんに個人的に恨みを抱いたパートさんが、わざと異物を混入させたら。それは、即座にうちの社の死に繋がる。そういうハイリスクがいつも存在してるんだってことを、もっと真剣に考えた方がいいと思うんだよね。


「ああ、そうそう」

「なんだべ?」

「みりんとこに、あのクソハゲから何か言ってきた?」

「うんにゃあ。もし連絡してきても絶対に出ないよ。ばっからしい」

「だよねえ……」

「なに、なんか言ってきたんかい?」

「そう。それも最初は社のクレーム用の回線で、次に私の携帯に直」

「げ……」

「どこから漏れたんだろ?」

「ああ、それはすぐ分かるわ」


 えっ?


「あんたさー、自分の携帯の番号とメアド、卒業ン時に後輩に教えてたっしょや?」


 あたた。そっか。そこからかあ。


「あのクソハゲ、学生の人権や人格なんかこれっぽっちも考えんべや。知ってるならよこせって言うに決まってるっしょや」

「備えが甘かったかあ」

「でも、着禁で止められるっしょ」

「それで対処はしたけどね。でも、なんだかなあー」

「まあ、あいつはいつか、後ろからぶっすり刺されてくたばるべ」


 うげ……。


「ぶっすりやるのがわたしたちでないってこと、神様に感謝しないとだめっしょや」

「うん。そうだね」

「てか、なんで今頃?」

「データ隠してるだろって」


 どべっ。みりがひっくり返る音がした。


「あーほーかー。自分でぜえんぶデータ抱え込んでたくせしやがって!」

「パソコン、パンクさせたんちゃう?」

「んだなー。そこいらへんが一番ありそな話」

「まあ、いいわ。思い出したくもない」

「もういいっしょ。あのハゲのことは」


 うんざりって声。わたしだけでなく、みりもあの時はしんどかったんだと思う。どんなに正面突破って言っても、教授と学生とじゃ実力差がありすぎるもの。


「あ、ごめんね。愚痴こぼして」

「それはいいっしょや。お互い様だべさ」

「うん! じゃあまたね」

「うす。落ち着いたらまた飲みに行くべ!」

「はあい!」


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