ACT.3

01 襲来

 結論として、柚子が遊佐の家を出ることにはならなかった。


 もちろんレオナとの縁を切ることにもならなかったし、毎日元気に『シングダム』に通っている。弁財女子学園を退学したりもしていない。一見は、何の変化も起きていないように感じられる。

 しかしその裏側ですったもんだを繰り返したのち、ようやく柚子は平穏な生活を取り戻すことがかなったのだった。


 いったい何度の家族会議が開かれたのか、柚子も数えきれなかったほどであるらしい。

 鎌倉の別荘から千駄ヶ谷の屋敷に戻り、まずは啓一というもう一人の家族が呼びつけられることになった。柚子よりも四歳年長である彼は関西の大学に進学していたので、そちらで一人暮らしをしていたのだ。


「最初の会議は、もう大変だったよ! 啓一兄さんっていうのは、文香姉さんとは比べ物にならないぐらい感情的な人だからさー」


 のちに、柚子はそう語ってくれた。

 その人物が、遊佐文香以上に泣くわ騒ぐわで、それはもう大混乱の様相を呈することになったのだそうだ。


「遊佐の家を出たいならそうすればいいじゃないか! どうして僕たちがこんなやつを引き止めなきゃいけないんだ!?」


 そのようにわめきながら、彼はティーセットの載せられていたテーブルをひっくり返してしまったのだという話であった。

 どれだけ癇癪持ちなのだと、レオナは心底から呆れ返ることになった。


 しかしまた、それと同時にレオナはいぶかしく思うことにもなった。

 兄といい姉といい、あまりに反応が過剰であるように思えたのだ。


 本当に柚子のことを疎んでいたのなら、大喜びで柚子の言い分に飛びついていたのではないだろうか?

 しかし彼らは、どちらも幼子のように取り乱すことになった。


 もちろん、父親にはひた隠しにしていた悪感情を暴露されて、平静ではいられなかった、という面もあるのだろう。

 だが、その後に会議を繰り返しても、けっきょく彼らが柚子の提案を承諾することはなかったのだった。


「逃げるのは卑怯だ」というのが、彼らの主張であったのだそうだ。

 それも何だか、おかしな言い分ではあった。


 それはどうやら、自分たちが悪者のままでは終わりたくない、という気持ちもあって発せられた言葉であるようだが───裏を返せば、柚子との関係性を再構築したい、と願っているようにも感じられてしまう。


 ともあれ、柚子が遊佐の家を出るという提案は退けられることになった。

 また、それはいちおう冷却期間を置こうという父親の言葉で決定された措置でもあった。


「最低限、柚子が成人するまでは、わたしは父親としての義務を放棄するつもりはない。だからそれまでの間、みんなで色々と考えなおしてみようじゃないか」


 遊佐英彦は、そのように言っていたのだそうだ。

 それで話がまとまったのは、柚子の家出騒ぎが勃発してから、およそ二週間後───ちょうどゴールデンウィークというものが終了した頃合いであった。


「啓一兄さんも、ようやく京都のマンションに帰っていったよ。父さんも、明日からまたヨーロッパだってさ」


 連休明け、学園の食堂で再会した柚子はそのように述べていた。

 もっとも、レオナは連休中も『シングダム』でたびたび顔をあわせていたので、それはもっぱら亜森と咲田桜に聞かせるための言葉であった。


「うーん、まさにお家騒動っすねー。まさかそこまでの騒ぎになるとは思ってもみなかったっすよー」


 咲田桜は、そのように述べていた。

 けっきょく彼女にも、遊佐家の家庭事情は開陳されることになったのだ。それは遊佐家の面々から同意を得た上での結果であった。


「それで遊佐さんは、今後どのようなスタンスでお過ごしになることになるのですか?」


 亜森が問うと、柚子は複雑な表情で「うーん」とうなっていた。


「基本的には、大して変わらないんだよね。部屋も離れのままだしさ。……ただ、可能な限り、食事は本邸でとることになっちゃったの」


「これまでは、食事も離れでとっていたのですか?」


「うん。食事はヘルパーさんが作ってくれてたからね。だけどこれからは、練習で帰りが遅くなっても、本邸の食堂に行かなくっちゃならなくって……それだけがちょっと心配なところなんだよね」


