転生太閤記〜現代知識で戦国の世を無双する〜/津田彷徨【1・2巻発売中】
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第零話 プロローグ
僕には、僕ではない記憶が存在する。
……別に中二病を気取って言っているわけではない。ただの事実だ。
今でも忘れもしない、あれはちょうど三歳となった日のことだった。
断っておくが、誕生日だからといって特に何もない。
歩けるようになった時から、僕の日々に何も変わった事なんてなかった。
その日もいつものように草むしりを手伝い、いつもの様に荷物運びを手伝い、そしていつもの様に母親に殴られる。
恨むつもりもさらさらなかった。
だって、子供一人を遊ばせておく余裕なんて、ただの小作人であるうちの家にはなかったのだから。
だからその日の夜も、張り飛ばされた頬が痛むのを堪えながら、いつもと変わらぬ
それが僕の三歳を迎える儀式となるはずだった。
しかしふとした瞬間に、突然僕は手にしていた器を地面に落とす。
地面に溢れる稗の雑炊と母親の叱責の声。
それを前にして、また頬を張られるのはすぐに分かったが、その時はそんなものに構う余裕はなかった。
今を思えば、たぶんその瞬間が、僕にはっきりとした自我が芽生えた瞬間なのだろう。
何しろ、存在するはずのない記憶で脳内が埋め尽くされたのだから。
「……それでは、本当に辞退することでいいのだね?」
「申し訳ありません」
僕はそう口にするなり深々と頭を下げる。
その瞬間、目の前の髭を生やした初老の男は、深い溜め息を吐き出した。
「分かった……だが、この大学を諦めるのはもう少し待ち給え。この国で最高の学府を受験し、その中で最も優秀な成績を示した生徒が、金銭の問題で入学できないなどという事態を私は見過ごすことが出来ない。今から申請できる奨学金もあるし、学費の免除も可能だろう。いいね
「……はい」
それは学長という肩書を有する初老の男にとって、精一杯の思いやりだったのだろう。
僕はその気遣いにただただ感謝をしながら、深く頭を下げてその場を辞することしか出来なかった。
新都大学。
この国で最高とされる学府の名前であり、僕が受験した大学の名でもある。
僕がこの大学を目指した理由はただ一つ。
この大学に入って、そのまま良い企業へと進み、そして父を楽にさせてあげたかった。
だがそれは叶わぬ夢となった。
大学には受かった……でも大学に入れるだけのお金はうちにはなかった。
僕の父はお人好しだ。それも分厚い筋金が入っている程の。
人から頼まれたことはどんなことでも手伝ってやり、そして人に求められればまるで親兄弟のように親身になって協力を惜しまない。
例えそのお人好しのせいで、莫大な借金を肩代わりすることになろうとも。
そんな父を馬鹿にする人達も多かった。
そしてそれ以上に、父を追い詰めようとする人達も多かった。
幽霊屋敷のようにボロボロの自宅には、母が亡くなってからいつも借金取りが押し寄せ、子供ながらに震える夜を僕は何度も過ごしてきた。
だけど、そんな馬鹿が付くほどお人好しの父さんが、僕は大好きだった。
もちろん置かれた境遇に不満がなかったかといえば、それは嘘になる。
そして自分は、父とは別の生き方をしようと思っていたことも事実だ。
だから僕は新都大学を受け、そして社会の上へと駆け上がっていくことを夢見ていた。
僕には父さんのような生き方ができない故に。
そんなとりとめのないことを確認しながら、電車を乗り継いだ僕はようやく地元の駅へとたどり着く。
そして駅から一歩踏み出した瞬間、僕は明らかな違和感を覚えた。
「サイレンの……音?」
直感的に、何か良くないものを僕は覚える。
昔からそうだった。
僕のあまり良くない勘は当たる。
父さんからも、お前は悪運と仲が良すぎるとよく言われていた。
正直、そんな父の言葉が否定出来ないほど、いつも不幸は僕に襲いかかってくる。
運動が得意だったのに、小学生の頃から運動会の前には必ず盲腸や交通事故に遭った。
僕が欲しがり父が初めて買ってくれたプラモデルは、似てもいない偽物を掴まされいて、泣きながら組み立てることになった。
高校の入学式では、新入生代表として壇上に向う際、老朽化していた木製の階段が壊れて転倒……卒業まで笑われ続ける結果となった。
バイトでお金をためてどうにか申し込むことが出来た修学旅行は、僕の乗ったバスだけパンクを起こし、飛行機を乗り逃して代替便が見つからず参加不能となった。
そして何より最大のもの、それは物心ついたその日に母が亡くなったことだ。
僕の人生の記憶は、母の死から始まった。
求めもしないのに、一方的に迫りくる無数の不幸。
それがいつも容赦なく僕へと振りかかる。
その意味では、今回の受験がすんなりと終わるのもおかしかった。
普段ならば僕を乗せた電車だけ脱線したり、僕の試験会場にだけテロリストが現れたり、僕の答案用紙だけが謎の出火で採点不能となってもおかしくないところである。
それがありえないことに普通に合格となった。
そしてだからこそ、当然のごとくお金は払えなくなる。
そんな長年培ってきた不幸経験。
それが今、僕が耳にしているサイレンを、良くないものだと告げていた。
だから僕は駆け出す。
この警告を見過ごすことがないように。
「……あれはうちの近所あたり。いや……まさか!?」
