第3話 王崎栄司

そういえば、前世の記憶によるとここは少女漫画の世界だったっけ。

 

不良男子速水君に俵担ぎされていた事実にすっかりそのことを忘れていた茉莉花だったが、『スイートチョコレート』のヒーローである王崎に声をかけられたことで思い出す。

至近距離で見ると、彼の美しさに迫力が増している。

これが少女漫画のままだったら、間違いなく周囲にキラキラとした光が描かれていただろう。

そんな心の内を顔には出さず、茉莉花は平静を装って王崎に尋ねた。


「どうしたの?王崎君」

「体調は大丈夫かな?倒れたときにどこか怪我をしたりしなかった?」


そう言って、心配そうに眉をさげた王崎に周囲の女子が色めき立つ。


「心配してくれてありがとう。どこも怪我してないし、体調だってバッチリ」


安心させるように茉莉花が微笑むと、王崎もふわりと笑みを浮かべた。


「宮本さん、華奢だから余計に不安だったけど、大丈夫ならよかった」


さすが少女漫画のヒーロー、心配そうな顔も笑った顔もイケメンだ。一瞬、背景に薔薇が見えた気がする。

おまけに「俺の挨拶、長くてごめんね」なんて謝るとは。イケメンなうえに性格もいいなんて。

私が倒れたのは王崎君の挨拶のせいじゃなくて、ここが少女漫画の世界だって思い出したせいなのに。ごめん。


「でもやっぱり少し心配だから、宮本さんさえよければ、家まで送らせてくれないかな?」


王崎のその言葉に茉莉花が反応する前に、結衣が茉莉花の鞄をすばやく王崎に手渡した。


「せっかくだから送ってもらいなよ、茉莉花!」

「そうそう、今日ははやめに帰ったほうがいいよ」

「また明日ね、宮本さん」


茉莉花の反論は認めないと言わんばかりに矢継早に皆が帰りを促してくる。


なにその高いトーンの声は。なにその素敵な笑顔は。なにその一体感は。

女の子ってすごい…。いや、この場合はそうさせた王崎君がすごいのか。


茉莉花は皆の勢いに押され気味に席から立ち上がる。ちらりと王崎を見上げると、彼は笑顔のまま頷いた。


「それじゃあ行こうか、宮本さん」


また明日、と皆に別れを告げた王崎に、茉莉花はあまりの急展開に事態が飲み込めないまま周囲の雰囲気に流されるように彼に着いていく。


2人が出て行った扉を見つめながら結衣がぽつりとこぼす。


「うーん、速水君と茉莉花もよかったけど、王崎君と茉莉花はそれ以上に絵になる」

「正統派爽やかイケメンと儚げ綺麗系女子だもんね」

「少女漫画みたいな組み合わせだわ」


そんな会話が教室でされていたとは、王崎に連れられ教室を後にした茉莉花には知る由も無かった。

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