第6話 狂気

 三人は、家に戻っていた。

 真と北斗は廊下、きいろはダイニングキッチンの中だった。

 「・・・・・・・・・」

 二人は、武を失ったショックから、互いにどんな言葉をかけていいのかわからず、立っていることしかできなかった。

 

 そんな二人の沈黙を破ったのは、キッチンから聞こえてくる強烈な破壊音で、その後乱暴にドアが開けられ、中から出てきたきいろは、左右を見回し、真の姿を見つけるなり、無言で近付いてきた。

 きいろの全身から溢れる只ならない雰囲気に、二人は体を強張らせ、その場から動けなくなってしまった。

 

 「真!」

 きいろは、真に詰め寄ると、壁に押し付け、顔を目と鼻の先まで近づけてきた。

 「・・・・・きいろちゃん?」

 あまりの鬼迫に、返事をする真の声は震えていた。

 「ねえ、どうして、あそこでビームなんか撃ったの?」

 「え?」

 「どうして、ビームを撃ったのかって聞いているの?」

 「だって、武君がそうしろって言うから・・・・・・・・・・・・・」

 「武が、そうしろって言ったから撃ったって言うの? そのせいで、武は死んだのよ」

 「わたし・・・・・・・・・・わたしは・・・・・・・・・・」

 真は、何を言えばいいのかわからず、言葉を紡ぐことができなかった。

 

 「きいろ、そのへんにしておけ」

  北斗は、きいろを宥めるように肩に手を置いた。

 「うるさい! あんたがあの時、撃てないって言えば、武はあんなバカなマネしなかったかもしれないのよ。あんたが武を殺したんだ!」

 きいろの顔は、見る間に狂気で染まっていき、いつもの明るさは見る影も無くなっていった。

 

 「わたし・・・・・・・・・・・・・・」

 「黙れ!」

 怒鳴なった後、右拳で真の顔面をおもいっきり殴った。

 「きいろちゃん・・・・・・・・・・?」

 真は、殴られた痛みをぼんやりとしか感じなかった。親友から受けた突然の暴力行為に対する精神的ショックの方が大きかったからだ。

 「わたしの名前を口にするな~!」

 叫ぶなり、左拳で真を殴って、床に倒すと、馬乗りになって、わけのわからないことを喚きながら殴りまくった。

 

 「きいろ! もう止めるんだ~!」

 北斗が、暴行を止めさせようと、きいろの両肩に腕を回した。

 「わたしに触るな~!」

 振り向くと、北斗の右手におもいっきり噛み付いた。

 「うわ~!」

 血が出るほど噛み付かれた北斗が、体の力を緩めた隙を付いて、自由になったきいろは、まだ床に寝ている真の首を絞め始めた。

 「あんたのせいで、武は死んだんだ。あんたも死ねばいいんだ~!」

 親友から呪詛の言葉を吐かれながら首を絞められている真は一切抵抗せず、されるがままにしていた。

 

 「きいろ」

 北斗は、静かな声で名前を呼んだ後、きいろの正面に回って顔をおもいっきり殴って、真から離すと、体を力任せに掴んで引きずっていった。

 「離せ~! 離せ~!」

 きいろは、狂気の呻きを上げながら、必死に抵抗したが、北斗は絶対に離そうとせず、一階の空き部屋の前に連れて行った。

 「好きに使っていいぞ」

 言い捨てて、部屋の中にきいろを放り込むなり、部屋の扉を閉めた。

 背を向けると扉越しに、きいろの泣き叫ぶ声が聞こえてきたが、無視して廊下に戻った。

 

 廊下では、頬が腫れ上がり、首元に手の跡がくっきり残っている真が、生気の無い人形のような表情で座っていた。

 「大丈夫か?」

 「きいろちゃんは?」

 「大丈夫とは言えないが、部屋から出てこないところを見ると、さっきみたいなバカなマネはしないだろうと思いたい」

 「そっか」

 真は、安心したような残念そうな複雑な表情を浮かべた。

 「ともかく、傷の手当をしよう。酷い顔をしているぞ」

 その申し出に、真は無言で頷くだけだった。

 

 北斗に連れられて、ダイニングキッチンに入ってみると、食卓はぐちゃぐちゃになった食べ物が散乱し、きいろがどれだけ大暴れしたのかを嫌というほど見せつけられた。

 真は、自分も手伝うと言ったが、北斗からの座っていろという強い言葉に逆らえず、黙って見ていることにした。片付けが終わりケガの手当をすると言われるも、自分でやるからいいと断ったが、どうしてもと譲らないので、仕方なく手当てを任せることにした。

 

 「手当ての仕方うまいね。これも知識の内なの?」

 「喋るな。手元が狂う」

 「ごめん」

 「これでいい。次は首元だな。包帯巻くから、ちょっと髪の毛を上げてくれないか」

 「うん」

 言われるまま、髪の毛を上げると、北斗は手早く包帯を巻いていった。

 「これでいい」

 「ありがとう」

 髪を下ろしながら、礼を言った。

 

 「大したことじゃないよ。まだ、三人で遊んでいた頃、あいつらしょっちゅう無茶なことやって怪我ばっかりしていたから、見ていられなくなって、僕が治療班になったんだよ。毎日救急セット持ち歩いていたな」

 懐かしむと同時に悲しむといった複雑な表情を浮かべながら、思い出を語った。

 

 「そうだったんだ。ごめんね。こんな時に二人のことを思い出させちゃって・・・・・」

 「謝る必要なんない。謝るのはむしろ僕の方だ」

 「どうして?」

 「君が、こんなになるまで止められなかったからな。あんなに近くに居たのに情けないよ」

 北斗は、心底すまなそうに、顔を下げた。

 

 「そんなことないよ。あれはその抵抗しなかったわたしが悪いんだし」

 「なんで、抵抗しなかったんだ?」

 「きいろちゃんの言う通り、わたしがあの時ビームを撃たなかったら武君は死なかったのかって思ったら、なんにもできなくなって、あのままどうなっていいと思えてきたから」

 「そういう考えは止めてくれないか。辛過ぎる」

 「ごめん」

 「謝らなくてもいい」

 「北斗君も怪我しているじゃない」

 真は、ガーゼを張っている北斗の右手から血が滲み出ていることに気付いた。

 

