家に憑くもの

sirius2014

第1話 プロローグ

鳥の嘴のようなアームの先端が家の庇を掴み、捩り、引きちぎる。その、巨大な怪鳥が家を啄んでいるかのような光景は、見る人に理由のない不安感を抱かせるようだった。

重機のエンジン音や木材が引きちぎられる音が混ざり、激しい騒音となる。作業員が盛んにホースで水を掛けるが、それでも大量の埃が煙のように舞い上がる。

家の解体現場だった。解体されている家は、かなり古い。


広い庭の端で4人の男女が家の解体作業を眺めている。

「すごい埃ね。」

十代半ばらしい少女がセーターの袖で口を覆いながら言う。

「35年分の埃だからな。」

傍らの中年の男が応える。がっしりした体格の40代半ばの男だ。

「違うわよ、34年分よ。」

男の隣に立っている女が異議をとなえる。おそらく40歳前後といったところで、年齢の割にはすっきりした体型だ。

「まあ、どっちにしても長いこと住んだもんだ。」

男が言うと、女がさらに口を差し挟む。

「あなたは18年しか住んでないでしょ。私は34年間、ずっとここで暮したのよ。」

「そうだったな。」

男が苦い表情を浮かべながら話題を打ち切るように言う。

男はズボンのポケットの中で、マナーモードにしていた携帯電話が振動するのを感じた。ポケットから携帯電話を取り出し、フリップを開いて着信したメールを確認する。部下の女性からだった。30前半の独身で、今の勤務先である福岡支店に転勤した際、初めての土地での単身赴任で、わからないことがたくさんあったが、この部下がいろいろと世話を焼いてくれた。今では、逆に相談などを持ちかけられるようになった。

男はなんとなく後ろめたい気持ちになり、傍らの女に背を向けてメールをざっと読むと、携帯電話を閉じた。

「誰から?」

女が尋ねる。

「部下から。仕事の連絡だ。」

部下というのは本当だったが、仕事の連絡というのは嘘だった。

「休日なのに大変ね。」

男はその言葉には答えずに、解体作業中の家に向き直った。

「新しい家に住む頃には、佳織は高校生だし、翔太も中学2年だな。」

「そうね、でもこんなときにあなたが福岡に転勤になってしまうなんてね。」

「仕方ないさ。サラリーマンなんだから。翔太、おまえ2年になったら野球部のレギュラーになれるのか。」

男は後ろで携帯電話を操作している少年に声を掛ける。

「任せろよ。3年生が卒業すれば、今の2年生はへたっぴばっかだから。」

少年が携帯電話を操作しながら答える。まだ成長期を向えていないようで、背は高くない。傍らの男に似た筋肉質の体で、身長はおそらく160センチ半ばといったところか。これからの1年で急激に身長が伸びそうな、そんな予感を思わせる体つきだった。

そのとき、突然大きな破裂音がした。重機の操縦を誤ったらしく、アームが屋根を突き破って大量の瓦や木材を飛び散らせたのだ。崩れ落ちた瓦礫の一部は、4人のいる所からは見えない、家の反対の北側へも降り注いだようだ。

女は急いで庭の反対側に移動し、家の北側を覗き込んだ。

「大丈夫だよ、そっちには何もないから。」

男の声に女が応える。

「祠があるわ。」

その声には心配そうな気配が滲んでいた。

家の北側には、真っ赤に塗った1メートルほどの鳥居と、同じ色の50センチほどの高さの小さな祠があった。その祠は、落ちて来た瓦が当たったようで、屋根の端が破損していた。

解体業者の現場監督らしい初老の作業服姿の男が走って来た。

「どうもすみません、操縦ミスで-」

男が息を切らせながらヘルメットに片手を掛けて謝るのを女が遮る。

「気を付けてよ。それにこの祠、なんで養生してないの。」

女の声には、裕福な家庭で育った者独特の高慢な気配が感じられた。

「本当にすみません、これからします。」

初老の現場監督は平謝りだった。ゆっくりと近づいてきた男が現場監督に助け舟を出した。

「だからこんな古い祠、この機会に壊せばって言ったんだよ。」

男の言葉には、女への軽い反感が込められていた。

「だめよ。この祠は何代も前からある祠で、代々家の守り神になってるんだから。」

「迷信深いんだな、古い家系の人間ってのは。」

「あなたにはわからないの。」

女が決めつけるように言う。男は処置なしと言った風に背を向けると言った。

「わかったよ、そろそろ帰ろう。」

女は現場監督に念押しすると、気が済んだように歩き出した。

「あなたは明日、福岡に戻るのよね。」

「ああ、おまえ達は家が建つまでしばらくアパート暮らしだけど、俺は当分2DKのマンションで一人暮らしだからな。」

「一人だからって、変な気起こさないでよ。そのうち、見張りに行くわよ。」

女に生返事をすると、男の関心は、部下からのメールに向かっていた。男は、返信の文章を頭の中で考え始めていた。

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