夜明けの呼び鈴

sirius2014

第1話 プロローグ

抜けるように青い9月の空の下に、赤いタータンのトラックが広がっていた。目の先には白いスタートラインが、赤いタータンを横切って一直線に引かれている。


私の名前は山下香織。都内の大学の2年生で、大学の陸上部に所属している。

今日は都内の大学陸上部の記録会で、間もなく私が参加する100メートル走がスタートする。

私はスタートラインまでゆっくり歩くと、スターティングブロックに足をしっかりと固定した。

レーシングブルマの内側には、防水仕様の小さな袋が縫い付けてある。私はレーシングブルマの上から、その袋にそっと掌を当てた。

少しだけ心が落ち着く。

袋の中には一枚の写真が入っている。それは、子供の頃から高校1年まで親友だった結花の写真だ。

私は両掌を拡げ、親指と人差し指が作るラインを、スタートラインの内側にぴったりと合わせた。

間もなくスタートの合図が鳴る。

私の周囲から全ての雑音が消え去る。私は、一瞬のこの静謐が好きだった。この静謐の瞬間、私の心の中にはいつもある景色が浮かび上がる。

その景色の中の私は、真っ暗な玄関先の廊下にパジャマのまま座り込み、震えている不安定で心細げな16歳だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る