ヤングエンペラー
ははそ しげき
第一章 戦神 白起
序 章
――始皇が初め位に即いた時、
(『史記 始皇本紀』司馬遷、小竹文夫・小竹武夫訳 筑摩書房)
∵
少年王の夢みた虚構の設計は、地下帝国の実現をめざし、少しずつ動き出した。
「ぼくの地下宮殿は、暗黒の宮殿なんかじゃない。天上には太陽が光り輝き、月や星が瞬く。宮殿はつねに真昼のように照らしだされているのだ」
「ぼくの地下世界は、静止した沈黙の世界であってはならない。地上同様、人が暮らし、動物が駈けまわり、鳥が飛ぶ、そんな世界であってほしい。楽器が奏でられ、人が歌い、鳥がさえずり、川がせせらぎ、ときに風が鳴る、そんな光景をもちこみたい」
(本文 第六章 地下宮殿)
第一章 戦神
待ちに待った春の到来だ。しかし人々の心に春の喜びはない。邯鄲の都城は重々しい戒厳令が敷かれ、戦時下の張りつめた暗雲に包まれていた。
「
戦国時代も中期から後期に移り、「戦国の七雄」と
その天下分け目の決戦とでもいうのが、秦と趙、二大強国による「長平の戦」だった。双方あわせ百万に近い軍勢が黄河中流の北方、太行山西側の長平に集結し、激突した。結果は秦軍の圧勝に終った。
敗れた趙軍は、四十万の兵士が投降した。しかし悲劇はそこからはじまる。投降した四十万の兵士は、
歴史に忌まわしい汚名を残した秦の将軍こそ、「戦神」の異名をとる常勝将軍
∵
邯鄲は
その邯鄲の邸宅街を、ひとりの
「これはひどい。無数の
方士は門を叩き、案内を乞うた。
「邸内に重病人がいるであろう。怨霊に
方士は方術士ともいうが、この時代、有徳の知識人として人々の尊敬を集めている。
門衛は驚いて
「主人がお会いしたいと申しております」
家令は
「そのお子は、――」
いっしょについてきた女の子を見て、家令はいぶかしんだ。
「わしの弟子じゃ。まだ小さいが、物の役にたつ。引見に立ち合わせたい」
貴族の邸宅だが、さほど大きな造りではない。中庭越しに、奥の一室が病室にあてられているのが分る。見舞い人だろうか、室内に入りきれない人が、外から中をうかがっている。方士と女の子が近づくと、
「お
方士は軽く目礼しただけで、いきなり医師に容態を問うた。
方士は病気治療にくわしい。方術という、方技と術数をあわせた特殊な修行を積んでいる。やや煩雑になるが、説明しておく。
方技の範囲には、
術数は、数理科学に神秘術を加味したもので、天文(星占)・暦譜(暦学)・
さしずめ方士とは、医薬学と養生法や占術に通じた、神仙術の探求者のことだと思えばいい。
深山に隠れ棲んで不老不死を追求している本格派もいるが、一般にはこの方士のように、人界にあって病気治療や悪霊退散の祈祷を仕事にしているものもいる。いまでいえば、医師と薬剤師とセラピーの治療士を兼ねた専門の祈祷師といったところか。文化人としての教養は高い。
病人はまだ幼いこどもだった。大きな布団にくるまれ、小さくうずくまっている。脈をとっていた医師は、顔をしかめている。
「それが、原因が分からず、処置の施しようがない」
方士はうなずくと、すべての窓を開け放ち、病牀の横に祈祷の壇を設けるよう指示した。春の香りが風に乗って入り込み、陰気な室内は清められ明るくなる。
「
すると、父親だろうか。枕元にいた二十代のなかばすぎくらいの若い男が立ち上がり、
「わたしは秦の公子で
いわれて趙姫は顔を上げて目礼した。
「して、この
じつは方士が注目していたのは、同席しているこの中年の男だった。静かな物腰の中にも、豪胆な気概が感じられる。黙っていても発せられる気迫は、周囲を圧している。ふつう怨霊がもっとも敬遠したがるタイプなのだ。
「
「呂不韋どのといえば、天下に聞こえた豪商。公子はよき後ろ盾に恵まれていると見える」
賈人とは商人のことだ。呂不韋クラスになれば、小さな商店主や行商人といった規模ではない。中原各国に取引ルートを持つ、いわば国際的大商社のオーナーといっていい。
「して、方士のご尊名はなんともうされますか」
穏やかな口調で、ぎゃくに呂不韋がたずねた。
「世捨て人にござれば、とうのむかしに名は捨てもうした。しいて名乗れば、
「ほう、無名道人どのともうされるか」
面と向かって道人の顔を覗き込んだ呂不韋は、納得した顔つきで女の子に目を移した。
おとなたちの会話をよそに、女の子はひとりでてきぱきと祈祷の壇を設営し、横たわる政の額や手を拭い、けなげに立ち振る舞っていた。