 「ほんとだ。ガーゼだけじゃダメだったか」

 右手を見ながら、他人事のように驚いた。

 「もう、人のことを気にして自分のことをないがしろにするなんて、わたしのこと言えないじゃない。ちゃんと手当てしてあげる」

 「これくらい、自分でできる」

 「北斗君が、わたしを手当てしてくれたように、今度はわたしがしてあげる。ほら、手出して」

 真は、さっきまでの弱腰口調はどこへやら、強気の口調になっていた。

 北斗は、真の気迫に押されるように、渋々といった感じで右手を出して、手当てを任せた。

 

 「これでいいよ」

 「うまいな」

 包帯の巻かれた右手を少し動かしながら賞賛した。

 「わたし、地元の高校で保険委員やっているから」

 「なるほど、けど、もう少しあのままでも良かった気がする」

 「どうして?」

 「あいつの暴走を止める為とはいえ、女の子を殴ったんだから、男として最低だよ。だから、あの程度の痛みならいいかなって」

 「あれは、わたしを助ける為にやったんだから、気にしないで、それにその考えは、さっきわたしに注意したのと同じことだよ」

 「そうだな。僕も迂闊だったよ」

 「随分と仲良さそうじゃない」

  突然の声に振り返ってみると、入り口の側にきいろが立っていた。

 

 「きいろちゃん」

 「もういいのか?」

 二人は、表情を強張らせながら、言葉をかけていった。

 「そんな顔しないでよ。もうあんなことはしないから、ごめんね。真、痛かったでしょ?」

 さっきとは打って変わって、労わるような優しい口調だった。

 

 「ううん、もう平気だから」

 「そう、良かった」

 返事をした後、キッチンへ行った。

 「お腹空いたなら、何か作ろうか?」

 「いらない。わたしが欲しいのは、これだけだから」

  言いながら、右手に持っている包丁を見せた。

  その予想外の行動に二人は、身震いした。

 「大丈夫よ~。あんた達にはやらないから、自分にやるだけ」

  言い終わると、部屋から飛び出していった。

 

 「追いかけよう!」

 「うん!」

 危うさを感じた二人が、急いで後を追いかけると、きいろはさっきまで入っていた部屋の中に駆け込んだ。

 

 「きいろ、なにをするつもりだ?!」

 北斗の呼びかけに、きいろは返事をしなかった。

 「ここを開けろ~!」

 ドアノブには、しっかりと鍵がかけられていて、いくら回そうとしても動かなかった。

 「きいろちゃん、馬鹿な真似はやめて!」

 扉の向こうからの反応は一切無く、二人をさらに不安にさせた。

 「僕は、物置から斧を取ってくる。それまで呼びかけ続けてくれ!」

 「わかった。きいろちゃん! きいろちゃん、返事をして!」

 数分後、斧を持ってきた北斗が、扉の一部を壊して、ドアノブの鍵を開けて中に入った。

 

 きいろは、電気の付いていない真っ暗な部屋の隅に体育座りをしたまま泣いていた。

 「きいろ」

 「きいろちゃん」

 二人は、腫物に触れるように静かに呼びかけた。

 「・・・・・・・・できなかった」

 「え?」

 「あたし、できなかった・・・・・・・・」

  言い終わると、持ち出した包丁を投げ捨てた。

 

 「これで手首を切れば、みなみと武の所へ行けるんじゃないかって、どうせ、死ぬならここで死にたいって、そう思ったの」

 「なんて、バカなことするんだ」

 「そうだよ。そんなことしないで」

 「だって、あそこで死んだら忘れられちゃうのよ。お父さんにもお母さんにもよ。それだったら、ここで死んでみんなに見取ってもらった方がよっぽどいいじゃない。だけど、できなかった。包丁を手首に当てたら物凄く怖くなって、この様よ」

 「きいろちゃん」

 「それとこれもよ」

 言いながら、たくさんの切り傷が刻まれ、そこから湧き出る血で染まった右手の平を見せた。


 「どうしたの、それ?」

 「この紋章を、あたし達をバカげた戦いに縛っているこの紋章を消してやろうかと思ったんだけど、どうやっても無理だったの。これを見る度に、あの二人のこと思い出すっていうのに~!」

 きいろは、顔を膝に埋めて泣き崩れた。

 真は、きいろの側に行くと、無言で優しく抱き締めた。

 

 「真~!」

 きいろは、抱き返しながら大泣きした。

 「ごめんね。真、痛かったでしょ」

 自身で傷付けた真の頬を血が出ていない左手で触りながら謝罪の言葉を口にした。

 真は、無言で首を横に振った。

 「ねえ、わたし達なんでこんな目に合わないといけないの? いったいなにをしたっていうの? 教えてよ~!」

 きいろの質問に対して、真は無言で抱き続けることしかできなかった。

 「もうこんな辛いマネしないでくれよ。頼むよ」

 側で二人の様子を見ていた北斗は、低く沈んだ声で哀願した。

 

 二人は、部屋の前に座っていた。あの後、手当を受けたきいろから一人にしてくれと強く頼まれ、ほんとのところは一人にしたくはなかったが、下手に拒んでまた暴れでもしたらまずいと思い、要求通り部屋から出て行くも心配だったので、何か異変に気付いたらすぐに飛び込んでいけるように、扉の前に座っているのである。

 「きいろちゃん、大丈夫かな?」

 真が、不安を紛らわすように、北斗に言葉をかけた。

 「今の内は見守るしかない」

 活気のない返事だった。

 「そうだね」

 それからは無言で、座っていた。開かない扉の奥からは物音一つせず、中に人が居るのかどうか疑わしい気持ちにさせた。

 

