第49話 夏祭り3

まだ速水が泣き虫だった頃、彼はいつも百瀬と行動を共にしていた。

そしてそれは、子供同士だけの付き合いではなかった。

お花見も七夕もクリスマスも、大抵のイベントは家族ぐるみで集まって行っていた。夏祭りも例年、お互いの両親と共に屋台のゲームを楽しみ、美味しいものを食べ、そして皆で夜空に輝く花火を見物していた。特に、両親や百瀬と見上げた花火は、赤や黄色の光で一瞬だけ真っ暗な夜空をキラキラと彩り、いつまでも見ていたい光景だと速水は思っていた。


それが、両親とはぐれた今、夜空にあがる花火は、大砲のような轟音とともにビカビカと真っ暗な空を光らせる恐ろしいものにしか思えない。

暗闇に散らばった光の欠片が今にも地上へ落ちてくるのではないか、とぐすぐすと泣いていると右手が暖かな手とつながれた。


「大丈夫だよけーちゃん。私がそばにいるからひとりじゃないよ」


一緒にお祭りに来ていた百瀬がにっこりと笑っていた。

確かに、吼える犬も意地悪な同級生も追い払ってくれる頼もしくて大好きな女の子だ。

しかし、彼女は幼馴染であって両親ではない。

つながれていない左手で、溢れる涙を拭い、つっかえながらも反論する。


「おとうさんとおかあさんはいないもん…。こんなにいっぱい人がいたら、もう出会えないよ」

「パパとママが言ってた!迷子のときは動いちゃダメなんだって。だからここで待っていれば絶対見つけてくれるよ」

「絶対?」

「絶対!」


そう言って、百瀬は人が行きかう参道の真ん中から、速水を屋台と屋台のちょうど途切れた間の参道の端へと移動させた。

これで、道行く人々に蹴飛ばされる心配はなくなったと百瀬が安心していると、なおもしゃくりあげながら速水が訴えかける。


「でも、ここで待つのはこわいよぉ」

「なにがこわいの?」

「さっきからドンドンって大きな音とビカビカ雷みたいな光がひかっててこわい。きっとそのうち僕達に向かって落ちてくるんだ」

「花火のこと?…うーん。じゃあねえ、パパ達が私とけーちゃんを見つけてくれるまでは一緒に地面眺めてよ?そうしたらお空の光は見えないよ。でも地面眺めるだけだと退屈だからしりとりしよっ」

「しりとり…?」

「しりとりのり、からね?り、りす。はい、どうぞっ」

「えっえーと、す、すー、すいか…」

「か、か、かもめー」

「め、めだか…」

「また同じはじまりだ。けーちゃん狙ったなぁっ。ようしそれじゃあねぇ、か、か、からすー」


百瀬が強引に始めた遊びのおかげで、速水はいつの間にか花火の音どころか、両サイドの屋台の店主の景気のいい声ですら耳に入らなくなった。

やがて、何度目かの「す」に当たって速水が苦戦しているところに、バタバタと慌しい足音と共に四人の男女が速水と百瀬の名前を呼びながら近づいてきた。


「慶吾っ」

「亜依ちゃんっ」

「パパァッママァッ!」


速水が顔をあげて両親に呼びかけるよりも早くに、百瀬は今まで繋いでいた手をぱっと離して駆け出した。

ワンテンポ遅れて、速水も自身の両親のもとへ駆け出した。


「おがあさぁぁんおどうざぁぁん」

「よかったわ慶吾」

「もう大丈夫だ」


2人の暖かな腕に抱かれて、安心から再び泣き出した速水に両親の苦笑した雰囲気を感じながら、ふと横を見てみると、百瀬も両親に抱きつきながら涙を流していた。

迷子になっていもずっと笑顔だった彼女が泣いているのを見て、速水はようやく百瀬が気丈に振舞っていただけで本当はずっと怖かったのだと知った。


「うわぁぁぁん」


申し訳なさや情けなさや後ろめたさが速水を襲い、謝ればいいのやらお礼を言えばいいのやら百瀬になんて言葉をかけていいのかもわからず、一度は収まりかけた涙を再び溢れさせながら、速水は両親に抱きついて泣くことしかできなかった。

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