「何が心配なのですか? 特に問題はないように思うのですが」


「でもさ、あたしって普通の女の子の倍ぐらい食べるでしょ? それを文香姉さんに見られるのが気まずくって……今日の朝だって、なかなかの羞恥プレイだったんだから!」


 亜森は一瞬きょとんとしてから、口もとに手をやって笑い始めた。

「笑い事じゃないんだよー?」と柚子は頬をふくらませてしまう。


「文香姉さんなんて、お茶を飲みながらクッキーか何かをつまむだけなの! その正面で、あたしはサンドイッチやらハムエッグやらをバクバクたいらげててさー。いつも通りの無表情だったけど、あれは絶対に呆れてたよ!」


「そうですか。でも、そんなささやかなお話をうかがうだけでも、わたしは何だかほっとしてしまいます。これまでは、遊佐先輩と二人きりでお食事をする機会もなかったのでしょう?」


 レオナが考えていたのと同じことを、亜森が口にした。


「今は気まずいかもしれませんが、そういう何気ない日常を共有するというのが、一番大事なことなのだと思います。わたしにとっては遊佐さんも遊佐先輩も大事な相手でしたので……もしもいつか分かり合える日が訪れるなら、わたしは心から嬉しいと思います」


「うん、まだ何がどうなるかもわからないけどね。……でも、最短でもあと三年ちょいは、色々と頑張ってみるよ。気まずいのは、今まで現実逃避してたツケだしね」


 長きに渡る騒乱を経て、柚子は実にさっぱりとした顔をしていた。

 この二週間ていどで、柚子は家族らの意外な一面というやつを嫌というほど見せつけられることになったのだ。

 そして柚子は、こじれにこじれまくった人間関係を解きほぐすべく、これから数年がかりでその難題に取り組まなくてはならなかったのだった。


 ともあれ、遊佐家のお家騒動は終結した。

 あとは、なるようにしかならないだろう。

 レオナとしてはこれまで通り、その去就をじっと見守るばかりである。


 そして───五月も半ばに差し掛かり、中間試験と公式試合という二つの大きなイベントが目前に迫ってきたとき、今度はレオナの身に意想外な騒動が降りかかってきたのだった。


