4-8:はいどらぁぁっっ!

 運命の最終ラウンドが始まった。


 熱くなったレンが対戦前の勢いのまま突っ込むかと思いきや、意外と冷静にキャラの動きを掴むよう様々な動きを試している。

 美織もそんなレンの邪魔をするようなことはせず、レンの準備体操を大人しく見守っていた。


「うん、いつもよりいい感じだ。さすがだな」


「そりゃよかった。じゃあまずはこちらから行かしてもらうわよ」


 レンの準備が整ったのを見て、すすーっと美織が操作するマリアを前進させる。


「テストしてあげるわ」


 すかさず攻撃を開始する。

 まずはしゃがみの弱キック。様子見の、しかもギリギリ当たらない場所からの攻撃で、レンの反応を確かめた。

 レンはまるで対岸の火事のように身動きひとつしない。


「一撃喰らったら終わりよ。分かってる?」


「分かってるよ。そっちこそくだらねぇテストなんて時間の無駄だ。欠伸がでるぜ」


 極限の体力状態にも、レンに動揺はまるでなかった。

 むしろいつもより程よい緊張が、神業とも言える見切りをさらに完璧なものとしている。


「じゃあ、本番行くわよ?」


 しゃがみ弱キックの連打から素早く立ち上がっての弱パンチ。こちらはしゃがみ弱キックとは異なり、ぎりぎり当たる距離だ。

 刹那、画面に稲妻のエフェクトが走る。

 レンのカウンターブロックが発動したのだ。

 すかさず逆襲の弱パンチを入れるレン。

 美織の最速ガードも間に合わない。


 よろける相手に、レンのワンキルへの挑戦が始まった。


 流れるような連続攻撃からのアッパー。

 宙へ浮かした相手への怒涛の空中コンボ。

 まるで美織が操作しているかのように、先ほど見たものをレンが正確に再現していく。


 コンマ一秒でも遅れば繋がらないコンボの連続。

 美織はこれをひたすら練習する事で体に覚えさせた。

 それでも成功率は三割にも満たない。


 にもかかわらず、レンは三度見ただけでここまでモノにしていた。

 それを可能にしているのは圧倒的な反射神経と、恐るべき集中力。

 まるで自分の神経が直接ゲームと繋がっているような感覚は、実のところレンも初めてのことだった。


 レバーを操る左手が悲鳴をあげている。

 ボタンを押す右手が、自分でも目で追えない。

 頭の奥がチリチリと痛かった。

 それでも!


「はいどらぁぁっっ!」


 レンは吠えた。

 自分の体の訴えを全て捻じ伏せるかの如く叫んだ。


「さすがだわ。でも、最後の『天降ろし』へのつなぎは激ムズよ。あんたに出来るかしら?」


 湧き上がるギャラリーの歓声に紛れて、美織のそんな言葉をレンは聞いたような気がした。

 気のせいかもしれない。でも、どうでもよかった。

 必ず成し遂げる!

 激ムズだろうが、そんなのは関係ない。


「いきやがれぇぇぇ!」


 自分の神経が焼き切れるような感覚を覚えながら、レンは自分の操作するマリアが美織のマリアの顎を捕まえ、天高く舞い上がるのを見つめていた。


「おおおおおっっっっっ!」


 ギャラリーがこの日一番の歓声をあげる。

 なんせ奇跡を一日に二度、しかも今度はホンモノのワンキルを見たのだ。


「店長もスゲェが、あのレンって子、マジすげぇ。見ただけで完璧に再現してみせやがった」


「ああ、いいものを見せてもらったぜ」


「でも、これで店長の負けは確定……ぱらいその買取キャンペーンも出来なくなるのか」


「それはそうだけど、でも、これは仕方がないだろう」


 さすがの美織でも、自分が練習に練習を重ねたワンキルを完全に真似されるとは思ってもいなかっただろう。

 美織はやるべきことを完璧にやり遂げた。

 その上での敗北はもはや仕方がないと受け入れるしかないのだ。

 

「あのさぁ」


 ただし、美織はこの期に及んで笑顔を浮かべていた。

 そして勝利を確信したレンと円藤、さらに歴史が作られたところを目撃した気分に浸るギャラリーたちに告げる。


「これがワンキルだって、私、一言も言ってないわよ?」


 かくしてわずか一ドット分の体力を残してむくりと起き上がった美織のマリアが、天降ろしの事後ポーズを決めるレンのマリアに弱パンチを決める。


「ええええええっっっ!?」


 あまりの展開で驚く皆を前に、モニターに「2Player Win」の文字が浮き上がった。




「はい、私の勝ち。てなわけで買取キャンペーンは継続するから。それにレン」


 いまだ店内がざわめく中、美織は立ち上がると呆然とするレンに手を差し伸べた。


「あんた、うちで働きなさい。お金が必要なのって、今、住むところがないからでしょ? うちのバイトは『豪華住居完備で三食昼寝付き』だから、あんたの住むところなんて今日からでも提供できるわ」


 それに、と美織はふたりの熱戦の舞台となった筐体を見て言葉を付け加える。


「この筐体の運用をあんたに任せる! 今日の対戦を見て、日本中から強敵がやってくるわよ。あんたが相手してやりなさい」


 差し出された手をぽかんと見つめるレンに、美織は「ほら」と顎を振る。

 少し離れたところでビデオカメラを構えた奈保が立っていた。

 今回の動画をネットに流すつもりなのだろう。


 用意周到なことに、レンは突如笑いがこみあげて来た。


 騙された、という気持ちは勿論ある。

 確かにアレがワンキルだと美織は一言も言わなかった。

 自分やみんなが勝手にそう思いこんだだけで、全ては彼女の掌で踊らされていたのだ。


 それでもレンは不思議と爽快な気分だった。

 張り巡らしたワナに絶対乗ってくる、しかも対戦後に仲間へ引き込む算段までして高価な筐体を購入してみせるなんて、こいつ一体どれだけ強気なんだよ、と。


 そんな美織にレンは強く惹き付けられた。


「オレ、まともなバイトなんてしたことないぞ?」


「大丈夫よ」


 美織がおかしそうに笑った。


「私もしたことないわ。だけど店長としてやっていけてるんだもん。あんただって出来るわよ」


 そして強引にレイの手を握り締める。

 レンはついにぷっと吹き出し、やがて大声で笑い始めた。

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