6-5:老人の願い

「さて、そろそろ本題に入るとするかの」


 時間は夜の十時を少し過ぎるあたり。

 老人の話も佳境に近付いていた。


「将来はワシの店で働きたいと言ってくれた美織。だからワシも美織が学園を卒業するまで頑張るつもりじゃった……」


 が、寄る年波は非情だ。

 二年ほど前からだろうか、お店に出るのが辛くなり始めた。

 そして去年の夏に今後のことを考えて自ら老人ホームへと移り、たまに店頭へ顔を出すことも出来なくなった。


「まぁ、もとよりワシの道楽で始めた店じゃ。儲けようとも思っとらん。多少赤字が続いたところで、何を今さらじゃ。美織が継いでくれるまで店を残しておくのも問題なかった。でもなぁ」


 美織の話をしたり、聞いている時、老人はとても楽しげだった。

 今はその笑顔も消え失せてしまっている。


「ワシのお迎えが近いように、業界もひとつの時代が終わろうとしておる。ゲームを取り巻く環境が変わった。ネットが普及し、家に居ながら多くのゲーム愛好家たちと交遊でき、ソフトまで購入出来るようになった。さらにはスマホさえあればゲーム機なんていらない時代になろうともしておる」


 世の中すべからく便利なほう、便利なほうへ。それは当たり前の流れであり、仕方のないことだ。


「かつてゲームショップは人で溢れかえっておった。ゲームの話に花を咲かせる連中、試遊台に群る子供たち、お目当てのゲームを買いに駆け込んでくる者……ワシの店もそうじゃったし、ずっとそうでありたいと思っておった。

 が、今やゲームショップにかつての面影はない。華やかな祭りほど、終わった後は寂しいものじゃ」


 感傷に浸ることも出来よう。

 ただ、それで未来ある若者を縛り付けるのを老人はよしとしなかった。

 役目を終えたのなら、潔く立ち去るのみ。

 それが美織の為だと思った。


「じゃが美織はワシがぱらいそを閉めようとしていることを知るなり、中等部卒業と同時に学園を抜けて、店長をやると言い出しよった」


 もちろん、相当に揉めた。

 可愛い孫娘には弱い老人すらも、最初は反対側に回ったほどだ。

 それでも美織の熱意に絆され、どうしようか迷っているところへ司が例の相談を持ちかけてきた。


「ああ、これまた今時珍しい相当なゲーム馬鹿と思ったもんじゃ。じゃがな、いくら時代が変わっても、そんな傍から見たら馬鹿げた熱意こそが未来を作るのは変わらんのかもしれん」


 俄かに老人は見たくなった。

 美織や司が、ぱらいそを、黄昏の時代に入ったゲームショップをどう変えていくのかを。


「だからワシは美織や司君を応援することにしたんじゃ。もちろん、息子たちには猛反対されたがの。が、何も学びの場は学園だけではない。ぱらいその近くにも花翁高校という進学校がある。そこに美織を進学させたらええ。幸いにも久乃君も尽力してくれると約束してくれたしの」


 久乃は学園の高等部を卒業後、その仲の良さから美織の家庭教師兼相談役を老人から持ちかけられた。

久乃自身はごく普通の家庭の生まれ。勉強が出来たから奨学生として学園に通っていただけにすぎない。

 当然卒業後は大学への進学を予定し、ゆくゆくは企業の秘書を目指していた。

 そこへ老人からの思わぬ誘い。迷ったが大企業の会長を務める老人たっての頼みであるし、将来的には秘書への抜擢も期待できる。

 そしてなにより自分無き学園に美織の暴走にストップをかけられる人材が見当たらなかったことから、久乃は申し出を引き受けたのだった。


 おかげで久乃がその職に就いてから、美織がテストで赤点を取ったことは一度もない。

 しかし。


「でも美織ちゃん、花翁どころかどこの学校にも通ってないよ?」


「そうなんじゃよ、波津野君」


 あれっと首を傾げて質問する奈保に、老人は溜息をついて頷いた。


「美織め、直前の模試ではA判定が出るくらいまで勉強しておきながら、入試当日はサボりやがっての」


「ええっ!? なんで!?」


「美織ちゃん曰く『受験勉強は両親を騙すためのカモフラージュ。もともと進学するつもりなんてこれっぽっちもないわ! 学校に通いながら、ぱらいそを立て直す? そんな甘い考えじゃ無理よ! 私は絶対ぱらいそにかつての賑わいを取り戻すの! だから学校なんて無駄なところに行っている暇なんてないわっ!』だそうやぁ」


「まぁ、あやつなりの覚悟なのかもしれんがのぅ」


 久乃は溜息をつき、老人は眉間に深い皺を寄せた。


「すみません、うちがしっかりしていれば……」


「なに、久乃君のせいじゃない」


「でも、花翁高校への進学という条件で、美織ちゃんのご両親を納得させた会長の顔を潰してしまいました」


「こんなしみったれた顔なんぞ、幾ら潰してくれてもかまわんぞい。それよりもじゃ」


 お嬢様学校ではないものの、レベルの高い花翁高校ならばとしぶしぶ頷いた美織の両親も、これにはさすがに頭にきた。

 三日三晩眠ることなく続けられた美織と両親の主張は一切の妥協点を見い出せず、結果


「もうお前なんて知らん! 出て行きなさい!」


「知らなくて結構! 言われなくても出て行くわよ!」


 と、まさに勘当された状態で美織はぱらいそへやってきたのだ。


 そのとばっちりは美織の家庭教師だった久乃にも及んで即日解雇。

 本来なら久乃が責任を感じる必要は全く無いのだが、美織ひとり社会の荒波に放り出すわけにもいかないので、ぱらいその経営を手伝うことにした。


 おかげで幸いにもぱらいその運営はここまでなんとかなってきている。


 が、美織とその両親との間に生まれた亀裂はいまだ修復の目途すら立っていなかった。


「当然じゃが、ワシはなんとかしたいと思っておる。しかし、なんせこの体じゃまともに動くこともできん。そこで司君たちの力を貸して欲しいのじゃ」


 老人が深々と頭を下げる。


「美織を、どうかあの子を花翁高校に進学させてやってくだされ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る