第4話 王崎栄司2

王崎は話術にも優れていた。

話題が途切れて気まずい雰囲気になることもなければ、適度に茉莉花に話題をふってくれるあたり、話し上手なだけではなく聞き上手でもあるようだ。

ゆっくりとした足取りで、車道側を歩いている王崎を茉莉花はぼんやりと見つめた。


本当に見た目から性格から行動まで、全部が少女漫画のヒーローみたい。

『スイートチョコレート』で王崎栄司は間違いなくヒーローなのだから、この感想は当たり前なんだけど。


『スイートチョコレート』によると、王崎栄司は外見だけではなく、あらゆる面において優れていた。

全ての科目において成績優秀で、特に英語が得意。帰国子女という設定から、授業中滑らかな発音で英語を操る彼の姿にクラスの女子生徒が聞きほれていたシーンが描かれていた。

スポーツも万能。部活の描写はなかったが、授業や体育祭等ではリレーやバスケやサッカーといった様々な種目をさらりとこなしていた。

また漫画内では、重そうな荷物を持った女子生徒がいたらかわりに持ったり、電車では老人に席を譲ったりと、ベタな展開がいくつも描かれていた。

これらの描写からわかるように、彼は文武両道であると同時に真面目で誠実で優しい人物なのだ。 

その性格故に女子生徒だけではなく男子生徒からも人気な王崎栄司は、まさしく少女漫画における典型的なヒーローであると言える。


そんなヒーローだからこそ、女子生徒は揃いも揃って彼に恋をする。

彼に声をかけられただけで顔を赤らめてしまったり、授業中こっそり彼を見て胸をときめかせたり。 

漫画内で、宮本茉莉花もその一人だった。

ただ、彼女の場合王崎との距離感は他の女子生徒の誰よりも近かった。

同じ学級委員長であるために、話す時間も増え、次第に親密になっていったのだろう。

付き合ってはいなかったが、周囲からは「理想のカップル」だと評されてもいた。事実、王崎栄司も宮本茉莉花に対して他の女子生徒より好意的である雰囲気をかもしだしていた。


ヒロインが登場するまでは。


当然ながら『スイートチョコレート』ではヒロインが主人公のため、物語はヒロイン目線で描かれている。主人公目線では、登場当時王崎栄司と宮本茉莉花が「お似合いのカップル」に見えていたことしか描かれていない。彼女が登場する以前に王崎栄司と宮本茉莉花に何があったのかは、王崎栄司や宮本茉莉花、周囲の人物の漫画で時折でてくる回想シーンでしか知ることができないのである。


そのため茉莉花は、断片的に宮本茉莉花と王崎栄司がかかわる場面を知っていても、具体的な時系列や、そもそも宮本茉莉花がいつ王崎栄司を好きになったのかも知らない。


現時点で唯一はっきりとしているのは、茉莉花が王崎に恋をしても無駄ということだけだ。

なにしろ少女漫画のヒーローは、いつだってヒロインに恋をしてしまうのだから。

最初から勝ち目なんてない勝負に挑もうとは思わない。王崎とは、一年間よいクラスメイトとして適度な距離を保って付き合っていくのが一番だろう。

幸いにも、茉莉花は今のところ王崎のことをイケメンだと認識はしているが、『スイートチョコレート』の宮本茉莉花のように彼を見るたび胸をときめかせているなんて事態には陥っていない。


「ごめんね、家まで送ってもらっちゃって。しかも荷物ずっと持たせてしまっ 

て。入学初日だから重かったでしょう」


門扉を背に茉莉花は眉をさげて謝罪した。王崎から手渡された鞄は今日配られた教科書が詰め込まれており、ずっしりとしている。

向かい合っている王崎にはちょうど陽があたり、明るい茶髪が逆光の今はブロンドのようにキラキラ輝いている。

 

「いやむしろ俺、こうして一緒に帰れて楽しかったよ。荷物だって、華奢な宮本さんが持つの心配で勝手に俺が持っただけだし」


確かに宮本茉莉花は儚げな雰囲気をかもし出しているが、それを恥ずかしげもなくさらりと言うところが流石である。しかも穏やかな笑顔の王崎が言うと、気障に感じられない。

少女漫画のヒーローパワーはすごいと茉莉花が関心していると


「じゃあ、また明日。学校でね。茉莉花ちゃん」


王崎はにこりと去り際に爆弾を落として、もと来た道を戻って行った。

残された茉莉花は華奢と評されたその身体で鞄を軽々と持ち上げ、全速力で自分の部屋へ駆け込み、ふかふかの白いベッドにダイブした。


「突然の名前呼び…!」


枕に顔を押し付け、そう呟く茉莉花の頬は赤く色づいていた。


このドキドキは、イケメンに突然笑顔で名前を呼ばれたからであって、断じて王崎君に呼ばれたからではない。

絶対に、断じて、違う。


茉莉花は頬の色が元に戻るまで、自身にずっとそう言い聞かせた。

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