どん底から頂点へ

@aozorakarin

第1話不幸のどん底にいる男

ホワイトアウトの中を彷徨う男がいる。

力尽きて倒れて動かなくなった。

彼の名は、「門坂光記」。

不幸を絵にかいたような男だ。


彼は、山奥の小さな集落で生まれた。

物置のような小さな家とわずかばかりの田畑があった。


彼の父親は、ダメ人間の手本のような男だった。

仕事嫌いで、酒好きの酒乱。

母親は知能障害で、計算できない、字も読めない。

世間体で無理やり結婚した二人。

家の中は祖母が仕切っていた。

祖父は亡くなっていた。


祖母は、生まれたときはお嬢様だった。

子供の頃に父親が事故で亡くなると貧乏のどん底へ落ちた。

母親は病気がちで、数年後に亡くなった。

つらい思いをしながら育った祖母はかなり気が強い。

「光記」が悪さをするとボーっとしている母親の代わりに、酷く怒った。

竹ぼうきを振り回して追いかけてくる。

子供の頃の「光記」には、かなり怖かった。


「光記」が中学2年の冬に祖母が寝たきりになった。

半年後に死んだ。

なぜだか、父親の酒乱は収まった。

祖母がストレスだったのだろうか。

仕事嫌いと酒好きは相変わらずで、お金が無い。

ご飯もなく、キャベツにソースだけをかけて食べていたこともある。


母親の実家は、かなり裕福で、色々援助をしてもらった。

たまに泊まることがあったが、食べた事のないご馳走が出た。

ある時、初めて食べた牛肉で嘔吐したことがあった。

「食べた事ないだろう、食べろ、食べろ…」と、言われ

食べたくないのに食べた記憶がある。

母親の弟が嫁を貰うと、援助は無くなった。

知能障害の母親を押し付けて、いい気なのもだ。


「光記」は、いつもいつも、いじめられていた。

家が汚い、服が汚い、体が小さい、父親がおかしい、母親がおかしい。

学力、体力ともに低い。

人見知りで、口ごもる。

(思った事を言えない。

5~6歳の頃に父親に余計なことを言うなと、殴られてからだ。)


祖母が亡くなると家計は、益々酷くなった。

(祖母の年金を使う事が出来なくなったからだ。)

当たり前だが高校進学など、ありえなかった。

中学を卒業すると「光記」は、土木作業員として働いた。

いくら働いても給料は全て父親に持って行かれてしまった。

仕事先の親方と父親が繋がっていた。

彼の給料は父親のギャンブルに消えた。


周りの人たちは皆、彼の父親を怖がり、助けてくれなかった。

ココから逃げ出したい、何度も何度も思った。

16歳の彼に知識はない、気力も度胸もなかった。

でも、彼は、20歳になったら自由になると心に決めていた。

半年も経つと、同じ作業員の友達ができた。

友達といっても10歳くらい離れていてる。

「光記」は、その人を「一(イチ)さん」と呼んだ。

その人は、1か月前から働き出した。

誰も素性は、知らなかった。

「光記」は、何も気にしなかった。

その人は、「光記」に、いろんな事を教えてくれた。

仕事は、辛かったが楽しい日が過ぎた。


3年が過ぎた頃、「イチさん」がいなくなった。

親方の話では、結婚を機に仕事を変えたらしい。

彼は何も知らされていなかった。

こちらが勝手に友達と思っていただけだったのか。

孤独に戻った。


20歳になった。

いつもの様に酔いつぶれて寝ている父親を冷ややかに見つめた。

父親が隠している金が、どこにあるのか知っていた。

迷うことなく手に取り逃げた。

何も知らない母親は、ニコニコしていた。


せめて、母親が普通だっら・・・。

いつもいつも、思っていた。

不味い飯、ヨレヨレの服、ボサボサの髪、汚れた手、会話にならない。

掃除をしない、洗濯出来ない、買い物できない、記憶力が無い。

・・・自分も母型の親せきと同じだ・・・

でも、迷いはなかった。

父親から逃げた。母親を見捨てた。


住処を転々とし、仕事をいろいろ変えて、5年が過ぎた。

彼は、知識を身に着けた。

小さな体は、人並みになった。

別人のようになっていた。

小奇麗で口が立ち、そこそこイケメン。

ファミレスと居酒屋でバイトをしてた。

それなりに、お金を貯めた。

人間らしい生活を手に入れていた。


「光記」の幸せは、長くは続かない。

10代後半一緒に働いていた、土木作業員の同僚に見つかった。

同僚は、すぐに親方に連絡をした。

鬼の形相をした親方が目の前に現れた。

以前の彼なら、腰を抜かしていただろう。

今は違う、堂々と対等に話をした。


「光記」が逃げた後、父親が親方に借金をした。

確かに書面も残っていた。

母親が癌になり治療費を借りたらしい。

その後、父親は脳梗塞で亡くなったらしい。

2人とも死んでしまったが、悲しくはなかった。


親方は借金の返済請求に来たのだ。

家と土地を売っても僅かにしかならず、彼を探していたらしい。

遺産の相続放棄の期限は、とうに過ぎていた。

彼の貯金は消え、金融に借金をする羽目になった。

とりあえず、悪い記憶だらけの生まれ故郷と縁が切れる。

どこかで、ホッとしていた。


新たな悪夢が始まった。

借金をした金融会社は、有名な悪徳金融だった。

彼の給料は、ほぼ利息に消えた。

コンビニのバイトを増やした。

体はきついが精神的に余裕ができた。

毎日の記憶が消えるくらい、忙しい日々が続いた。


3年が過ぎたころ、不当経営で金融会社は倒産した。

僅かばかりだが金が戻ってきた。

彼は、心から安堵した。


一年もたたないうちに、悪魔がやってきた。

スーパーの駐車場で、人身事故を起こしてしまった。

性質の悪い当たり屋だった。

高額の慰謝料を要求してきた。

いかにも悪そうな人たちに囲まれ、言いなりになってしまった。


新たな悪魔がやってきた。

怪我をして働けなくなった。

貯金も底をついた。

眠れない日々が続いた。

死にたいと思い始めた。

彼は、うつ病になっていた。


死にたい。

死にたい。

死にたい。

死にたい。

死にたい。


「光記」は、雪の中を歩いていた。

何時間も、何時間も、歩いていた。

真っ白な世界、上下左右前後ろ、何もわからなくなっていた。

疲れた。

疲れた。

眠い。

眠い。

彼は、倒れた。
























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