「もう大丈夫、元気出すのよ」
うなされる政に声をかけ、片手を握ると、政はうっすらと目を開け、「だれ」と手を握り返し、反応した。
「この子は母親にもよくなつかないのに、これはまた」
異人は目をみはった。そんな異人を趙姫はにらみつける。
「お話をうかがって、ほぼ察しがついた。この女の子のお
「なんと急な、いずこへゆかれる」
さすがの呂不韋が驚いて聞き返した。
「長平へゆく。悪霊を
呂不韋は異人と顔を見合わせた。異人がうなずくのを見て、呂不韋も同意した。
「五日間お待ちしますので、どうぞよしなに」
∵
冒頭ですこし白起のことに触れた。姓は
初陣は十五歳。口数が少なく忍耐強い反面、果断に事をおこなう豪放な性格は、戦場で申し分なく発揮された。おりしも時代は戦国の真っ只中。戦功の評価は、挙げた
秦の
二十一年、趙を攻めて、光狼城(山西省高平の西)を攻略。二十九年、楚を攻めては都
三十四年、白起はふたたび魏を攻めて華陽(河南省
そして四年後の四十七年(前二六〇)、趙と長平(山西省長治の東)で戦い、降服した趙兵四十万人を
この長平の戦で、戦死や捕虜も含めると、趙は一挙に四十五万人の成人男子を失ったことになる。趙国全体で三百万人といわれた当時の人口の十五パーセントにあたる。
捕虜にあてがう食糧を惜しんだためとか、捕虜に謀叛の動きがあったためとか理由はあろうが、戦神白起はこの暴挙をあえて実行した。
生き証人の年少兵から
生き埋めになった四十万の犠牲者の霊魂は、行き場を求めて長平の戦場に漂った。その一部は、坑殺をまぬかれた年少兵にとり憑いて、邯鄲に帰ったのだ。
のちの話しだが、年少兵二百四十余名のうち有志数十名は、五台山の廟堂に
一方、白起は戦勝の勢いに乗って、一気に邯鄲を陥落させる意気込みでいた。しかし白起の功績はあまりに大きい。国人の人気も高く、宰相の座さえも奪いかねない。白起の台頭を恐れた秦の上層部は、大虐殺を盾に白起を更迭する。いったん戦争を終結させ、講和に転じたのだ。戦さえなければ、白起は張子の虎だ。このときの秦朝上層部は、私欲にこだわり国益を軽んじた典型とみていい。
やむなく白起は兵を引いた。戦争には勝ったが、政争で負けた。都咸陽に空しく凱旋した白起だったが、国人は歓呼して迎え入れた。
長平の戦が終った翌四十九年、秦は満を持してふたたび邯鄲を攻めた。しかし趙国に防御の備えを固める時間的余裕をあたえていた。
しかし白起には、
「いまさら、なんだ」
という思いがある。
長平の戦場から邯鄲まで約百六十キロ、太行山を越えれば敵の都は目と鼻の近さだ。長平の戦勝の勢いがあれば、一気に落せた。だからこそ足手まといなうえに、裏切りで背後の脅威になりそうな趙の降服兵を始末してしまったのだ。
白起は数に頼った戦争はしない。敵の動きを冷静に分析して、行動に移す。なかでも勢いということを、とくに重要視した。戦には時の勢いというものがある。いまその勢いはむしろ趙側にある。
「君命もときに受けざるところあり」
白起は病を理由に王の要請を拒否した。
五十年十一月、再三にわたる出馬要請を断られ、秦の昭襄王はついに見切りをつけた。戦神白起は国民的英雄だったから、その存在は無視できない。しかし自分にしたがわない英雄は邪魔なだけだ。ましてや人気が高いのは、危険ですらある。生かしておくわけにはゆかぬ。
白起のもとに使者を立て、剣をあたえた。自害を命じたのだ。
「常々白起は、不服がましいことを口にしていました」
白起の力量を恐れた上層部が嫉妬し、
「わしはなんの罪があって、このような罰を受けなければならないのか」
戦国時代である。弱肉強食は世のならい。やらねばやられるだけだ。とはいえ、あまりにやりすぎたのか。戦につぐ戦、多くの人を犠牲にして、必死に駆け抜けてきた戦いの人生は、いったいなんだったのか。白起とて人の子、切れば血も出る、涙も流す。人の痛みが分からぬ野獣ではない。
「もとより、わしは死んでとうぜんである。長平の戦で趙の降服者は数十万あったが、助けると偽ってことごとく穴埋めにして殺した。それだけでじゅうぶん死ぬだけの理由になる」
邯鄲侵攻の出馬要請を拒否したのは、死を恐れたからではない。負けることが分かっている戦の指揮をとることは、常勝将軍のプライドが許さなかったのだ。