                ◇◆◇


 最初の凶兆は、景虎からの電話であった。

 学校の授業を終えたレオナたちが西荻窪の駅に向かっていた際に、柚子の携帯端末が着信を告げてきたのである。


「はーい、遊佐柚子です。そちらは、どなたですか?」


 柚子がそのように問うたのは、表示された電話番号が『シングダム』の事務所のものであったためだった。


「あ、トラさんですか。これからそっちに向かうところですよ。……え? 何ですか?」


 歩きながら、柚子は首を傾げていた。

 レオナと亜森、それに咲田桜の三名は、わけもわからずその姿を見守るばかりである。


「はあ、別にかまいませんけど……それであたしは、連絡が来るのを待ってればいいんですね? はい、わかりました」


 さして長くもない通話を終えて、柚子は携帯端末をポケットに戻した。


「いったい何なんだろ。わけがわかんないや」


「どうしたのです? 何か非常事態ですか?」


「えーっとね、なんかタケくんがあたしの連絡先を知りたがってたんだって。それを教えてもかまわないかっていうトラさんからの電話だったの」


「竹千代くんが? どうして遊佐さんの連絡先を?」


「わかんない。なんか、ものすごく慌ててたみたいだけど」


 レオナは人知れず、不穏な気持ちを抱え込むことになった。


「まさかとは思いますが、彼が遊佐さんに個人的な交友を求めている、とかいうお話ではないですよね?」


「えー? タケくんがあたしなんかにちょっかいを出そうとするはずないじゃーん」


「どうしてそのように言いきれるのですか? あんな柴犬のような顔をしていても、男性は男性ですよ?」


「あはは。たしかに、柴犬っぽいかも! ……でも、そんな話だったら、間にトラさんをはさむ意味なくない? タケくんだって毎晩のようにジムには顔を出してるんだからさ」


 確かに、竹千代も週に五、六回の頻度で『シングダム』には通っている。夕方までは仕事なので姿を見せるのは七時前後であるが、毎日のように顔をあわせてはいるのだ。


「でも、ジムには私もいますからね。彼もきっと、私の目の前で遊佐さんを口説くような真似はしないでしょう」


「でもでも、九条さんは週に四、五回のペースだから、その留守の日を狙うことはできるよね?」


「しかし、今日から私は追い込みトレーニングの期間に入ります。想像するだけで憂鬱ですが、週六で『シングダム』に通うのですよ」


 何故に憂鬱かというと、その追い込み期間のど真ん中に中間試験が控えているためである。

 これから二週間後に『パルテノン』での公式試合、その一週間前に中間試験、という過酷なスケジュールであるのだ。


「何にせよ、タケくんがそんな理由であたしの連絡先をトラさんに聞くことなんて、ありえないってばー」


「それならひょっとして、柚子先輩に恋愛相談でもするつもりなんじゃないっすか?」


 と、好奇心に目を光らせながら、咲田桜が口をはさんできた。

「恋愛相談?」と柚子は目を丸くする。


「はい。そっちのほうが、しっくり来るでしょう? そんな話だったら、よけいジムではできないでしょうし」


「でも、どうしてあたしに恋愛相談? なーんのアドヴァイスもできそうにないんだけど」


「でも、その恋のお相手が柚子先輩の大親友だったら、少しは力になれるんじゃないっすか?」


 それはいったい誰のことだと、レオナは本気で考え込んでしまった。

 その間に、柚子が「あはは」と笑い声をあげる。


「なるほど、そういうことかー。だけどやっぱり、それもハズレだと思うよー?」


「えー? 何でっすか?」


「だって、九条さんとタケくんは幼馴染なんだもん。今さらあたしの協力なんていらないっしょー」


 レオナは、心から驚くことになった。


「咲田さんの言う恋のお相手というのは、私のことであったのですか? そのようなことは、天地がひっくり返ってもありえないですよ」


「そんなことないっすよ。幼馴染なんて、いっそうドラマチックじゃないっすか!」


「何のドラマもありはしません。柴犬が欲しくなったら本物を飼いますよ、私は」


 確かにレオナと竹千代は小学生時代からのつきあいであるが、おたがいを異性として意識したことなどは一度としてなかったはずであった。

 なんとなく、柴犬にまとわりつかれているような心地ではある。が、そこに色恋の感情など含まれていないということは、いかに恋愛未経験のレオナでも疑うことはなかった。


「でも、それならどうして竹千代先輩が柚子先輩の連絡先を───」


 と、咲田桜がなおも言いつのろうとしたとき、再び柚子の携帯端末に着信があった。

 もう西荻窪の駅は目の前である。柚子は道の端に寄って、その電話に出た。


「はいはい、タケくんですか? こちらは柚子です」


 柚子はにこやかな面持ちでたたずんでいた。

 その顔が、じょじょに不審の表情を浮かべ始める。


