第3話 無能:003「死を待つことにした」

冒険者と冒険家の違いを以前に話したと思う。

大事なところだ。

冒険者は組織のメンバー。

冒険家はボッチ。

ここな。

ものすごく大事な違いだ。

そりゃあ、歌舞伎と傾奇くらい違うもんだからだ。

まず、覚悟が違う。

次に、安定(栄達)への期待度が違う。

冒険者なんて、しょせんはちょっとリスキーなサラリーマンみたいなもんだ。いや、サラリーマンだって金○郎くらいにはリスキーだぜ?

さておき、冒険家は、完全に何者からもフォローを受けられない不安定な、狂気じみた存在だ。

そりゃ、伝記に残る生還した冒険家は事前にフォローを受けていたみたいな記録がある。

それも大概は後付で、いわゆる貴族や資本家に「名誉」を与えるために「後から売った事実」に過ぎないが。有名どころでも、マガリャネスとか悲惨だろ?

大概の冒険家は、自力で困難に立ち向かい、そして目的を達成した。組織に「その獣の皮は1銅貨です」とか保証されずに、だ。

俺は、この世界に転生してから、どうして冒険者が存在しないのかを徹底的に精査した。身分相応のノルマ以外は、ほぼ全てそれに費やしたと言って良い。

学ぶほどに分かった事は、既得権益者云々以前に、この世界はそういった甘えを一切許さないほど「人間らしい世界」だということだった。

そういうことだ。

「人」は残虐で強い。同種内で常に過当競争をしている。それくらい、優れた種を残すことに固執した生物である。

思い返せば、前世もそうだった。

表向き平和な日本で生きて、競争の概念を巧妙に隠されていたに過ぎなかった。

分かりやすい戦争なのか、分かりにくい戦争なのかの違いしかなかったのだ。

前世の日本でさえ、年間自殺者はそこらの年間戦争被害者数以上だったではないか。

そんな当たり前の現実に気づくのに、俺はこっちに来てから16年もかかってしまった。


***


ラルフ・ローレンシェパード・スミス。

それがこっちの世界での俺の名前だ。

スミス商会という、こっちの世界ではちょいと名の知れた豪商の一族の傍系だ。

こんな清貧さを絵に描いたような汚い小屋が似合う男ではない。

贋金造りで財を為し、そこそこの地盤を手に入れて、そこそこのルートを抑えたそこそこ名の知れた豪商の一族の端っこにいる存在だ。

レンズ共和国の横槍が入るまでは安泰って言う、まことにけっこうな交易ルート、つまり経済基盤を持っていた。

俺は冒険者を諦めた後、スミス一族の子供が受けるに相応しい教育を受けて育った。

つまり、スミス一族の経済基盤の維持拡大に資する人材育成のための教育だ。

笑ってしまう。前世でも、似たようなことをやらされていたのだから。

この世界の経済構造も、前世と大して変わりはしないようだった。貨幣による流通、金融商品、信用取引、まぁどれも似たようなものだ。

魔法――それを行使するための体系化された魔術というものがある点を除けば、な。

さてさて。

今回の事の発端は、民主共和制だかなんだかよく分からない屁理屈で、一族が何百年も苦労して開拓した経済基盤を根こそぎ持っていこうとした「レンズ共和国産業省に雇われた傭兵ども」とスミス家との利害対立だ。

スミス一族も、それなりの傭兵を雇用し、それなりの直属私兵を持っていた。

市民という概念。人権という横暴。時代の変革期なことは察知していたスミス家の想定を超える暴力と欲望の暴発……。レンズ共和政は、凄まじい破壊と狂気を時代と世界にもたらしていた。


***


「いつだって、一番被害を受けるのは最底辺だ」

俺は呟く。

他に何ができる?

民主共和政、平等原則、人権etc。それらの正義の名の下に、大手を振って弱者が殺戮されていく。

俺はそれを前に、何もできずにいたし、そもそも何をして良いのかも分からなかった。

前世では、こんな激動は無かった。他国の歴史の1ページに過ぎないものだった。

フランス革命の意味も知らず、何か人々が自由を勝ち取ったすごいこと、くらいの認識でしかなかった俺だ。

実際の革命とか革新が、ここまで血生臭いとは想像もしなかった。

どこに正義がある? どこに尊厳がある? どこに、自らを委ねるに値する誇りがある?

そんなものは、無い。あるのは、ただただ、並べられた数千を越える死体だけだった。


***

隣に眠る森の主の遺体を見る。

状態は、いわゆるズンバラリンだ。

「悪いな。死体は見慣れてしまったよ。ここ数日で、な」

呟く。

何度も言うが、他に何が出来る?

しばし考える。常に頭は使うのがスミス家の家訓だ。

結論。

俺は、黙って暗殺者の到着を待つことにした。

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