戦機を分析するとだれが将軍であっても、こんどの邯鄲攻めは失敗する。やるなら自分が提案したあの時期にやるべきだった。長平の戦で四十万人を殺され、茫然自失のあの時期に邯鄲を攻め落せば、趙国の滅亡は数十年早められた。同時に戦国時代の終焉も早められた。
白起はただの殺人鬼ではない。
――戦をもって戦を終らせる。
戦争を終らせ、一日も早く平和な社会を到来させたい。そんな願いを、大量殺人のうしろで考えていたのだ。
「どこかに無理があった。やはり四十万人はやりすぎた。では十分の一なら許されるのか。一年で終るものを十年かけてすこしづつやれば許されるのか」
白起は自問自答した。しかし答えは「
「自分には自分のやり方しかなかった。人生にやり直しはきかない。大量殺人者と非難されても、悔いはしない。この身はたとえ八つ裂きにされてもいい。願わくは、自分ではできなかった、戦国時代に終止符を打つことのできる平和の使者を、あの世から応援してやりたい。それがみずから
咸陽の西十里ほどの
無念の思いはあるが、すでに覚悟はできている。いままさに剣を引き切らんとした
「しばし、またれい!」
耳には聞こえないが、脳裏に無名道人の声がなり響く。
「ご無念の思い、よく分かった。しかしその思いを
人は死を実感した刹那に、一生を回顧することができるという。ちなみに「刹那」とは最小の時間単位で、七十五分の一秒とか六十五分の一秒とかいわれる。無意識に
その一刹那に、白起は自分の一生を振り返り、あえて「鬼神の道」を選択した。「鬼」とは人の霊魂、「神」とは天地の神霊。死んでなおこの世に霊魂を残す非情の決断だ。
「おれの思いを託すに足る若者がいるか」
「いる。昭襄王の曾孫にあたる。やがて天下を統一し、
「おれはどうすればよい」
「政君の守護神になっていただく。『
白起は「諾」と心に叫び、剣を引いた。白起の首は鮮血を噴いて、中天高く
こののち白起の霊魂は幽明界(この世とあの世)の
∵
五日目の未明(夜明け前)、無名道人は音もなく邯鄲へ立ち返った。
「咸陽まで出向き、武安君白起の最期を見届けてきた。その後、長平へ行き、霊魂を鎮めてまいった」
聞いて驚かぬものはいない。邯鄲―咸陽間、いまの鉄道路線でも七百八十キロある。日本だと東京から広島の手前、福山あたりといったところか。そこを四日で往復したというのだ。
「
「夜分ながら、急ぎ話しておかねばならぬことがある」
疲れた様子も見せず、無名道人は、呂不韋と異人を呼んだ。別室で政の看病をしていた趙姫とお彩も顔を出した。
「政の熱が下がり、いまは安らげに寝入っています」
「お彩の祈祷で、怨霊に退散願った結果です。いましばらくは
無名道人は、ことの経過を手短に説明した。
「怨霊は長平の戦で坑殺された趙の兵卒で、
みなは納得してうなずいた。
「怨霊が好んでとり憑くのは
無名道人はそこまでいうと、呂不韋と異人に推理の当否を確かめた。異人が目をまん丸にして、うんうんと首をたてに振った。
「その呂不韋どのの気も政君にまではおよんでいない。政君は幼いうえに生来の病弱だったから、多くの悪霊にとり憑かれ、からだを
寝耳に水の宣言だ。寝ずの看病はしてきたが、十歳の寿命だとは考えてみたこともない。異人と趙姫は顔をひきつらせて、道人のつぎの言葉を待った。
「その一方、不思議なことだが政君には天子の相がある。なんど占っても答えは同じだ。この相の人はとくべつに強運で、少なくとも人生五十年を約束されている。たとえ短命の人でも五十歳までは、寿命を延ばすことができるのだ。政君の場合、十歳からだと四十年ある。この四十年を、近親の縁者なら分かち合うことができる。そこでお三方にご相談だが、それぞれの寿命から政君の延命できる分を分けてやってはもらえぬか。その代わりにといってはなんだが、異人公子の秦国王位継承に、わしも力を貸そう。いかがかな」
無名道人は、一同を見まわした。
呂不韋は目を
沈黙を破ったのは、異人だった。
とつぜん立ち上がると、無名道人のまえにひれ伏した。
「わたしの命を投げ出そう。王位につけるなら、たとえこの命を縮めても、悔いはない」
「ただし、二十年。公子が分担できるのはそこまでだ。残りの二十年は、十年づつ、他のおふたりで分け合っていただこう」
無名道人は、趙姫と呂不韋には意見を問わず、とうぜんとでもいうふうにそう決めつけた。ふたりとも反対はしなかった。
