第三話:私より強いヤツが会いに来る!? 前編

3-1:朝ー、朝だよー、朝ご飯食べて学校へ行くよー

「よし、問題なし」


 ぱらいそで再び働くようになってから、司は何かと自分の姿を鏡でチェックする事が多くなった。

 今も乗り込んだエレベーターの姿見で確認している。


 いつもはどれだけチェックしても不安だが、今日はそんな心配はない。


 何故なら今日は男の娘姿ではなく、長年慣れ親しんだ坊主頭に詰襟の学生服姿だからだ。

 服も、鞄も、おまけに靴も真新しいのは、おろしたてだから。

 そう、本日は高校の入学式。

 今日から高校生になる司が、しかし、朝一番に向かっているのは学校ではなく、ぱらいそが入るビルの最上階……ぱらいそスタッフたちに用意されたフロアだった。



 ☆ ☆ ☆



 男の娘になることで、ぱらいそへの復帰を果たした司。

 だけど居住権はそうもいかなかった。


「えー、あたしは一緒でもいいと思うけどなー」


「ダメよ。年頃の男と女なんだから、何かあったら問題じゃない!」


「んー、誰かつかさ君と問題を起こそうと思っている人、いたら手を上げてー」


「奈保、一番危なっかしいあんたがそれ言うと洒落にならないからやめて」


「やだなー、私、誘惑するのはお金持ちだけだよー」


「とにかく、や」


 司との同居を認めるか否かで揉めるみんなを、久乃が落ち着かせる。


「これは珍しく美織ちゃんが正しいとうちも思う。もちろん問題なんか起きひんと思うけど、こういうのは疑われる状況自体がマズいからなぁ」


 年長者の久乃らしい大人な意見に、同居派の葵も反論出来ない。


「てことで悪いけど司クン、住むのは変わらずあのアパートでええかなぁ?」


 久乃の言葉に、司は素直に頷いた。

 妙に加熱した討論だったが、当の本人としては正直どちらでも構わなかったからだ。


「そやけどご飯はこっちで用意するさかいな。遠慮せんでええよ、どうせみんなの分も作るんやし、一人分ぐらい増えても問題あらへんから」


 というわけで、朝はぱらいそへの出勤一時間前に朝食を戴き、夜はバイト終了後に夕食を食べてからアパートへ帰るようになったのだった。



 ☆ ☆ ☆



 チーンと音がして、エレベーターの扉が開く。

 関係者以外立ち入り出来ない最上階は、エレベーターが玄関に直結していた。


 靴を脱ぎ、広く幅を取られた通路を歩く。

 通路の左右にはトイレやお風呂のほか、個々のスタッフに用意された部屋があった。それぞれ十畳ほどの、一人暮らしには充分な広さの部屋だ。


 そして通路の先にはカウンターキッチンを備えたリビングルーム。

 大きなテレビや座り心地のよいソファ、向かい合わせに五脚ずつセットされたテーブルなど、フロアに相応しい大きさの家具がそれでも充分な余裕をもって配置されている。


「あ、おはようさん」


「おはようございます、久乃さん」


「ほほう、やっぱ司クンも男の子なんやねぇ。似合うとるよ、学生服」


 リビングの扉を開けると、気付いた久乃が司に声をかけてくれた。


「ふがっ? ふがががが」


「なっちゃん先輩、おはようございます」


「ふがふがっ……ごっくん。おはよー、つかさ君、今日は早いね」


「今日から学校が始まるんです」


「あー、なるほど。よし、じゃあおねーさんが入学祝にトーストを焼いてあげよう。何枚いるかなー?」


 朝から元気よくパンを頬張る奈保が「さぁさぁ隣りに座りんしゃい」と椅子を引きながら、司の分の朝食を用意してくれた。


「ふわぁぁぁ……おはようございましゅ……」


「あ、葵さん、おはよう……ございます」


「……うん、おはよう……って、うわっ!?」


 トーストを食べていると葵がパジャマ姿のまま、しかもだらしなく服をたくし上げて、おヘソ丸出しのお腹を掻きながらリビングに入ってきた。

 唖然としつつも挨拶する司に、慌ててソファの物陰に避難する葵。


「ちょ、なんで!? なんでこんな時間に司クンが!? いつもは九時前ぐらいに来るのにっ!?」


「だって今日から学校が始まるから……」


「……マジ!? え、ちょっと、何の用意もしてないよ、あたしっ!」


 一気に眼が覚めたらしい葵が、パタパタとスリッパの音も慌しく自室へと戻っていく。

 司は呆れたが、顔は自然と綻んだ。

 ただ。


「……あの、店長は?」


「美織ちゃんはまだお寝んねや。まぁ、店を開ける時間までには起きてくるから心配あらへんよ」


 一番騒がしい人物がいないことに、司は少し複雑な気持ちになる。





「学校? 行かないわよ、そんなもん」


 数日前に聞いた美織の言葉が、頭の片隅にこびりついて離れなかった。

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