 どれくらい経ったのか、扉が開いてきいろが姿を見せた。

 「きいろ」

 「きいろちゃん」

 二人は、どんな出方をするのかわからない不安から、身構えるような姿勢で名前を呼んでいった。

 

 「真、ご飯」

 「え?」

 「だから、ご飯食べたい」

 きいろの口から出てきたのは、意外にも食事の要求だった。

 「いっぱい泣いて、お腹空いちゃったの」

 腹をさすりながら、自身の心境を打ち明ける。

 「わかった。すぐに用意するね」

 ダイニングキッチンに戻った真は、残った材料で手早く食事の用意をした。

 

 きいろは、さっきとは別の席に座った後、なにもせず前を向いていた。違う席に座ったのは、隣の席が武の席だったからだろう。

 「はい」

 真は、出来上がった食事をきいろの前に出した。

 

 きいろは、何も言わず、箸を手にするなり、猛烈な勢いで食べ物に手を付けていった。その様は食べるというよりも、かき込むいった表現の方が正しく、あまりのあさましい姿に二人は、目を背けそうになった。

 「きいろちゃん、そんな食べ方、体に良くないよ」

 真は、見るに耐えず、口を挟んだ。

 「少しでも食べてあいつらを倒す為の力を付けないといけないから、ほっといて」

 返事をした後、食事を再開した。

 北斗に視線を向けると、ただ首を横に振るだけだった。

 

 「ねえ、北斗、木刀どこ?」

 食事の済んだきいろは、北斗を見るなり尋ねた。

 「物置にあるけど、何をするんだ?」

 さっきの凶行を見ているだけに、また危険なことをするのではという不安から、警戒しながら返事をした。

 「そんな顔をしないでよ。もうあんなことしないって言ったでしょ。ちょっと使いたいだけよ」

 「わかった。取ってこよう」

  北斗は、渋々といった様子で席を立った。

 「よろしく~」

 きいろは、おかしな調子の声で、出て行く北斗に声をかけた。

 「持ってきたぞ」

 数分後、木刀を持って戻ってきた北斗が、不安いっぱいの顔をしながら、きいろに差し出した。

 

 「ありがとね~」

 木刀を手にしたきいろは、右肩に担ぐと、キッチンから出て行った。

 嫌な予感にかられた二人が、後を追ってみると、きいろは靴も履かずに中庭に出ていて、植わっている一本の桜の木に向って歩いていた。

 そうして、木の側に行くなり、木刀を大きく振りかぶって、木の幹をおもいっきり叩き、蝉の鳴き声にも勝とも劣らない打撃音を庭中に響かせた。

 一撃目が終ると、すぐに二撃目を出し、何回か続けていく内に、凶行に走っていた時にように喚きながら、幹を撃ちまくり出した。


 「きいろ、何をしているんだ?」

 「どうしたっていうの?」

 見かねた二人が、側に行って声をかけた。

 「なにって、あいつらを倒す練習よ。前の戦いの時には忘れていたけど、わたしのホワイトクイーン、エースレッドの剣が使えるのよ。だから、この木刀を使って、奴等を斬るイメージトレーニングをしているの。二人の仇を確実に討てるようにね。だから、邪魔しないでくれる」

 振り返ったきいろの目には先ほどの狂気が完全に戻っていて、止めようとする二人を凍て付かせるのに十分な殺気も孕んでいた。

 きいろは、桜の木を憎き仇のように何回も叩いていって、しまいには木刀の方が、その行いに耐えられず、折れてしまった。


 「折れちゃったわ・・・・・・・・・・」

  動きを止め、折れた木刀を捨てながら、残念そうに言った。

 「だったら、もう止めよう。ここまでやったんだから、もういいでしょ?」

 真は、労わるような優しいトーンで声をかけた。

 「もういい?」

 聞くだけで、身震いするほどの怒気が感じられる声だった。

 「二人の仇を討つのに十分なんてあるわけないでしょ。もっと、もっとトレーニングしないといけないのよ!」

 今にも襲いかからんばかりに言い放った。

 

 「・・・・・・・・きいろちゃん」

 気付くと、後ずさりしていた。

 「ごめん。もうあんなことしないって言ったのに、あたしったら、気が変になっていたのね。北斗、斧貸して。あたしが居た部屋のドアを壊すにの使ったのがあるでしょう」

 「それなら、あの時に柄が折れてしまってもう使えないよ」

 真は、それが嘘だとわかったが、なにも言わなかった。

 「なら、仕方ないや」

 言い終え、軽く頭を振った後、素手で幹を殴り出した。


 「今度は何をしている?!」

 北斗が、大声で尋ねた。

 「見て分からない。パンチの練習よ。二人には伝わっていないと思うけど、あたしにはキングイエローの武器の一部の使い方が伝達されているの。だから、武があたしに残してくれた武器を有効活用しようと思ってね」

 何回も殴っていない内から、きいろの拳からは血が出ていた。元々女の子の手である上に、相手が木なのだから、当然の結果である。

 

 「わたし、もう見ていられない」

 真は、涙ぐみながら、後ろを向いた。

 「だからって、きいろを一人にするわけにはいかないだろ。今一人にしたら、それこそ終わりだ」

 「けど・・・・・・・・・・・」

 「きいろ」

  北斗は、普段の口調で声をかけた。

 「なによ、邪魔しないで」

 「そんな木が相手じゃつまらないだろ。僕が相手をしよう」

 「あんたに何ができるっていうの?」

 「ちょっと待っていろ」

  物置に行って、戻ってくると、両手に野球のグローブをはめていた。

 

 「このグローブを敵だと思って撃ってこい。相手は動いているんだ。練習でも動かないと意味が無いだろ」

 グローブ同士をぶつけながら挑発した。

 「いいアイディアね。じゃあ、お相手願おうかしら」

 きいろが、顔いっぱいに狂気じみた笑顔を浮かべながら近付いていく。

 「買出しに行ってくれないか」

 「え?」

 思わぬ、お使いを頼まれた。

 「もう食材も無いから、買ってきて欲しいんだ。選択は君に任せる。ほら、財布」

 一端グローブを外して、ポケットから取り出した財布を渡した。

 

