第21話 マドンナ2


遠藤に指摘されてからというものの、百瀬は宮本茉莉花を自然と目で追うようになった。


宮本茉莉花は、知れば知るほど百瀬とは正反対の人物だった。


百瀬はよく百面相をしていると指摘されるほど、ひとつひとつの物事に対してリアクションをとる。意識してやっているわけではなく、自然と表情や行動が出てしまうのだ。

対して、宮本茉莉花はあまり大きな反応をしない。

休憩時間の今も今井結衣とおしゃべりをしているが、大きな声をあげて笑うことはせず、口元に手をあてて小さく笑い声を漏らすだけだ。


席が離れていて何を話しているのかわからないけど、「ふふふ」とか漫画でしか聞いたことのないような笑い方していそうだなぁ。


そんな感想を百瀬が抱いていると、宮本茉莉花が目線を教室の後ろのドアに移し、笑い声をおさめて、席を立っていた。

彼女を追いかけるように、ドアを見る。

佐古一高校の教室のドアは内側から引く形式で、扉の上部にすりガラスがはめ込まれている。

そのため廊下の様子ははっきりとは見えないが、宮本茉莉花を追って見た先のドアにはうっすらと人影が映っていた。


彼女がドアを開けると、やはりそこにはクラスメイトの三嶋瞳が重そうなダンボールを二つ抱えて立っていた。

急に開いたドアに驚いたのか、戸惑っている三嶋瞳から自然な動作で一つダンボールを受け取った宮本茉莉花が教室に戻ってくる。

三嶋瞳の席が百瀬の近くだったのか、近づいてくる宮本茉莉花と慌てて彼女の後を追う三嶋瞳の声が聞こえてきた。


「わ~ごめんね、宮本さん!部活の荷物なんだけど、たくさんあって両手ふさがってて困ってたんだ」

「私の席からは後ろのドアがよく視界に入るから偶然、ね。それより三嶋さん、演劇部だったんだ」

「そうなの!今まで基礎練だけだったんだけど、今週からお話と配役決めて本格的に演劇の練習するんだ。お話は各部員がそれぞれ案出してその中から決めるんだって。今私達が持ってるダンボールの中は全部過去の台本なの。部室から持ってきちゃった」


よいしょ、という小さな掛け声と共に三嶋瞳が自分の席にダンボールを置き、続いて宮本茉莉花も手放した。

二人ともゆっくりと置いたものの、どすんという重みのある音がしたことから、相当中がぎっしりと詰まっているのだとわかる。

両手の開放感からか、ふーっとため息をつきながら三嶋瞳が言う。


「とりあえずこれ読んで、過去に上演したことのないお話やりたいなーって思ったんだけど、紙もたくさんあると重い重い。両手感覚ないよ、もう。宮本さん、手伝ってくれてほんとありがとう」

「私が勝手にしたことだから気にしないで。三嶋さんの演劇、楽しみに待ってるわ」


宮本茉莉花は微笑み、自分の席に戻って行った。

その美しい微笑に、三嶋だけではなく傍で見ていた百瀬まで思わず顔を赤らめてしまった。

赤くなった頬を両手で挟み熱を下げながら、自分の席に戻った宮本茉莉花を見ると、彼女は何事もなかったかのように今井結衣とおしゃべりをしていた。


それはそうだ。

彼女がしたことはなんてことはない、ただクラスメイトの荷物を少しの距離持っただけの行為だ。


でも、私がたとえ宮本さんと同じ席だったとしても、三嶋さんが困ってたことにまず気づけなかっただろうなぁ。気づけていたとしても、さりげなく手伝うなんてできっこない。


優しい人でいるためには、同時に気が利く人でないといけないのだ。


宮本茉莉花は人形のような整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気から、無表情でいると一見少し近寄りがたい冷たい雰囲気すら感じる。

しかし、こうした常に皆に優しい人柄と、時折見せる微笑みが彼女の冷たいイメージを緩和させ、大人っぽい印象を与えるのだろう。


頭の回転が速いと同時に、彼女は勉強だって抜群にできる。

英語の時間に突然あてられても、平然と黒板に美しい字で答えをすらすらと書いていた。英語の発音もネイティブみたいだ。


前に王崎君も先生にあてられて英語の文章を読みあげていたけど、彼も日本人とは思えないくらいの発音だった。

二人ともすごいなぁ。


彼女に見蕩れていると、先生に重要なポイントだと告げられ、あわててシャーペンを持った。

Not only A but also B。

彼女が赤線をひいた部分を、あまり綺麗とは言えない丸っこい文字で、急いでノートに書き込み、マーカーで印をつける。

いつもテストはなんとか平均点をとるため、頭が悪いとは思わないが、彼女にはまるで及ばないだろう。


王崎君もだけど、宮本さんも、まるで漫画にでてきそうな完璧人間だな…。

何もかもが平凡な私とは全然違う。


百瀬はキャンディーのキーホルダーがついたシャーペンをぎゅっと握った。

しゃら、とキャンディーが揺れる。


綺麗で優しくて賢くて…後は運動ができれば、パーフェクトだ。

宮本さん、きっと運動もできるんだろうな。


百瀬のその予想を裏付けるかのように、数日後の体育で宮本茉莉花は存分に能力を発揮した。

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