僕が目にしたもの、それはもくもくと天へと上がる黒い煙であった。
そして僕は、一つの可能性に思い当たる。
あの煙がどこから舞い上がっているのかに。
僕は慌てて速度を速めると、全力で駆け出そうとした。
だがその瞬間、視界の端にサングラスを掛けた黒ずくめの男の姿を捉える。
「あいつは……たしか……」
少し前まで、家の前で怒鳴り声を上げ続けていた松永という名のチンピラ。
だが最近は何故か、父さんと意気投合し、しばしば一緒にいる姿を見かけていた。
なにか変だ。
そういえば父さんと二人で連れ立って歩いているのを見かけた時、最初の違和感を覚えたのだった。
ただその時、僕はまさに大学受験の真っ最中。
試験の合格発表が終われば、詳しい話を聞けば良いと高をくくっていた。
だが……いや、今はそれよりもあの煙の場所だ。
僕はそう思い直すと、サングラスの男から視線を切り、再び全速力で駆け出す。
そして僕は目にした。
築四十年の木造建築が、そして僕の生家が燃え上がっているのを。
「秀一ちゃん! お父さんが、光隆さんが!」
僕の姿を目にした隣のアパートのおばさんは、泣きそうな声でそう叫ぶ。
それだけで僕は事態を理解した。
庭の水道で慌てて水をかぶり、僕は迷うことなく燃え盛る家の中へと飛び込んでいく。
「父さん! 父さん、返事をしてくれ!」
燃え盛る炎に負けないよう、僕は叫び続ける。
すると、炎の弾ける音に混ざって、いつも耳にするあの声が僕の鼓膜を震わせた。
「しゅ、秀一!? だめだ、来るんじゃない」
炎によって視界が遮られたその向こう側。
つまり居間の方向から、その声は発せられていた
僕は覚悟を決めて、煙と炎に包まれた廊下へと駆け出す。そして燃え移ろうとする炎を振り払いながら、まっすぐに居間へと飛び込んだ。
「父さん、何をしてるんだ。逃げるんだよ!」
「いや、私は良いんだ。それより秀一、早く外に戻りなさい」
燃え盛る炎に囲まれながら、決意を秘めた眼差しを浮かべながら、父さんは首を左右に振る。
「な、何言ってるんだ! 死んじゃうよ!」
「……それで、良いんだ」
「何がだよ! 早くこっちに!」
「だから、このままで良いんだ……覚悟はできている」
「なっ……!!」
僕には、父さんが何を言っているのかわからなかった。
だから思わずその場で固まってしまう。
するとそんな僕を見かねた父さんは、苦い表情を浮かべながら、懐から一通の封筒を取り出した。
「秀一、これを」
そう口にすると、父さんは僕に向かって封筒を手渡してくる。
その封筒の表面には、はっきりと生命保険会社の名前が記されていた。
「ま、まさか!?」
「すまない、秀一。私にはこんなことでしか、お前を楽にさせてやることができない。本当に情けない父親ですまない」
「何を言っているんだ、父さん。さあ、早く一緒に逃げようよ!」
父さんが何をしようとしているのか、そして誰がこんなことを吹き込んだのか僕にはわかった。
だがあの男、松永という怪しげな男を恨むよりも、その前に僕にはしなければならないことがあった。
目の前の最愛の父親を逃がすということを。
しかし、迫り来る死の恐怖に震えながら、頑なにその場から動こうとしない父さんは、思わぬ言葉を僕へと向けた。
「秀一。お前が大学への入学を断念しようとしていること、私は知っている。いくら奨学金をもらっても、私の借金に比べれば雀の涙。だからそれを少しでも返すために、大学に行かず働こうとしていたことをね」
「父さん、どうして……まさかあいつが!」
僕がそう口にした瞬間、父さんは首を左右に振ると、いつものように柔らかく笑った。
「違うよ。お前の父親だから……かな。それであいつと話し合った。あいつには火災保険で全てを返す約束をしている。だから、ここを出てしばらく経てば、お前はもう自由だ。私のような男に足を引っ張られること無い未来が待っている」
「そんなの……そんなのいらない。僕は別に苦しくても何でもいい。ただ、父さんと生きていたいんだ。だから!」
僕ははっきりとそう言い切った。そして父さんに向かって歩み寄る。
「秀一……」
「嫌だと言っても、無理やり連れて行く。絶対にね」
既に言いようのない危険な予感が脳内を何度もよぎっていた。
だから僕は覚悟を決めた。無理矢理にでも、父さんとここから出ると。
「おい、やめてくれ。せっかくお前を楽に……」
「いやだ、絶対に父さんと……えっ!?」
父親の華奢な体を掴み、強引に担ぎ上げようとしたその瞬間、脳内のアラームがけたたましくなるとともに、僕の体には真横から激しい衝撃が襲いかかった。
「柱が倒れ……て……」
古い木造建築ながらも、これまでこの家を支え続けてくれていた心柱。
それが突然真横から殴りつけるように、僕の体に目掛けて倒れかかってきた。
「秀一!」
「はは、なんだこれ……こんなことって……」
真っ青に染まった父親の顔と、燃え盛る炎の光景。
以前の僕に残されていた最後の記憶は、まさに悪夢だった。
そして今、僕は
天文二十四年、西暦に直すと1555年という遥か遥か古き時代を。
「さあ、秀一。
「ええ、
九歳になった僕は、隣で堂々と佇む少年に向かってニコリと微笑んだ。
後に
何の因果か、
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