(2)

 わたしが口を開こうとしたら、白田さんの方から先に非難口調のジャブが入った。


「ようちゃん、三時のお茶、来なかったんだね」


 そら来た。


「あ、降りたんですけど、テレルームで変な物音がしてー」

「えっ?」


 事務室の音じゃなくて、そっちなの? わたしの説明は、白田さんには本当に予想外だったんだろう。その驚いた顔は、演技には見えなかった。


「慌てて駆け戻って、音の出どころ確認するのにずーっとうろうろ探し回ってましたー」

「……。分かったの?」

「はい。わたしの目覚ましがゴミ箱の中に落ちてて。それが紙くずの中でもさもさ鳴ってたみたいでー。音がこもってると、意外に場所が分かんないもんですねー」


 どてっ。白田さんがぶっこけた。


「あなたねえ。なんでまた目覚まし時計?」

「だってえ、電話来ないと退屈なんですもん。お昼食べたらねむーくてねむくて。勤務中に寝くたれるわけに行かないから、念のためにかけてるんですけどー」

「へー」

「でも、ここんとこそれどこじゃなかったんで。目覚ましの存在自体すっかり忘れてましたー。あははー」


 やれやれって顔で、白田さんがわたしを見回した。それから……。


「ねえ、ようちゃん」

「はい?」

「社長は、なんでテレルームだけあんなごっつい鍵にしたの? 説明受けてる?」


 ほらほらほらほら。来た来た来た来た来たっ!


 白田さんの知りたいのは、社長が何を企んでいるか、だ。そして社長もまた、白田さんたちの企みが何か分からない。んで。双方の諜報戦にわたしが巻き込まれてる、と。んでんで。わたしには、どっちの狙いもよく分かんないと来たもんだ。それなのに、こういう突っ込みをうまいことかわさないとなんない。ちくそー!


 社長はわたしに、社長の意図を隠せとは一言も命じてない。社長がわたしに禁じていることは二つだけだ。


『僕の居場所を誰にも漏らすな』

『テレルームにはわたしと社長以外、誰も入れるな。鍵を渡すな』


 それだけ。それ以外の社長の指令は抽象的、かつ曖昧過ぎて、わたしにも理解出来てない。社長の発言を正直に白田さんにしゃべったところで、白田さんの作戦遂行における判断材料にはならないと思う。そういう意味じゃ、まだまだ前哨戦なんだよね。


 今の段階では、社長は新兵のわたしを全面信頼していない。だからわたしに重要な情報を何も明かしてないし、わたしの口から既存の社長情報がリークすることも想定内なんだろう。わたしは、体よく社長のスポークスマンとしても使われてるってことだ。それでも『こなさなければならない』以上、わたしが自分の判断で情報をコントロールしないとならない。社長のためでも、白田さんのためでもない。わたしが動けるスペースを確保するためだ。


「それは社長に直接聞いて下さーい。わたしは分かんないですー。鍵がめんどくさくていやなんですけどー」

「え? どういうこと?」

「中に入る時だけじゃなくて、部屋出る時にも鍵が要るんですよー。どっかの秘密機関てわけでもないのにー」

「うわ……」

「もしわたしがカードキーを部屋のどっかに落として分かんなくなっちゃったら、白田さんに電話するから助けに来て下さいねー」


 わたしは冗談めかしてそう言った。


「そ、そうね」


 白田さんが、初めてはっきりと狼狽の色を見せた。さすがに、私は鍵をもらってないとは言えなかったんだろう。白田さんは、事情を知らないわたしを介してではなく、社長に直接アクセスして真意を確かめないとならなくなった。そのやり取りが終わるまでは停戦期間。わたしは、白田さんたちの次の攻撃に備えるための時間的余裕をゲット出来る。もういっちょ。牽制も兼ねて、撹乱情報を流しておこう。


「なあんかねえ」

「え?」

「前からテレルームで物音がするんですよー」

「……物音? 何の?」

「分かんないんですー。誰かがうろついてるっていうかあ。派手な音じゃないんですけどー」

「げ。ど、泥棒?」

「あんなとこ、電話以外の何があるっていうんですかー。あほかと思うんですけど」

「そうよね」

「でもぉ、これもんかも」


 両手を胸の前にだらあんと垂らし、上目遣いで幽霊の真似をする。


「うげー」

「ねー? 気味悪いですよねー? その話を社長にしたんで、それでテレルームをがちがちにしたんかなーと」


 もちろん、音の主は白田さん一味だ。社長はあんた方の動きをぜえんぶ把握してるよーって言う警告射撃を、きっちりぶっぱなしておかないとね。


「わたしはー、鍵なんかよりお祓いして欲しいんですけどぉ。塩とかお守りとか持ってこようかなー」

「あはははっ!」


 引きつっていた白田さんが、無理やりっぽく高笑いした。


 社長が、白田さんたちのアクションを極度に警戒してる。そういう情報は持って帰って欲しいけど、わたしが社長の手先として動いているというイメージはこれっぽっちも持って欲しくない。わたしは社長子飼いの兵士ではなく、あくまでも第三者の一般人なんだってことを、白田軍団にきっちり刷り込んでおかないとならない。わたしが直接敵意の対象にされてしまうと、社長の援護射撃が期待出来ない今、武器の何もないわたしは戦えない。分が悪過ぎる。


 そして。撹乱用の情報を敵にインプットするだけでなく、白田さんからの情報も引きずり出さないとならない。ついでにそっちもネタを振っておこう。白田さんの表情の変化も見落とさないようにしなきゃ。


「はあ……」


 溜息をついたわたしを見て、白田さんが首を傾げた。


「どしたの、ようちゃん?」

「いや、さっきわたしがそれどこじゃないって言ったじゃないですか」

「うん。何かあったの?」

「ありありですよう。今朝から電話が鳴りっぱなしで」

「えええっ?」


 それは、間違いなく白田さんの心の底からの驚きだったと思う。顔面蒼白だ。


「ちょ、ちょっと! クレームっ?」

「なら、まだマシなんです。どっかのおっさんが」

「イタ電かあ」


 ほっとしたように、白田さんがかちかちに力の入っていた肩を緩めた。


「イタ電かなあ」

「違う……の?」

「イタ電だとしたら、めっちゃたち悪いですよ」

「なんか、変なこと言ってくるわけ?」

「ええ。出て行けって」

「はあ?」

「それしか言わないんですよ、そのおっさん。出て行け。とっとと出て行けって」

「えー? それって誰に言ってるの?」

「分かんないですー。わたしが社を辞めろってことなのか、この社屋の建ってる土地からうちの社が出てけってことなのか、それとも他のことを言ってるのか」

「分かんないんだ」

「はい。困っちゃって。番号非表示の通話をシャットしたんで、今は黙ってますけど」


 白田さんが、不安そうな表情でじっと考え込んだ。うん。白田さんの反応を見る限り、白田さんの系列でイタ電攻撃を仕掛けてるってことじゃなさそうだ。最初にわたしが違和感を感じたように、出て行けおじさんと白田さんのラインには大きな方向性の違いがある。そして、連携は取られてない。独立した二つの事象。そう考えた方がいいね。


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