「どういうことかな? できればきちんと説明してくれる? なんなら、本人にかわるけど」


 柚子はそのように述べたてた。

 が、その顔が明るさを取り戻す前に、通話は終わってしまったようだった。


「いったい何のお話だったんすか?」


 勢い込んで咲田桜が尋ねたが、柚子は同じ表情のまま、レオナを振り返ってきた。


「あのね、九条さんに伝言だったよ。わけがわからないんで、言葉の通りに伝えるね?」


「はい、どうぞ」


「……今日の練習は休んでほしい。あとで家のほうに連絡を入れるので、それまで待っていてください、だってさ」


 レオナは、眉をひそめることになった。


「何ですか、それは? 私は今日から試合に向けた追い込みトレーニングであったのですよ?」


「うん。事情を説明する時間がないんだって。たぶん仕事中なんだと思うよ。後ろからラーメンいっちょーとか聞こえてたから」


 さっぱり意味がわからなかった。

 どんな際でも真正直な竹千代らしからぬ言い草である。


「でも、何だか必死そうだったよ。くれぐれもよろしくお伝えくださいって言われちゃった」


「困りましたね。竹千代くんが、深い事情もなくそのようなことを言いだしたりはしないと思うのですが……」


「そうだよねー。ちょっとトラさんに話を聞いてみようか」


 駅前で歩を止められたまま、柚子は三たび携帯端末を取り出した。

 亜森も咲田桜も、心配そうに柚子の姿を見守っている。

 今回は、レオナも途中で電話をかわってもらうことになった。


『ああ、九条さんかい? あたしにもさっぱりわけがわからないんだけどね。でも、タケくんが悪ふざけをしているようには思えなかったよ』


「そうでしょうね。彼はふざけた性格をしてはいますが、それがこのような形で発露することはないと思います」


『うん。何かしら事情があるんだろうね。九条さんは、どうするんだい?』


「迷っています。いっそ、彼の職場に押しかけたいぐらいの気持ちなのですが」


『そいつはおすすめできないねえ。それで用事が済むんなら、あっちだって最初から九条さんを呼び出してただろうからさ』


 それは確かにそうなのだろうと思う。

 迷うレオナを後押しするように、景虎は電話口で笑い声をあげた。


『まあ、大事をとって、今日のところは休んでおいたらどうだい? その分、明日からみっちりしごいてあげるからさ』


「試合の二週間前ですのに、予定を乱してしまってもよいものでしょうか?」


『九条さんだったら大丈夫だよ。というか、今回は追い込みトレーニング自体が不要なんじゃないかと思ってたぐらいだからさ。この際、学校の試験が終わるまで身体を休めてもいいぐらいだと思うよ』


「いくら何でも、それは心配です。というか、あまりに身体を休めすぎると、かえってコンディションが悪くなってしまいますので」


『それならまあ、今日一日だけでも休んでおきなよ。それで試合に支障が出ないってことは、あたしが保証してあげるからさ』


 そうして景虎との通話は終わってしまった。

 事情を説明すると、柚子は「そっかー」と残念そうな面持ちをする。


「トラさんがそう言うなら問題はないんだろうけど、一緒に練習できないのは残念だなー。朝から楽しみにしてたのに!」


「それにしても、追い込み練習すら必要ないなんて、ずいぶん余裕っすね。今回のお相手は、そんなに格下の選手なんすか?」


「格下ってことはないけど、服部選手ほどの実績はないみたいね。それに、キックあがりの選手で、寝技のほうはからきしみたいだし」


 レオナも同じ話を、黒田会長から聞いていた。今回、レオナの相手に選ばれたのは、名古屋で活動する新進気鋭の新人選手であるそうなのだ。

 MMAの戦績は一勝一敗。キックの戦績は五勝六敗。そしてその六敗の内の二敗は、相手が石狩エマであったらしい。


「でも、そういう相手であるからこそ、万全を期したいのですよね。……これで負けたりしたら、石狩さんに何を言われるかわかりませんし」


「わかるわかる! でも、けっきょく今日は休むことにしちゃったんでしょ?」


「はい。景虎さんのアドヴァイスに従おうと思います。……これでロクでもない理由でしたら、竹千代くんを殴って憂さ晴らしをするしかありませんね」


 柚子と咲田桜は笑っていたが、亜森だけは真顔であった。

 それでレオナは、いささかならず慌ててしまう。


「すみません。もちろん今のは冗談です。お気を悪くしましたか?」


「いえ、まさか。……わたしはただ、よからぬ事態に発展しないかと、そちらが心配になっていただけです」


「事情がわかったら、すぐに亜森さんにもご連絡いたします。ご心配をおかけして、どうも申し訳ありません」


 そんな具合に、その場では解散することになった。

 もともと試験前であったため、咲田桜も真っ直ぐ帰宅し、『シングダム』に向かうのは柚子ひとりである。レオナは胸中にもやもやとくすぶるものを抱えながら、待つ者もいないマンションに帰宅した。


