6-4:初めての逆転

 祖父の経営するゲームショップで充実したゴールデンウィークを過ごした美織は、お嬢様学校に戻るやいなや早速行動に移した。


 将来ぱらいそで働く為の予習として、学園内にゲームショップを開店したいと先生に直訴したのだ。


「もちろん、先生がそんなのを聞き入れてくれるわけあらへんよなぁ」


 久乃の言葉にみんなが頷く。


 当然どれだけ美織がしつこくお願いしても、学校側は要望を受け入れなかった。

 ならばと次は生徒たちにゲームショップ導入を訴え、署名を集める作戦に出る。


「お嬢様学校と言うても遊びたい盛りの子供たちばかり。なのにゲーム機は禁止やったから、これはかなりの数が集まったそうや。でも、そやからってこんな要望が通ったら『テスト禁止』『宿題禁止』なんてものもまかり通るやん?」


 提出した署名はあっさり却下された。


「うーん、そうなるとさすがの店長でも打つ手がないんじゃ……」


「そう思うやろ? そやけど、ここからがあの子のエゲつないところなんや」


 直訴してもダメ。署名もダメ。だったら正攻法じゃなくて搦め手で行こう。


 小学一年生らしからぬ思考だが、これも大企業に生まれた性だろう。

 美織は若い担任やら働き盛りの学年主任に訴えるのを諦め、代わりのその上の世代に自分の協力者を探し始めた。


「『せんせー。せんせーってだいがくでけいえいがくってのをやってたんでしょ? あのね、うちのかいしゃね、こんどけいえいそうだんこもんって人がやめるから、かわりをさがしているの』とか言って、定年間近の先生に近付いていったんや」


「美織ちゃん、言葉は幼いのにやってることはエゲつねぇ!」


「しかも、同時に生徒会に入ってきてな」


 溜息混じりに話す久乃に、皆は「どうして生徒会に?」と首を傾げる。

 仮に生徒会を掌握しても(小学一年生で生徒会を牛耳るのも凄い話だが)、先生たちを説き伏せない限り、学園内にゲームショップ併設なんて無茶は通らないだろう。


「その時、久乃君は生徒会で会計をやっておったんじゃったか……」


「はい。思えばそれがうちと美織ちゃんの腐れ縁の始まりでした」


 久乃は苦笑しつつ、どこか遠い目をして話を続けた。


 生徒会の会計と言うと、普通は生徒たちの活動費に関する事を仕事とし、学校の運営費そのものにはタッチできない。

 しかし、このお嬢様学校では学園運営費の内容が生徒会に公表されていた。

 もっとも子供に学園運営の決算報告なんてよく分かるはずもなく、先生の報告に間違いなんてないだろうとチェックはおざなりになっていた。


「でも、美織ちゃんが『ぜったいふせーがあるはずだからしらべたい』ってしつこくうちに言ってきて、仕方なく調べることにしたんや。そしたら」


「出てきちゃったんだ、不正……」


「そや。しかも美織ちゃんにとってはうってつけのヤツが、な。ところで学園内にゲームショップが欲しいなんて無茶なことを言い出した美織ちゃんやけど、実はまったく勝算がなかったわけやない。その頃、ゲーム業界にはちょっと変わった流行が起きてたんや。司君は子供の頃からゲームにどっぷりやろうから、分かるんとちゃう?」


 ご指名を受けて、司はうーんと考えを巡らせる。

 美織とは同じ歳、つまり自分も小学一年生の頃に起きた業界のブームと言えば……。


「あ、知育ゲーム」


「そう。いわゆる脳トレってヤツやなぁ」


 それまでのゲームソフトは世間一般的におもちゃでしかなかった。

 そこに「遊びながら勉強出来たり、脳を鍛えられる」という新たな価値観を生み出し、ゲームに興味がない人たちをも一気に取り込んだのが、約十年前に起きた知育ゲームブームだ。

 簡単な計算問題や漢字の読み書き、英会話、さらには資格の所得を目指す本格的なものまで、とんでもない種類のソフトがわずか数年の間に次から次へと発売された。


「そこまでのブームになると、教育の場で活用しようって考える学校も出てくる。で、学園でも生徒たちにはナイショで導入が検討されてたんやけど……」


「だけど?」


 もったいぶる久乃に、皆が気持ち近寄って先を促す。


「それでも先生たちはゲーム機の導入は避けたかったんやろなぁ。この件を担当してた教頭先生は携帯ゲーム機やのうて、タブレットと独自開発させた知育ソフトの導入を考えていたんや」


「はぁ。でも、そらそうだろうな」


 聞いてみれば当たり前な話に、レンがどこか気の抜けたような返事をする。

 当時の久乃も運営費の調査中にこういう計画が出ていることを知って「へぇ」と思ったものの、先生の判断に問題は感じなかった。


 が。


「でも、美織ちゃんはその予算を見て、にやぁってわらった」


 あ、ちなみに「笑う」やないで口書いて山書いて虫を書く方の「嗤う」や、と久乃が宙に字を書いてみせる。


「美織ちゃんな、勉強はフツーなんやけど、こと商売に関しては頭の回転がめっちゃ速いねん。この時も瞬時に計算して『わたしならこのよさんのじゅうぶんのいちいかにおさえることができる』って言い出してな」


