第28話 家庭科部2

家庭科部の活動内容は、主に部長と顧問によって決定される。

家庭科部、という名前にも関わらず今までずっと料理しかしてこなかったのは部長達の気分のためだ。


しかし、料理の内容自体は一部員の意見も反映される。

月に一回あるミーティングの場で皆意見を出し合い、その月の料理の内容を決めるのだ。


しかし放課後の部活動という点で、料理の種類も必然的に限られてくる。

放課後の数時間。用意しやすい材料。夕ご飯に差し支えない軽い料理か、または持ち帰りやすい内容。

必然的に誰が発案しようと、この条件を満たそうとするとお菓子作りになるのだ。

やたらお菓子作りに関する設備が整っているのも要因の一つかもしれない。

オーブンレンジを含めて業務用オーブンが家庭科室に6つもある学校は普通中々ない。


百瀬が入部して初めての部活動の今日も、例に漏れずお菓子作りだ。


「初めての活動がクッキー作りでよかった!市松模様のクッキーは初めて作ったけどお菓子作りじゃ定番だし」

「アイスボックスクッキーは簡単な割に、うずまき模様や市松模様みたいな写真映えするお菓子だから、人にあげると喜ばれると思うわ」

「そういえば、私は市松模様だけだったけど茉莉花ちゃんは違う模様作ってたよね?何作ってたの?」

「私はくまとハートマーク模様の二種類よ」

「くまちゃん!すごい、かわいいだろうなぁ〜!私も作れるかな!?」

「今回基本のアイスボックスクッキー作りを学んだんだから、次回からは大丈夫だと思うわ。ココア以外にも他の着色料を使うとより幅が広がると思う」

「わーい!茉莉花ちゃんがそういうなら頑張って自分で作ろっと」


何がどうなって、ほのぼのとライバルのヒロインとクッキー作りの話題で盛り上がってるんだろう。


茉莉花は、はやく焼きあがらないかなぁとオーブンを覗く百瀬を半眼で眺めた。


数日前のお昼の時間に宣言した通り、百瀬は家庭科部に入部した。

漫画の設定通りに家庭科部に百瀬が入部しただけでも憂鬱であったのに、同じクラスのためか班まで一緒にされた時は、普段表情を動かさない茉莉花の顔を崩すには十分な衝撃を与えた。


しかも、いつの間にか私のこと名前で呼んでるし。

恐ろしくコミュニケーション能力が高い。


素直で明るく無邪気な彼女は、人の懐に入るのがうまいのだろう。

同じ班になってもなお未練がましくなるべく距離をとっていた茉莉花とも、今や名前で呼んで雑談までしている仲だ。

彼女の中では、茉莉花はライバルであると共にもう立派な友達なのだろう。


深いため息を吐くと、目の前のオーブンがチン、と軽快な電子音を鳴らした。


焼きあがったクッキーを取り出すためにドアを開けると、ふわっと甘い香りが部屋に充満する。

天板ごと机に移動させると、わくわくと目を輝かせた百瀬がクッキーを覗き込んだ。

しかし、その表情はすぐに曇った。


「失敗しちゃった…。なんで…」


百瀬のクッキーはひび割れていたり、キチンとした市松模様になっていなかったのだ。

肩を落とす百瀬を横目に、茉莉花はまだ熱を持っているひび割れたクッキーを一つ摘んで口に入れた。


勉強も運動も平凡って設定だったけど、料理もなのか…。


はふはふとクッキーを口の中で転がしながら、そんな感想を抱いた。


よく漫画にある砂糖と塩を間違えちゃったパターンもない。トンデモ材料を混ぜてトンデモ料理になってるわけでもない。生焼けになってるわけでもない。

そう、食べられないような代物ではないのだ。


美味しくないわけではない。しかし、特別美味しいわけでもない。


見た目以外はコメントに困る、可もなく不可もない平凡なクッキー。


平凡設定はこんなところにも適応されていたらしい。


「横から見ていたけど、生地を組み立てる時ちゃんと卵白塗っていたから接着面では問題ないと思うわ。…多分、棒状の生地と巻く生地に少し隙間が空いてしまったか、生地を切るときに引き包丁してしまったことが原因かも。でも味は美味しいわ」


あまりの落ち込みように、茉莉花は肩を叩いてフォローに努めた。


「ほんと?美味しかった?」

「ええ、初めてアイスボックスクッキー作ったとは思えないほど美味しかったわ」

「ありがとう…」


微笑みをみせた百瀬は同じ天板に並べられた茉莉花のクッキーをみてため息を漏らした。


「茉莉花ちゃんはすごいなぁ…。くまちゃんもハートマークもかわいくできてる」

「私のはただの慣れだから」


力なく笑う百瀬を慰めていると、部長が家庭科室の黒板の前に立ち、パンパンと手を叩いた。

いつもはおろしてある肩まである髪が、今はちょこんと二つ結びにされている。


「前にラッピングの袋用意してるから、持って帰る人は取りに来てね。それから、次回はパウンドケーキ作りよ。型は学校にあるけど、持ってきてもオッケー。基本のバター生地の材料は用意するけど、チョコやドライフルーツのアレンジする人は各自持ってくるように」


彼女が赤縁の眼鏡をキラリと輝かせながら連絡事項を伝え終わると、皆がやがやと前へ向かいラッピング袋を取りに立ち上がった。


茉莉花は白いビニール用紙と赤いリボンをとり、百瀬は透明な袋とピンクの袋を手にした。


長方形の白いビニール用紙をさっと鋏で耳つきのウサギの顔型に切りとり、袋状に成形する。巾着状に耳の付け根を絞りリボンを結ぶと、物の数分でウサギ型のラッピング袋の出来上がりだ。


できた袋にクッキーを詰め込んでいると、百瀬が興奮したこえをあげた。


「うさぎさん型のラッピング袋!?かわいい!」

「そんな大したものでもないわ。…よければ作り方教えるけど」

「ううん…今回はいいや。次上手くできたらラッピングもかわいくする」


こんなクッキーじゃあね、と百瀬は透明なビニール袋にクッキーをざっと入れてリボンで適当に綴じた。


「そう…。次のパウンドケーキ頑張りましょ」


その茉莉花の言葉に百瀬はこくんと頷いた。

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