 「ほんとにいいの?」

 「ああ」

 「わかった」

 「じゃあ、始めようか」

 「OK」

 二人が、練習を行なうのを見ないようにしながら、物置に行って、自転車に乗って家を出た。

 

 家を出て、少ししたところで、北斗が自分に気を遣ってくれたのだと分かり、あんな状態のきいろを任せきりにしてしまったことに対して、胸が痛んだが、今戻っても、返って気持ちを無駄にするだけだと思い、買い物に出ることにした。

 スーパーへの道すがら、町の景色を見ていった。

 

 今見えている空も町並みも感じられる空気も、この町に戻ってきた時と何一つ変化していなかった。自分達に取っては、かけがえの無い親友二人が居なくなるという劇的な変化があったのとは裏腹に、あまりの変容の無さに世界が残酷なものに思えてならなかった。

 スーパーに着くと、少しでも栄養のあるものを食べさせようと思い、自分では持つのが精一杯なくらいに買い込んだ。米はまだ十分残っていたので、買わずに済んだのは幸いだった。

 

 「あら、真ちゃん」

 声をかけてきたのは、みなみの母親だった。

 「こんにちは」

 今、一番会いたくない人ではあったが、無視するわけにもいかず、仕方なく返事をした。

 

 「お買い物?」

 「はい、おばさんもですか?」

 「そうなのよ。お買い物なんて偉いわね。誰かのお使い?」

 「友達に頼まれたんです」

 「そうなの~」

 「真ちゃん、真ちゃんなの?」

 みなみの母親の側にやってきた別の女性が声をかけてきた。

 

 「そう、あの真ちゃんよ」

 「あらあら、大きくなって、美人さんになったわね~」

 「こんにちは、西郷のおばさん」

 「憶えていてくれたの? 嬉しいわ~」

 声をかけてきた女性は、“武の母親”だった。恰幅のいい体格が、そっくりだった。

 

 「お父さんとお母さん元気にしている?」

 「はい、父も母も元気です」

 「そう、で、今はどこに泊まっているの?」

 「緑川さんの家に泊まっています」

 「そうか、あそこのお子さんと仲良かったのよね~。うちにもあんなカッコいい男の子が欲しかったわ」

 みなみの母親は、自分の言っていることが、昔から当然であったかのように平然とした口調で話し、その言葉の一つ一つが真の胸に鋭く突き刺さり、心の傷を深くえぐっていった。

 

 「奥さんはいいじゃない。女の子が一人居るんだもの、うちなんか、結局子供ができずじまいだったのよ~」

 武は、一人っ子なので、この世界に存在しないということは西郷夫妻に子供が居ないということになってしまうのだ。

 「だったら、今からでもがんばればいいじゃない。まだ、若いんだし」

 「ダメよ~。うちの旦那、もうポンコツだから~」

 二人は、端から聞いていれば、引いてしまうような会話で盛り上がった。この町生まれの幼なじみにして、大の仲良しだからこそで通用する会話であり、武が言っていた通りの間柄だった。

 

 「友達が待っていますので、これで失礼します」

 二人の会話に耐え切れず、別れの言葉を切り出した。

 「ごめんなさいね。引き止めちゃって、おばさん達の下品な会話聞かれちゃったわね」

 「もし、暇だったら、おばさんのところにも寄ってね」

 「はい」

 挨拶もそこそこに、逃げるようにして、その場から去っていった。

 

 自転車に乗ると、全力疾走した。真夏の炎天下の中での全力疾走なので、息が切れ、体中から汗が噴出したが、それでもお構い無しにペダルを漕ぎ続け、前方に小さな木が作る木陰を見付けた時にはもう耐えられず、近くに自転車を止めて、木にすがり付くなり、誰かに見られるのも構わず大泣きした。

 大事な人間が居なくなったという辛い現実を、実の母親二人から突き付けられたことに対して、精神が耐え切れず、涙という形となって、現れたのである。

 「・・・・・・・・・・戻らなきゃ」

 涙が、ある程度止まると、顔を拭うこともせず、自転車に乗って、家に向い、門の前に着いたところで、二人に知られないように、念入りに涙を拭いて中に入った。

 

 「ただいま」

 二人がどうなっているのかという不安を抱えながら中庭に戻ってみると、北斗ときいろは木陰に背中を寄せて座っていた。

 「二人供、どうしたの?!」

 何が起こったのかわからず、急いで駆けつけた。

 「おかえり、きいろの奴、あれからずっと殴り続けていて、やっと休憩を取る気になったんだよ」

 「だって、だって、そうしないと仇が討てないじゃない」

きいろは、疲れきったような声を出した。

 

 「だからって、無茶して体を壊しちゃ意味が無いよ。今、麦茶持って来るね」

 「僕はアイスコーヒーで」

 「わかった」

 真は、一旦家に戻って、頼まれたものを取りに行った。

 「飲み終わったら、また付き合ってよね」

 きいろは麦茶を飲みながら、練習の続きを要求した。

 「まだ、やるの? もう十分だよ」

 真は、止めるように言った。

 

 「あたしの好きなようにやらせてよ。でないと、あたしまた酷いことしちゃうかもしれないし」

 頬の傷を見ながら話した。この時だけ、普段のきいろに戻った気がした。

 「わかった。とことん付き合おう」

 アイスコーヒーを飲んでいる北斗は、あっさり承諾した。

 「二人がそういうなら」

 真も渋々了承した。

 

 二人は、夕方まで練習を続け、真はそれを片時も目を離さず、見守り続けた。

 夕食は、買ってきた食材をフル活用して、栄養たっぷりのメニューを取り揃えて、食卓を彩った。

 北斗もきいろも昼間いっぱい動いた為か、旺盛な食欲を見せ、おかわりもした。その行動によって食事が盛り上がったのかというと、そうでもなく、三人供、一言も話そうとしなかった為に、食卓には食べる音だけが鳴り続けた。