「いいわよ、十年あげる。年取ってまで生きていたくないもの。ねえ、ずっと若いままでいられる術ってないかしら」
趙姫は、冗談ともつかない提案をして、道人を面狂わせる。
「政君に天子の相が見られるか。天子とは王の王だ。周の天子をいうか」
呂不韋は、あらためて道人に向き直った。
「いや、周朝の命脈はすでにいくばくもない。周とはべつに、中原の七ヶ国を
「その国が秦だとすれば、異人公子が王になられたあとのことになる。よかろう、わしの余命から十年、差し引いていただこう」
もともと呂不韋は、秦の公子異人の秦王即位に人生を賭けている。「
「わしは方士だ。わが
三人はそろって無名道人に恩を謝して拝礼した。道人は目礼を返したのち呂不韋に、邯鄲脱出を急ぐよううながした。
「秦軍はこの二、三日中に邯鄲に攻め寄せる。そうなれば、趙国は人質の異人公子を殺し、見せしめにする。女こどもを連れての城門突破は難しい。趙姫さまと政君には、次の機会まで待ってもらう。呂不韋どの、公子おひとりを連れて秦に逃げてくれ」
「承知した。ふたりには
ほどなく脱出のため、かねて用意の二頭立ての馬車が、中庭に引き出された。 趙姫は異人といい争っている。あらかじめいい含めてあったのに、この期におよんでこのありさまだ。一方、政は泣きもせず、おとなしくお彩にしたがって庭先に出た。呂不韋が政を抱き上げ、「高い高い」をした。
高みから政が「あそこ」と指差し、お彩に示したものがある。
一瞬、横合いから黒い影が飛び出し、呂不韋から政を奪おうとして手を伸ばした。その賊の手を払ったのは、お彩のもつ長い
――チャリィーン。
錫杖のリングが鳴った。同時に、賊の伸ばした
べつの黒影が公子を襲った。無名道人が片手拝みの姿勢から
この「気」というのは、人体が発する特殊なエネルギーで、超常現象と見られるが、修行訓練によって、潜在する超常能力をひきだし、特定の条件下で現象として発現、増幅することができる。
「敵は、ほかにも何人かいる。この場はわしらに任せ、急ぎ脱出されよ」
道人が
黒影の襲撃隊は、趙の朝廷が放ったものに違いない。
人質の異人を生け捕りにし、城門に
邯鄲城の西北側に小門がある。警備が手薄なところに目をつけて、かねてより門衛に大金を渡して
「やあ、ご苦労さん」
手を振って見送る門衛をあとに、馬車は一気に駆け抜けた。追っ手のかかる前にからくも
これまでも大きな商売を通じて、
一方、はじめの恐怖感が去ると、異人は残してきたふたりが心配になってきた。自分がいなくなったあと、あのふたりは無事に暮らしていけるのか。危害が降りかかるのではないか。
やはり無理をしてでもいっしょに連れて逃げるべきだったのではないか。
「趙姫よ、政よ、許してくれ」
後悔で胸が締め付けられ、涙が止めどなく
趙の追っ手が弓を射って迫ってくる。追っ手の騎馬が馬車にならんだ。追っ手の武者は真横から弓を射る。敵の矢は呂不韋の頬を
「神よ、助けたまえ!」
無神論者の呂不韋が、生涯はじめて神に頼んだ。夢中で
敵の矢が放たれた。矢は正確に飛び、呂不韋のからだに突き刺さろうとした。 呂不韋は観念し、
まさに
「
馬上で白起は激怒する。口から火を吹き、目を剥いて相手を睨みつけた。馬が怯えて、棹立ちになる。
弓を持った趙の騎馬武者は、どうとばかりに転げ落ちた。
前方に秦の先鋒隊があらわれた。背後の追っ手は追跡を諦め、馬を止めた。白起の姿はもはや掻き消えている。
「あれはたしかに白起将軍だった」
背筋に戦慄が走った。戦場で白起に
「助かった!」
一瞬、目を閉じた呂不韋には、白起の出現は見えていない。あまつさえ窮地を脱した呂不韋は、たったいま神に頼ったことさえも忘れていた。のちに戦神白起は、呂不韋の不実を怒るあまり出番が遅れ、手痛いミスを犯すことになる。
異人と呂不韋は秦軍に保護された。これで異人の秦王承継工作の第一段階は突破した。第二段階は、秦の王朝内での立太子工作だ。数年がかりで仕掛けてきた。あとは最期の仕上げを残すのみだ。
ずしんと響く手ごたえを感じ、思わず呂不韋は身ぶるいした。
∵
異人と呂不韋が無事、秦に脱出したあと、もとの邸宅は接収され、趙姫と政は趙の役人に引き渡された。
呂不韋から大枚のまいない(
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