(4)

 社長の親父さんが、もし出て行けおじさんだとすれば。


 その頑固親父が標的なしに出て行けとは言わないはずだし、すでに家を離れている社長に出て行けと言う意味はない。そして、親父さんとわたしの間には面識がない。もちろん、親父さんがうちの社に息子をたぶらかした黒幕が居ると聞き付けて、それがイコールわたしだと思っていれば、わたしに出て行けと言ってる可能性がないわけじゃない。でも親父さんの出撃はわたしの入社前だったし、素直に考えれば出撃の時に見かけた社長以外の社員が黒幕だと考えるだろう。

 だけどさあ。白田さんはどう見ても、事務専任。しかも社長をたらし込むような容姿でもないし、振る舞いも常識的で温和。美魔女なんかじゃなくて、どこにでもいそうなふっつーのオバさんだ。じゃあ、黒坂さん? 黒坂さんは、社長ばりに社屋にはいないよね。出撃時に居合わせたかどうかは、かーなり微妙。そして、わたしはまだ入社前で幽霊以前、と。


 じゃあ、誰? 誰が標的なの?


「うーん」


 まだ全然推論の材料が足んないなあ。『出て行け』おじさんが、社長の親父さんだっていう証拠があるわけでもないし。今の段階で、これ以上突っ込むのは止しとこう。わたしは諜報活動を切り上げて、お風呂の準備をしようと腰を上げた。


「いてててて」


 足が痺れてて、その場にへたる。


「ほとんど椅子で過ごすようになっちゃったから、正座が堪えるー」


 うう。まあ、いいや。先にノートパソコンの電源を落とそう。キーボードに手を伸ばして、ふと違和感を感じた。


 さっき検索した穂蓉堂の位置図。店名がマップの上に描かれてて、そこにフラグが立ってる。穂蓉堂そのものじゃなくて、その辺りを何の気なしに見回していたら、変なことに気付いたんだ。


「おやあ? なんじゃこりゃ?」


 穂蓉堂のある辺りの家の配置が、明らかにおかしい。


「んー?」


 穂蓉堂の位置する場所は、住宅地域と商業地域の境目にあたるところらしい。戸建て住宅が軒を連ねる区域の端っこに穂蓉堂があって、そこから太い道路を挟んだ北側の街区には、一般住宅は見当たらない。ビルや商業施設といった、専有面積の大きな建物ばかりだ。

 穂蓉堂のある区画は、本来は住宅地域に位置していたはず。でも鈴庫町すずくらまち三丁目というその区画の大半を占めるのは、一般住戸じゃなくて、でかいマンション群だった。そのマンションが立っている敷地の縁にしがみつくようにして、穂蓉堂と何軒かの住戸が散在している。


 穂蓉堂の立地。太い幹線道路に面してるから、住宅街の中の店と言っても好立地だよね。近くにバス停があって、そのお客さんを呼び込める。道路を渡れば向こう側は商業地域で、スーパーやらドラッグストアやらが林立してるから、そっちのお客さんにも訴求出来る。でも地図で見る限り、鈴庫町三丁目には穂蓉堂以外に店らしいものはない。ぱらぱらと点在しているのは、小さな一般住戸だけだ。


「ストリートビュー、かもーん!」


 フラグが立っている地点を実体視する。


「ふむ……」


 穂蓉堂はしっとり落ち着いた和風建築で、特別古いという印象じゃない。ものすごく大きなお店じゃないけど、住戸兼用の店舗としてはしっかりした構えの立派な建物だと思う。でも。その店の背後には何もなくって、いきなりマンションの敷地。店の背中ににょっきりマンション群が生えてる感じだ。和洋のバランスはサイアク。あまりのミスマッチでくらくらするよ。


 店の横にマンションに出入りするためのアプローチ道路があって、そこまで行かないとマンションの全容が見えない。そして、アプローチの道路はマンションの規模には全く見合わないくらい狭い。あんなどでかいマンション群のアプローチが、これっすか?

 マンションの周囲には他にも出入り口があるけど、それらはどう見ても補助用だ。だって、どこを使っても幹線道路に辿り着くにはずいぶん遠回りになってしまうし、入り組んだ細い路地を通り抜けないとならないから。そうか。穂蓉堂の建ってる敷地が、マンションの導線にすっぽり蓋をしてるんだ。


 マンションは落成してから間もない感じで、真新しくてぴかぴかだ。イメージで見る限り、まだ外構の工事が完了していない。でも、入居者の車が駐車場にびっしり停まっているから、すでに分譲済みなんだろう。


 ポインターをずらして、マンションを特定する。


『御影テラス鈴庫町 壱番館、弐番館、参番館』


「来たあああっ!!」


 思わず、部屋の中で大声をあげてしまった。間違いない。ばらばらだった五つのピース。そのうち三つは間違いなくセットで、しかも外に繋がっている。そう、白田、黒坂、御影。全て御影不動産に繋がっている。そして社長の親父さんは、御影不動産の立ち退き圧力に今でも全力で抵抗しているんだろう。ぱらぱら残っている住居があるってことは完全な孤軍奮闘ではないんだろうけど、情勢は芳しくないと見た。


「こりゃあ……」


 社長の独立なんかまだかわいいもので、廃業の危機が直前にあるって感じだよね。社長は、父親の立ち退き絶対反対姿勢に危機感を持った。でも、頑固一徹の父親が屈服なんかするはずがない。だから、自分が巻き添えを食わないように離脱、起業だったのか。それでも。それが判明しても。まだまだ謎ばかりだよ。

 いくら自分が父親の古臭いやり方を是認出来ないって言っても、敵の塩を受け入れるどころか、敵に取り込まれるような形で親に当て付けるのはおかしくないか? 社長が、父親に対して恨み骨髄って言うなら分かるよ? でも、社長からはそういう極端にネガな感情を感じないんだよね。


「ううー」


 一つ分かると、それ以上に疑問点が増えてどんどん難しくなって行く。御影系の三人だって、何の目的でどこまで社長に関わっているのかさっぱり分からない。社長と御影不動産がつーつーだとすれば、白田軍のスパイ行為なんか何も意味ないじゃん。


「だめだー。頭が飽和してきたー」


 あほーなわたしにしてはしっかり頭を使えたと思うけど、もう限界だー。


「お風呂にしよ」


 今度はいきなり立たずに、足を伸ばしてしっかり揉み解してからゆっくりと立った。ふうっ……。


「うん、社長。あなたは正しい。猛烈に忙しくなってきたわ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る