 

 食事が済むと、昼間の無理がたたったのか、きいろはすぐに寝てしまった。夜になっても、練習をせがむではないかと、不安に思っていた二人にとってはありがたいことだった。

 北斗と二人係りで、二階の部屋に運んだ後、交替で風呂に入ることにした。

 

 「痛っ!」

 シャワーを浴びると、頬の傷にお湯が染みたことで、自分がケガをしていることを思い出した。それまで自分が殴られて、傷を負っていることをすっかり忘れていたのは、今日は色々なことが一度に起こったからである。

 「生きているから、感じるんだ・・・・・・・・・・・わたしも、わたしもしっかりしないと」

 誰に言うでもなく、自分なりの決心を口にした後、その決心を証明するように、傷が染みるのを我慢しながらシャワーを浴び、風呂にもしっかり入った。

 

 風呂から上がった後、鏡を見ながら、傷の手当をし直して、寝ることにした。  「今日は、ありがとう」

 寝る前に北斗に礼を言った。

 「別にいいよ。僕にできることをしただけだから、もう傷はいいのか?」

 「うん、さっき手当てし直したし、北斗君の方はどう?」

 「僕も大丈夫だ。包帯も新しくしたから」

 右手を見せながら言った。

 「そっか、おやすみなさい」

 「おやすみ」

 寝る前の挨拶を済ませると、部屋の中に入った。

 

 カーテンを閉めていない部屋の中には、月明かりが差し込んでいて、寝ているきいろの顔を青白く染め上げていた。

 昼間激しい表情ばかり見ていたせいか、寝ているとわかっていても、なんだか死体を見ているような気分になった。

 起こさないように、ゆっくりとした足取りで、自分の布団に入った。

 すぐに寝ようにも中々寝付けなかったので、窓から見える月に視線を移した。とても綺麗な月だったが、見続けている内に明日もまた見られるのか不安になってくるので、目を背けるように寝返りを打った。

 そうすると、目の前にきいろの寝顔があった。気付かない内に寝返りを打っていたらしい。

 

 「みなみ~武~、行かないで~」

 口から出てきたのは、居なくなった二人を呼び止める声だった。

 「みんなも行かないで~。あたしを一人にしないで~」

 相当、不安な夢を見ているのか、目からは涙が溢れ出していた。

 この時、真は、きいろが自分以上に、辛い立場に立たされていることを知った。

 「大丈夫、わたしはここに居るよ」

 真は、右手を伸ばすと、きいろの手を優しく握った。せめて自分だけでも一緒に居るということを教えようと思ったのだ。

 その気持ちが通じたのか、きいろは泣くのを止めて、落ち着いた表情で眠りに入り、そんな寝顔を見て安心したのか、真も知らない間に寝てしまった。

 

 翌日、目を覚ました真が、隣に目を向けると、きいろは手を握ったまま寝ていて、それを見てなんだか安心した気持ちなった。

 それから朝食の用意をしようと、握っている手を優しく解いて、二階の洗面所へ行き、傷の痛みを我慢して、顔を洗い、ダイニングキッチンへ向った。

 そこには珍しく誰もおらず、静けさが漂っていた。

 真は、新鮮なような拍子抜けしたような気持ちになったが、すぐに気持ちを切り替えて、包帯と絆創膏を取り替えると、朝食の準備に取り掛かった。


 「おはよう。一番乗りは取られたみたいだな」

 北斗が、意外という顔をして入ってきた。

 「うん、自分でもびっくりしちゃった。今までだと必ず誰かが居たから」

 「きいろは?」

 少し不安そうな顔をしながら聞いてきた。

 「まだ、寝ている」

 「そうか」

 「朝ご飯、もうすぐできるから」

 「それまでコーヒーを飲んで待っているよ」

 北斗は、冷蔵庫を開けると、作り置きしていたらしいペットボトルに入っているアイスコーヒーをカップに注いで飲んだ。

 

 「北斗君って、ほんとにコーヒー好きだね」

 「そうかい?」

 「家に居る間ずっとコーヒーしか飲んでいないし。ああ、ラムネも飲んでいたから、そうでもないのかな?」

 「僕の家はけっこう厳しいところがあって、オレンジジュースや炭酸系はご法度で、牛乳かお茶かコーヒーしか許してもらえなかったんだ。牛乳は苦手だし、お茶も好きになれなくて、結果論としてコーヒーを飲み続けている内に習慣化してしまったんだよ」

 「そうだったんだ。けど、牛乳が苦手なんて意外だね」

 「内緒だぞ」

 「わかっているよ」

 「おはよう」

 微妙なタイミングで、きいろが入ってきた。

 

 「お、おはよう」

 「おはよう」

 二人は、きいろがどんな言動を発するのか、分からなかった為に、硬い表情で挨拶を返した。

 「昨日は、その~」

 きいろは、言いよどんでいたが、表情から狂気が薄らいでいるように感じられ、若干安心した気持ちになった。

 

 そこへ手の平が光って、三人は奇攻機の格納庫に立っていた。

 「待っていたわ。この時を待っていたわ。みなみと武の二人の仇が討てるんだわ~! あははは~!」

 きいろの表情に薄れかけていた狂気が、みるみる宿っていくのが、目に見えてわかり、二人はセロに向って、責めるような視線を送った。

 

 「真、その顔はどうしたんだ?」

 両頬に絆創膏を張り、首に包帯を巻いている真を見たセロが、率直に尋ねてきた。

 「あなたには関係ない」

 真は、冷めた言葉で言い返すと、背中を向けた。

 北斗は、セロが気付く前に右手を隠した。

 「二人供、ぐずぐずしてないで早く行くわよ!」

 きいろが、妙なテンションで呼びかける中、二人は手の紋章を翳して、各々の機体に乗っていった。

 

