グリサとトモヤ①

 祖国アワ・マジェスティで高等教育機関と言えば、それは統治コンピュータアワ・マジェスティの研究やメンテナンスをするコンピュータ技師を育成する機関のことだ。統治コンピュータアワ・マジェスティは開発責任者カン・シュウの死後、その全貌を知る者がいなくなった。祖国民アワ・マジェスティ全員を一括管理する統治コンピュータアワ・マジェスティの決定が何を意図しているのか、今後祖国アワ・マジェスティはどのようになっていくのか、国民が知る術はなかった。やがて国政に興味を持ち始めた国民の間で統治コンピュータアワ・マジェスティの研究が始まり、統治コンピュータアワ・マジェスティ本体が収められている首都フロイデンベルクの要塞に統治コンピュータアワ・マジェスティ研究所が設置され、全国から優秀なコンピュータ技師が育成・登用されるようになった。研究員となったコンピュータ技師は、元からいた統治コンピュータアワ・マジェスティの決定の材料となる国内外の情報を入力するだけのコンピュータ技師(内政・外交調査官)とは別に、統治コンピュータアワ・マジェスティ自体に設定されている国政マニュアルの解読・現行の政策の目標の推測などを担当した。統治コンピュータアワ・マジェスティの決定に逆らうためではなく、よりよく祖国アワ・マジェスティの理念を守るためだった。統治コンピュータアワ・マジェスティは他のどんなコンピュータとも違う高度なアルゴリズムで組み立てられている。さらに、設定された国政マニュアルは数億パターンもある。政治学、経済学、哲学その他さまざまな学問を修め、高度な数式計算も出来、膨大なデータを処理する能力と根気がなければ統治コンピュータアワ・マジェスティの研究員にはなれない。そのため、研究員となるための勉強をするための教育機関を特別に設置し、初等教育を終えた優秀な人材を沢山入学させた。それが高等教育機関だ。

 グリサ・エヴァーロードは祖国アワ・マジェスティの西の街ファイレンノーヴァにある高等教育機関に通う一五歳だ。同期はファイレンノーヴァ一帯から集められた優秀な生徒達で、グリサはそこでは中の下の成績だった。それでも他の同年代の子ども達と比較したらとんでもなく頭のいい子だ。高等教育機関に入学したほとんどの生徒が成績の上下に関わらず、中途退学者を除いて、卒業後は統治コンピュータアワ・マジェスティに関わる職業に就く。グリサは自分の将来には何の心配もしていなかったし、統治コンピュータアワ・マジェスティが自分を退学にするとも考えていなかった。

 グリサの心配事は自分のことではなかった。一つ上の先輩に、トモヤ・ウィングスという成績上位の男子生徒がいた。トモヤは成績もよければ性格もよく、端正な顔立ちで学内では女子人気でトップを誇る少年だった。そのトモヤが、近頃戦争の話ばかりをしている。それが戦争歌姫の話題であったのなら、女子は嫉妬をしたかもしれないがさして気に留めなかっただろう。戦争のキャンペーンガールへの好意は男子なら誰でも持っていた。だが、トモヤの関心はアイドルではなかった。トモヤは毎日南部で起きている略奪事件や軍隊配備のことばかり話した。クラスも学年も違うグリサのところにも、その噂はすぐに広まった。この世の知という知を全て頭に叩き込まれている高等教育機関の生徒は、戦争に賛成するのは愚かな行為だと考える癖がついている。事実、南方ゲリラへの対応は極少数の軍隊員があたっていて、ゲリラの親玉と目される企業国家大北京への宣戦布告の可能性はない。緊張状態は既に一〇年を越したが、危険が高まっているという報告はない。そんな中でのトモヤの豹変には学校中が盛り上がった。ある生徒はトモヤが退学して軍隊員に志願するのではと勘繰った。またある生徒は、トモヤの成績ならいつ統治コンピュータアワ・マジェスティから卒業を言い渡され、研究員に採用され、要塞フロイデンベルクに隔離されるかわからないと考えた。そうであるならトモヤが退学するか統治コンピュータアワ・マジェスティが卒業させるかどちらが早いかだ。生徒達は勉強の合間にトモヤのことを噂していた。グリサは教室で、食堂で、いつもトモヤの話題に耳を傾けていた。少しでもいいからトモヤの情報がほしかった。トモヤとは直接の面識はない。会話をしたこともない。宿舎も違うし、親同士が知り合いということもない。それでもグリサはトモヤが気になった。校舎ですれ違う度、振り向いて後姿を目で追った。毎晩寝る前にトモヤのことを思い出した。これはグリサの初恋だった。クラスの友達にも話さなかったし、誰もそのことには気付いていなかったが。

 トモヤの卒業が決まったのは、一ヶ月生徒達を盛り上げた噂が収束し始めた冬のことだった。

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