第十九章 宣言

(1)

「ああ、お姉ちゃん?」

「ういーっす。ようちゃん、元気してたー?」

「いろいろがたがたしてるけど、なんとかー」

「がたがたって、なんかあったん?」

「ありありよー」

「どうせ、お母さんがろくでもない話引っ張ってきたとかでしょ?」

「ぴんぽーん。付き合えんわ。あんなん」

「いい加減、悟ればいいのにね」

「まあ、そこがお母さんだからねー。それよかさ」

「うん?」

「お母さんたちがマンション買うって話、聞いてた?」

「えええっ? そんなの初耳ーっ!」


 絶句してる。


「お父さん、定年見えてきたし、ローン組むにしても早くしないと審査通らないと思ったんちゃう?」

「そうかあ。確かにそうだなあ」

「まあ、わたしもお姉ちゃんももう独立してて、お金の心配はしなくてもいいわけだから、2Lくらいの小さいとこ買うと思うけどね」

「うにー、うちの子連れて行きたいから、ちょびっとは広いとこの方がいいなー」

「うっかりそんな口出したら、どんな余計なお節介が飛び出すか分かんないよ。おかーはんてば、達ちゃんのことぼろっくそに言ってるんだしー」

「うう、その通し」

「きゃははっ!」


 お姉ちゃんは、すぱっと話を変えた。


「あんたは、仕事順調なの?」

「うーん……微妙」

「なに、お局さんにイジメられてるとか?」

「そんな人、いないもん。もともと社長込みで五人しか社員いないんだから」

「そうだった」

「でもね。そのたった五人が、未だにばらばらなの」

「へ?」

「こんな小さい会社なのに、有機性がない。それは、わたし的には息が詰まるなあと思ってさ」

「なんでまた」

「もちろん、経済的な理由だと思うよ。わたしたちの人件費払ったら、会社が再投資に回せる額はうんと少なくなるから。みんな自分の仕事こなすので精一杯」

「うう、そっか」

「その小人数でなんでもこなすのは、やっぱ無理があるんだよね。だけど、その歪みを誰も口に出さないの」

「それは、あんたも?」

「そう。それがどうにも気持ち悪い」

「なーるーほーどー。じゃあ、見切って辞めるの?」


 お姉ちゃんなら、速攻で辞めるだろなあ。


「まだ分かんない。入社して三か月も経ってないんだもん。社長に誘われた時言われたみたいに、今のが過渡期でこれからあるべき姿に落ち着くんなら、もうちょいがんばる」

「ふむ。その見通しはまだ立ってないわけね?」

「立ってない。でも、黙って待ってても事態が動かないから、わたしから打って出る」

「おおー! あんたにしては過激じゃん」

「まあねー。だいぶ理不尽な扱いを受けたから、それにきっちり仕返しをしておきたいし」

「ふうん。その相手は誰?」

「全員よ」

「へ?」

「もちろん、誰かがわたしに露骨に敵意を持ってるってわけじゃないの」

「どゆこと?」

「わたしの立場が一番ヨワい。だから、わたしんとこに全部のしわ寄せが来るってこと」

「なるほど」

「わたしは、憂さ晴らし用のサンドバッグじゃない。拳にはきっちり拳で返す」

「返り討ちにあうんじゃないの?」

「わたしが丸腰だったらね」

「えー? あんたに使えるような武器なんかあったっけ?」

「一つだけ、ね」

「なに?」

「わたしの首、よ」

「あ……」


 それは、すごくばかげてると思う。自分の存在価値を懸けてまで反撃する必要がどこにあるの? きっと、誰からもそう言われるだろう。だけど……。


「わたしが我慢しているのは、わたしが高野森製菓の社員だからよ。社員である以上、社の利潤や公益を最重視するのは当然の義務。でもその義務さえ外れれば、わたしは何でも出来る。何でも言える」

「最後っ屁かー」

「お姉ちゃん。誤解しないでね。わたしはただ嫌味や文句をぶちかまして辞めるなんて、そんな無責任なことはしたくない。きちんと筋を通したい。それだけなの」

「ふうん」

「人の顔色を見て、一番無難なところに落として、穏便に穏便にって。それがわたしのこれまでの生き方だった。わたしはお姉ちゃんと違ってそういう性格だし、それでいいと思ってたの」

「うん」

「でもね、大学で教授の横暴に押し潰されそうになって、自分がなくなりかけた」

「あの時は生気がなかったもんなあ……」

「でしょ? 元気出せって言う方が無理」

「うん」

「だけど、もうあの時の二の舞はしたくないの。そのために、小さくても一番自由度の高そうな会社にしたんだからさ」

「そうだよね」

「小人数なんだから、ちゃんとそれぞれの目を見て、言いたいこと言って仕事しようよって。そう言うつもり」

「そらあ真っ当だね」


 ふう……。


「お姉ちゃんは、そういうのはないの?」

「ないなあ。わたしはいつでもどこでも言いたいことはちゃんと言うから」


 さもありなん。


「達っちゃんは?」

「あいつもそうだと思うよ。過激ではないと思うけど、黙って耐えるタイプでもない」

「そっかあ……」

「わたしらの間でも、隠し事なしの何でもオープン。だから今まで続いてるんだもん。これでどっちかがこそこそになったら、その時点でアウトだなあ」


 まあ、お姉ちゃんがそういうのを抱えることはないだろなあ。達っちゃんもはっきりしてるし。さばさば夫婦。


「まあ、まだあんたも若いんだし。今のうちは何でも経験だよ。続けること前提じゃなくて、辞めること前提でぶちまかせ!」

「へえい。がんばりまーす」

「うーす。じゃねー。まあがぐずりだしたし」

「達っちゃんにもよろしくー」

「ほーい」


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