 その後、セロが右手を振ると、三機は幻想宇宙の中に居た。

 「敵はどこ?」

 きいろは、獲物を探す獣ように鼻息を荒くして聞いてきた。

 「前方に群がっているぞ」

 三機の前方には、最初の戦いで出てきた虫のようなダークマーダラーが大多数居て、これまでと同じように幻想宇宙を貪り食いながら虚無の幅を広げていた。

 

 「倒し甲斐あるじゃない」

 「待って、わたしが先に数を減らしておくから」

 きいろの前に出て、行動を制止した真は、ブルロボの両手から溜め込んだエネルギーをたっぷり含んだ太いビームを発射し、右から左に薙ぐように放射して、横一直線に無数の爆球を発生させた。

 「ありがとう。戦い易くなったわ」

 礼を言うなり、きいろはホワイトクイーンのバーニアを全開にして、敵群の中へ突っ込んで行った。

 

 「きいろちゃん、一人で行くなんて無茶だよ!」

 「あのバカ!」

 二人は、自身の機体のバーニアを全開にして後を追った。

 「死んじゃえ!」

 きいろは、ホワイトクイーンの羽パーツを前方へ飛ばし、気が立っているとは思えない絶妙なコントロールでビームを発射して、向ってくる敵を撃破し、距離が縮まってくると、自身の周囲にくまなく配置して、回転しながら周辺の敵を片っ端から破壊し、その攻撃を突破して近付いてくる敵は、右手から出したエースレッドの剣で斬り捨てていった。

 

 「すごい」

 「すごいもんか、撃ち洩らしが酷いじゃないか」

 北斗の言う通り、ホワイトクイーンの攻撃をかわした敵によって、三機は徐々に包囲されつつあったが、きいろは気付いていないのか、それらの敵を倒そうともしなかった。

 

 「このままじゃやられちゃう」

 「よし、きいろの後ろに付こう。僕が撃ち洩らした敵を撃破していくから、君はバリアを張って防御してくれ。可能なら援護も頼む」

 「わかった」

 北斗は、言葉通りにグリーンジャックをホワイトクイーンの後ろに付けると、装備されている火器をフル活用して、撃ち洩らしの敵を撃破していき、真はブルロボのバリア機能を使って防御しつつ、攻撃の弛んだ隙を見付けては、ビームで撃破していった。

 このフォーメーションは、意外な効果を発揮して、機体に小さな損傷を出しつつも、圧倒的な敵戦力を減らすことに成功したのだった。

 

 数を減らされたダークマーダラーは、初戦の時のように一か所に集まると、融合して奇攻機よりも十数倍大きな双頭の狼のような姿になった。

 

 「あれが、今回のボスってわけね。ぶっ殺してやるわ~!」

 さっきと同じく狂気に染まった叫びを上げるなり、単身で敵に向かっていくという先走った行動を取った。

 「敵の能力も分かっていないのに、無謀な行動は止めろ!」

 北斗が、止めに入ったが、聞くこともせず、そのまま向っていった。

 

 「くらえ!」

 羽パーツを前面に展開して、ビームを一斉発射した。

 狼マーダラーの左側の頭が口を大きく開け、口先から発生した円状のバリアによって、ビームを無効化した。

 「バリアってわけ、生意気な!」

 さらにビームを連射したが、当然のことながらバリアによって全て無効化された。

 「当たれ! 当たれ!」

 きいろは、取り憑かれたように、ひたすらビームを連射し続けた。


 そうしている間に、右側の頭が首を伸ばして、バリアの範囲外から出るなり、口から太いレーザーを発射してきた。

 「当たっちゃう・・・・・・・・・・」

 迫り来るビームを見たきいろは、もはや回避不可能な距離であることを悟り、死を覚悟した。


 「きいろちゃん!」

 前方にブルロボが現れ、バリアを張って、レーザーを無効化した。

 「大丈夫、きいろちゃん?」

 真が、心配そうに言った。

 「だ、大丈夫。大丈夫よ」

 「きいろ、一人で戦ってもダメだ。僕達が力を合わせないと」

 追い付いた北斗が、諭すように言った。

 「じゃあ、どうしろって言うのよ。あいつを倒さないと、二人の仇が取れないのよ~!」

 きいろは、駄々っ子のように喚き散らした。

 「なら、わたしが頭を引き付けておくから、その間に二人は、どこでもいいから攻撃して」

 真が、指示と思える言葉を発した。


 「真・・・・・・・・」

 「それでやってみよう。ただし、前回の時のことがあるから、十分な距離は取ってくれ」

 「分かっているわよ」

 「いくよ」

 真が、合図代わりにブルロボの左手からビームを出して、敵の右側の顔を攻撃し、左顔がバリアを解いて、口からレーザーを発射すると、右手でバリアを張って、防御するという攻防戦に持ち込んだ。

 

 グリーンジャックとホワイトクイーンは、その隙に敵の両脇に回り込むと、前回の経験を生かして、十分な距離を取ったところで、遠距離攻撃を行った。

弾丸、ミサイル、ビーム三種による同時攻撃を受け、体の表面では大規模の爆発が起こり、二人供、大ダメージを期待したが、煙がはれてみると、表面は攻撃する前と全く変らず無傷な状態だった。

 

 「なんて硬さなんだ」

 「だったら、直接攻撃すればいいじゃない!」

 きいろは、ホワイトクイーンに剣を大きく振りかぶった姿勢を取らせて、突入していった。

 「きいろ、無茶はするなって言っているだろうが!」

きいろは、北斗の言うことに耳も貸さず、敵に突っ込んで行った。

 

 背中までもう少しというところで、狼マーダラーの背中が急激に盛り上がって、首の無い筋肉隆々の男性の上半身のような形になると、左手は盾、右手には槍を持ち、胸に大きく真っ赤に光る一つ目を持つなんとも不気味な姿になった。

 「死ね~!」

 渾身の力を込めて、剣を振り下ろすも、盾によって防がれてしまい、強大な力がぶつかったからか、剣と盾の間に凄まじい衝撃波が発生したが、パワーでは敵の方が勝っていた為に、ホワイトクイーンは後方に押し出された。

 