 詳しく話を聞いてみると、学園の生徒と先生全員分の携帯ゲーム機と既存の知育ソフトの代金を計算して、計上されている予算とを見比べたらしかった。


「でも、当時のタブレットなんてまだまだ高価でしょう。それに専用ソフトの開発まで発注したら相当の値段になるのは当たり前では?」


「まぁなぁ。でも、そこまでしなくてもずっと安い値段で同じものを揃えることが出来るってのが美織ちゃんの主張でな。うちが止めるのも聞かずに教頭先生へ詰め寄ったんや」


 そうして手に入れたタブレット導入とソフト開発の見積書。

 教頭先生は子供風情に何が出来ると思っていたようだが、その考えが致命的だった。


「美織ちゃんの会社の人に調べてもらった結果、タブレットもソフトの開発も有り得ないぐらい高額なのが分かった。そしてこれは裏で余計な金が動いていると確信した美織ちゃんは、生徒会権限で緊急全校集会を開き、この件についてみんなの前で教頭先生に問いただしたんや」


 ちなみにその時の美織は何故か七五三の時に男の子が着るようなスーツに身を包んで、教頭先生の弁明に何度も「異議あり!」と指差したらしい。


「そこはワシの入れ知恵じゃな」


「マスター、なにやってるんですか!?」


 嬉しそうに笑う老人を、葵は「やっぱり美織ちゃんのお爺ちゃんだねぇ」と小声で苦笑する。


「まぁそれはともかく。美織ちゃんの厳しい追求に、ついに教頭先生はタブレット案を一時凍結し、携帯ゲーム機の導入案を条件付きで検討してもいいってみんなの前で言うたんやぁ」


「おおっー!」


「でも、その条件が厳しかった。これも司君なら分かるやろうけど、当時の知育ゲームブームを担った携帯ゲーム機の状況って」


「ああっ! たしかすごく品薄でしたね」


 司は当時のことを振り返る。


 その頃、かの携帯ゲーム機は空前の大ヒット商品になっていた。

 品切れは勿論、予約を入れても数ヶ月待ちもざら。そんな状況が一年近く続いたのだから、どれだけの品薄だったかが分かるだろう。


 司も誕生日には手に入らず、結局クリスマスまで待つ羽目になった。


「教頭先生も『携帯ゲーム機の導入を断念したのは品薄だからだ』なんて言うてな。生徒にゲームをやらせたくないって本音を誤魔化しとったなぁ。さらに『導入は来年春の予定だが、その前に先生たちには慣れてもらう必要がある。例のタブレットと独自開発ソフトのベータ版が来月には届くから、それよりも早く先生分の本体を用意し、一年以内に全生徒分も確実に調達出来るようなら計画を変更しよう』って言うてきた」


「うわっ、汚っ! クズおやじだ!」


「そうやなぁ。全校集会の反応もそんな感じやった」


 もっともお嬢様学校ゆえ「そんなの無茶ですわ」「横暴です」って感じの非難だったそうだが。


「ところが美織ちゃんがこれまた嗤うんよ」


 出来るはずがあるまいと胸を張る教頭先生に一歩も引かず、それどころか余裕綽々に「ちっちっち」と口元で人差し指を左右に動かし


「くらえ!」


 と美織が言い放つと、控えていた美織の会社の人が一通の封筒を持って壇上に上がってきた。

 そして。


「せんせー、せんせーはいつもわたしたちにぐろーばるなしてんをもてっていうのに、どうしてじぶんたちはにほんしかみないんですかー?」


 確かにそのゲーム機は日本では大人気で、なかなか手に入らない。

 では世界ではどうか?


 そう、その時はまだ日本ほどの大ブームにはなっていなかったのだ!


「教頭先生、件の携帯ゲーム機本体ですが、来月と言わず今週中に全教員及び全生徒分がアメリカより届きます。説明書は英語ですが、日本のソフトが日本語で動きます。また、ソフトの方も国内の問屋から同数を発注済み。こちらも来週には全て届くでしょう。なお、美織お嬢様が今お渡しになるのがその請求書となりますので、ご査収下さい」


 壇上に上がった男性がビジネス口上を述べる中、美織は小さな背を偉そうにピンと伸ばしながら、教頭先生に近付いて「よろしくおねがいしますっ!」と元気な声で請求書を手渡した。


「おねだんはすっごくおべんきょうさせていただきましたっ! これならたぶれっとのきゃんせるりょうきんをはらってもだんぜんおとくですっ!」


 教頭先生が慌てて「ちょ、ちょっと待ってくれ」と必死に反論しようとするも、美織の思わぬ切り返しに沸き上がる全校生徒の声にかき消されてしまう。

 なにより一ヶ月以内に本体を用意できたらと条件を出したのは教頭先生自身だった。

 その条件をクリアされて文句を言っても、誰も聞く耳持たないだろう。


 愕然とするしかない教頭先生に、さらににっこり笑う美織。


「これからもいろいろとひつようなものがでてくるとおもいますが、せんせーたちはいそがしいでしょ? だからぜんぶわたしたちにまかせてくださいっ!」


 かくして校内に美織待望のゲーム購買部が誕生したのだった。


「最初は知育ソフトだけだったけど、美織ちゃんの豪腕ですぐに普通のゲームも扱うようになってなぁ。まぁお嬢様学校ってのも良かったんやろ、ゲームにどっぷりって子もいなくて、いい感じの息抜きになったから先生も容認してくれたんや」


 なお、ただひとり例外的にどっぷりゲームにハマった生徒がいたのは言うまでもない。


「余談じゃが、後に日本の店頭にも北米版の本体が並ぶようになったのは、この時の余波でな。頼まれて手配をしたワシもまさかそこまでなるとは思っとらんかった」


「美織ちゃんパネェ!」


「ぱらいその仕入れは全部うちがやっとるけど、これもゲーム購買部の時に美織ちゃんから無理矢理叩き込まれたんや。あの子、昔から無茶苦茶な手口で商品をかき集める天才やねん」


 そりゃあまぁ、あんな買取キャンペーンをやるぐらいですからねとみんなが呆れ顔の中、老人だけが「そうじゃろ、ワシの孫、凄いじゃろ」と嬉々としているのだった。

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