 それでもまあ、スケジュールが空いて困ることはない。どうせ明日からは過酷な日々が開始されるのだから、その前に雑用を片付けられるのは嬉しい話でもあった。


 リビングと風呂場の掃除をして、遅くに帰る母親のために夜食をこしらえ、自分も食事をとる。それで試験勉強に取り組むと、時間などはあっという間に流れすぎていった。


 その平穏が破られたのは、午後の八時過ぎであった。

 ちょうど『シングダム』のビギナークラスのレッスンが終わる頃合いだ。

 柚子も竹千代も、いまだにそのレッスンで基礎のおさらいに励んでいる。きっとそのどちらかが電話をかけてきたのだろうと考えながら、レオナは受話器を取り上げた。


『もしもし、九条さん? 柚子です』


 果たして、予想は的中した。

「お疲れさまです」とレオナは応じる。


「わざわざ電話をありがとうございます。竹千代くんは姿を現しましたか?」


『うん。タケくんはこのままプロ練にも参加するみたい。あたしは速攻で着替えて、今は駅に向かってるところだよ』


「そうですか。彼とはお話しできましたか?」


『うん。……まあ、話ができたのは五秒ぐらいだったけどね』


 それでは、まともな会話などできはしないだろう。

 レオナはそのように考えたが、柚子の声は明らかに平常心を失っているように感じられた。


『だから、詳しい事情は全然わからないんだけどさ。でも、あのね、落ち着いて聞いてくれる?』


「私は落ち着いています。遊佐さんこそ大丈夫ですか?」


『大丈夫だよ。でも、九条さんのことが心配で……』


 ますます意味がわからなかった。

 だが、次の瞬間に解答が示された。


『あのね、九条さんのお兄さんがジムに来てたの』


「……はい?」


『ジムの練習を見学に来てる人がいてさ。どこかで見たことある人だなーと思ってたら、タケくんがこっそり近づいてきて……あれは姐さんのお兄さんです。他の人たちには伝えていないので、他言無用でお願いしますって言ってきたの』


 レオナは、絶句することになった。

 そんな中、柚子の声がさらに響いてくる。


『あたしもちょっと前に、九条さんの古い写真を見せてもらったでしょ? そこで一緒に写ってる写真があったから、あたしも見覚えがあったんだよ。たぶん、本人なんだと思う』


「ど……どうして、私の兄が『シングダム』に……? そもそも兄たちは、私と母がどこで暮らしているかも知らないはずなのに……」


『わかんない。タケくんとはそれしか喋れなかったからさ。タケくん、ものすごく心配そうな顔してたよ』


 レオナは壁に背をついて、呼吸を整えることにした。

 これはかなり、最悪に近い状況である。

 その最悪の度合いをはかるために、レオナはひとつの質問をしなければならなかった。


「遊佐さん、それで、その兄というのは……上の兄と下の兄の、どちらなのでしょうか?」


『え? うーん、ごめん、そこまではわかんないや。あたしも顔に見覚えがあるだけだし、タケくんもそこまでは教えてくれなかったから』


 柚子が写真で見たのは、おそらく数年前のものばかりだ。それでは、どちらがどちらなのかも判別はできなかったかもしれない。

 しかし、現在の兄の姿を目にしたならば、レオナが確認する手段はあった。


「上の兄は、私よりも長身で、下の兄は、私よりも小柄です。顔は似ているかもしれませんが、それで判別できませんか?」


『あ、そーなんだ? それじゃあ、上のお兄さんだね。百八十センチ近くはありそうだったもん』


「そうですか」とレオナは答えた。

 どうやら───考え得る限り、これは最低にして最悪の事態であるようだった。

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