 「この~!」

 各所のバーニアを使って体勢を立て直すと、左手にキングイエローの拳パーツを装備させて、拳を引いた状態で、再突入していった。

 その攻撃に対して、狼マーダラーは、右手の槍をおもいっきり突き出してきた。

 大きさもパワーも圧倒的に勝っている敵に対して、ホワイトクイーンに勝ち目があるわけもなく、突き出された槍によって、左腕を破壊された挙句、後方に吹っ飛ばされていった。

 

 「きいろ!」

 「きいろちゃん!」

 二人が、後を追うとしたところで、狼マーダラーは、狼頭を分離させて二機に差し向けると、自身はホワイトクイーンを追っていった。

 

 「くそ! 僕達を分散させる気か?」

 「このままじゃ、きいろちゃんがやられちゃう」

 「頭は無視して、本体を追いかけよう」

 「うん」

 二人は、機体のバーニアを全開にした。

 

 そうすると、狼頭の一頭が、二機をあっという間に追い越して、前方に回り込むなり、口からレーザーを発射し、二機が上下に移動して回避すると、もう一頭が大きな口を開けて、直接攻撃を仕掛けるも、二機は左右へ移動することで、どうにか難を免れることができたのだった。

 「これじゃあ、追いかけられない」

 「どうあっても、僕達を本体の元に行かせない気か」


 その頃、きいろは追いつかれた本体からの槍による執拗な攻撃をどうにかかわしながら、逆襲の機会を窺っていた。

 「なんだって、こんなにしつこいのよ。あんた、ストーカーって言葉知っている?」

 きいろの問いかけに対して、答えるはずもなく、攻撃を続行していた。

 「いいかげんにしろっての!」

 前面にピアノの鍵盤のように展開した羽パーツによるビームの一斉射撃を敢行したが、全て盾によって、防がれてしまった。

 「それなら、これはどう?」

 羽パーツを半分に別け、敵の前方と後方に飛ばしていき、前後からの同時攻撃を行なった。

 そうすると、狼マーダラーは前面攻撃に対しては、槍を高速回転させることで発生させたエネルギーバリアで、後方は盾によって防御していった。

 「もう、どうしろっていうのよ~」

 度重なる攻撃の失敗から来る苛立ちから、きいろはおもいっきり歯軋りした。

 

 一方、真と北斗は、二頭の狼頭に苦戦を強いられていた。

 二頭供、レーザー攻撃とバリア防御ができるだけでなく、二機以上の機動力を有している為に、攻撃を当てることができなかったからである。

 「真、一端別れて一体ずつ相手をしながら、二機を向かい合わせに近付いていくんだ。そうして互いがぶつかるギリギリの距離に達したところで、直角移動して頭同士をぶつけ合わせて、その衝撃で怯んだ隙に攻撃して倒そう」

 「うん、わかった」

 ブルロボとグリーンジャックは二手に別れ、一頭ずつに攻撃を集中して、自分を追って来るように仕向け、ある程度逃げたところで、相手に向って一直線に進んで行って、互いがぶつかるギリギリの距離になった瞬間に直角移動した。

 二頭の狼頭は、真正面からぶつかるはずだったが、ぶつかるどころか、お互いにすり抜けて、方向を変えるなり、再び二体に迫ってきた。

 

 「どういうことなの?」

 目の前で起こった現象が、信じられず北斗に尋ねた。

 「きっと、分子同士をすり抜けさせたんだ。ほんと滅茶苦茶な奴等だ」

 北斗ならではの解説だった。

 「これから、どうする?」

 再び襲ってきた狼頭の攻撃をかわしながら、指示を煽いだ。

 

 「バリアを全開にしたら、あいつらをどのくらい引き止めていられる?」

 北斗からの唐突な質問だった。

 「わからないけど、あの大きさだから一分も無理だと思う」

 「それだけあれば十分だ。僕があいつらを左右から突撃させるように仕向けるから、近付いてきたらバリアを張って、押し留めてくれ。その間に攻撃してあいつらを倒すから」

 「二体を同時に倒すなんてできるの?」

 「いいから、任せてくれ」

 

 北斗は、グリーンジャックをブルロボの後ろに立たせると、手にしているライフルと胸部バルカンで正面攻撃して狼頭を分散させた後、上下に行かせないようにミサイルを発射すると、計算通りに二体の左右へ突撃してきた。

 「もう少しだ」

 真は、指示通り、じっとしていた。

 

 そうしている間に、狼頭は口を大きく開けて迫ってきた。

 「今だ!」

 ブルロボが、水平に上げた両手から、バリアを発生させると、狼頭はバリアを食い破ろうと、牙を突き立てながら口を何回も上下させ、結果的にその場に留まることになった。

 「こちらも!」

  北斗が声を出すと、グリーンジャックは、頭部を右側に付けた縦軸に左右に分離して、狼頭の背後に飛んでいき、装備されている武器を一斉発射して、各個に撃破していった。

 

 「すごい、北斗君のロボット、そんなことができるんだ」

 敵を倒して、安心したのか、真は感心したように言った。

 「なんの必要があるのかわからないけど、分割機能があって、この局面でなら生かせると思って使ったんだ。うまくいって良かった」

 「そうなんだ。わたしのロボットには、そんな機能無かったよ」

 「そうなのか、全員にあるのかと思っていた」

 「早く、きいろちゃんのところへ行かないと」

 「そうだな」

 二体は、バーニアを最大噴射して、きいろの元に向った。

 

 「これで、最後よ」

 きいろは、羽パーツを敵の周囲にくまなく配置させた。

 「これは防げるかしら」

 羽パーツの一斉射撃による全方位攻撃に防御が間に合わない本体は、怯みこそしなかったが、動きを完全に封じることができた。

 「今度こそ、こいつを直接刺してやる!」

 きいろは、ガラ空きの敵の腹部に狙いを定めると、ホワイトクイーンに剣を突き出した姿勢を取らせて、突っ込んで行った。

 「勝ったわ!」

 きいろが、自身の勝利を確信した瞬間、本体の尻尾が動き出し、先端が蛇のような形に変化すると、口を開け、鋭い牙を剥き出しにして、ホワイトクイーンに向って行き、剣が届くよりも先に、腹部に噛み付いたのだった。

 

 「きいろちゃん!」

 「きいろ!」

 追い付いた二人が目にしたのは、蛇頭によって腹部を食い千切られ、上半身と下半身が分断されたホワイトクイーンだった。

 「まだまだ~!」

 きいろは、羽パーツに攻撃させようとしたが、それよりも早く本体が槍の先端で、ホワイトクイーンを弾き飛ばすと、羽パーツは力を失ったように機能を停止した。

 

 「きいろちゃん!」

 真と北斗は、機体に最大スピードを出させて、ホワイトクイーンに追いつくと、両肩を掴んで、減速させた。

 「二人供、来てくれたんだ・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・きいろちゃん」

 「・・・・・・・きいろ・・・・・」

 ホワイトクイーンの正面に回った二人が目にしたのは、胸部装甲が剥がされ、ボロボロのコックピットに力無く座っているきいろの姿だった。

 

 「ちゃんと三人で戦っていれば、こんなこにならなかったのに、二人に辛く当たった罰かな・・・・・・」

 きいろは、今にも消えてしまいそうな薄笑いを浮かべながら、言葉を紡いでいった。

 「いいよ。もう喋らないで」

 「後は僕達に任せろ」

 「それなら、これを使って・・・・・・・・・」

 ホワイトクイーンは、握っている剣を差し出すように右手を上げたが、その動作は巨大ロボットとは思えないほど弱々しく、きいろの命が空前のともし火であることを示していた。

 

 「わかったよ。この剣を使って必ずあいつをやっつけるよ」

 ブルロボの右手に剣を握らせながら返事をした。

 「もう行って、爆発するから」

 「そんな、きいろちゃんを置いて行けないよ!」

 「行くぞ」

 北斗は、グリーンジャックにブルロボを引っ張らせて、ホワイトクイーンから引き離していった。

 「北斗君、離して、きいろちゃんが! きいろちゃんが~!」

 真は、ブルロボを必死に動かして、抵抗したが、グリーンジャックは頑なに手を離そうとはしなかった。


 「これでみなみと武のところへ行けるんだ。けど、そうなったら、二人の間に立つんだ。それって・・・・・・・・二股じゃん。わたし、やっぱりいい女だ」

 言い終えるのを待っていたように、ホワイトクイーンは大爆発して、宇宙の塵になった。

 

 「きいろちゃ~ん!」

 真は、出せるだけの声を張り上げて、叫んだが、その名前を持つ者は、もうこの宇宙には存在しなかった。

 「泣くのは、あいつを倒してからにしろ!」

 顔を上げると、本体が次の獲物を狩ろうと、槍を構えて迫って来るのが見えた。

 

 「あいつ~あいつ~!」

 真は強く歯を食いしばる中、心の底で、これまでに無いほどに、敵に対して激しい憎しみを抱いた。

 「あいつを倒すには、その剣が必要だ」

 「どういうこと?」

 「僕が、あいつの注意を引く、その隙に正面からビーム攻撃して、怯んだ隙にあのでかい目玉に剣を刺すんだ。できるな?」

 「うん」

 真は、大きく頷いて見せた。

 「行くぞ」

 北斗は、グリーンジャックを敵の背後に回り込ませた。

 

 そうすると、尻尾の蛇頭が、即座に反応して向ってきた。

 「まずは、お前からだ!」

 向ってくる蛇頭を両足の隠しナイフで切断して、本体から切り離したところでライフルを撃って破壊すると、ガラ空きになっている背中に一斉射撃を敢行したが、背後に持ってきた盾によって、全弾防がれた。

 「まだまだ、これからだ」

 機体を左右に分離させると、周囲を飛び回りながらの同時攻撃を行い、作戦通り注意を引いた。

 

 真は、最大加速させたブルロボに左手からビームを連射しながら接近し、その動きに気付いた本体が放った槍の直撃を受けて両足を失いながらも、怯むことなく目玉へ到達して、剣を突き刺した。

 目玉への一撃を受けた本体は、攻撃を止め、痛そうに体を振りまくった。

 「その剣に向って、ビームをぶち込め!」

 真は、機体を後退させながら、エネルギーを充填させ、十分だと思ったところで、太いビームを放った。

 ビームは、狙い通り剣に命中して、それを通してエネルギーを全身に流し込まれた本体は、大爆発して塵と化した。


 宇宙に静けさが戻った後、両手を降ろしたブルロボの前に、グリーンジャックが現れ、ライフルを前方に向けたまま、警戒したが、それ以上は何も起きなかった。

 北斗が、警戒心を解くと、二体は光に包まれ、格納庫に戻っていた。

 

 機体から降りてきた二人は、無言でセロに近付いていった。

 「後何回で終る?」

 北斗は、押し殺した声で尋ねた。

 「何がだね?」

 「この戦いは、後何回やれば終ると聞いているんだ!」

 「君達のがんばりと犠牲のお陰で、後二回で終る」

 「確か?」

 「保障するよ」

 「そうか、それが聞けただけで十分だ。戻してくれ」

  その要求通り、セロが右手を振ると、二人はダイニングキッチンに戻っていた。


 「居なくなっちゃった・・・・・・・・」

 真は、語りかけような口調で言った。

 「きいろちゃん、居なくなっちゃった・・・・・・・・・」

 自身の無傷の頬を撫でながら言った。きいろが居なくなったことで、彼女によって付けられた頬の傷と首元の絞め後を治療する為に張った絆創膏や包帯が、消滅していたからだ。

 北斗もまた、自身の右手を見て、傷が無いことを知り、この世界にきいろが居なくなったことを確信した。


 「言っておくことがある」

 北斗は、これまで聞いたことのないトーンの低い声で、呼びかけてきて、真は返事をせず顔を上げた。

 「僕は、君を守らない」 

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