リトルテイマー/神無月紅【5/10】3巻発売!

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第1話

 異世界エルジィンにある大国の一つ、ミレアーナ王国。

 そのミレアーナ王国の中の、どこにでもあるような田舎の村の一つ、ルーフ。

 人口も二百人程度しかおらず、村の全員が顔見知りというルーフの冒険者ギルドに大声が響く。


「何でだよ、何で俺が冒険者になっちゃ駄目なんだよ! なぁ、リュリュ姉ちゃん!」


 十代半ば……と言うにはまだちょっと幼い年齢の少年の言葉に、リュリュと呼ばれた二十代半ば程の女は溜息を吐く。

 その溜息と同時に頭の上に生えている長い耳が揺れるが、本人は特に気にした様子もない。

 兎の獣人でもあるリュリュは、自分の目の前で駄々をこねている顔見知りの少年へと声を掛ける。


「あのね、アース君。冒険者っていうのは厳しい……それはもう厳しいお仕事なの。アース君みたいな小さな子がやっていけるようなお仕事じゃないのよ」


 言い聞かせるようにリュリュは目の前にいるアースと呼ばれた少年へ話し掛ける。


「嫌だ! 俺は冒険者になるんだ!」


 だが、アースはリュリュの言葉に絶対に自分は退かないと叫ぶ。

 そんなアースの言葉に、リュリュは再度溜息を吐きながら目の前の駄々っ子を見つめる。

 身長はリュリュの胸くらいまでしかなく、手や足も子供特有の柔らかそうなもので、とても冒険者をやれるようには見えない。

 当然だろう。目の前の少年は今日十三歳の誕生日を迎えたばかりなのだから。

 やんちゃ坊主という言葉をそのまま形にしたかのような人間の少年。それがアースという人物を言い表すのにこれ以上ない程ピッタリな言葉だった。


「だ、大体俺は今日で十三歳なんだ。もう一人前なんだぞ! なら、冒険者になってもいいじゃないか!」


 叫ぶアースの声がギルド内に響く。

 その声に、リュリュの眉が微かに顰められる。

 アースの言葉が真実であった為だ。

 このルーフでは、余程の事情がない限りは基本的には十三歳で一人前と見なされる。

 他の村では十五歳で一人前という場所も多いのだが、この村では十三歳だった。

 何故かと言われれば、村の者達は昔からそうだったからだと答えるだろう。


「だから、危険だって言ってるでしょ。大体、アース君は何か武器を使えるの? まさか長剣を使えるなんて言わないわよね?」

「それは……そうだけど……でも、短剣はそれなりに使えるよ!」


 長剣というのは当然値段も高額であり、安物であってもこんな田舎の村の……それも、まだ成人したばかりで一般的に少年と呼ばれるのが相応しいアースに買える代物ではない。

 親が冒険者や傭兵、兵士だったりすれば家にある者もいるかもしれないが、残念ながらアースの両親は両親ともに農家を営んでいる。

 父親はたまに弓矢を持って狩りに出掛けることもあるが、とても狩人と言えるようなものではない。

 それだけに、アースが持っているのは成人の祝いとして両親から貰った短剣のみだ。 

 その短剣もルーフの鍛冶師が作ってくれた代物であり、決して上質な代物という訳ではなかった。

 鞘に収まった短剣を見せつけるアースに、リュリュは今日何度目になるかも分からない溜息を吐く。


(この子が冒険者に憧れていたのは知ってたけど……幾ら何でもこのままだと死にに行くようなものだわ。冒険者になったら村の中での依頼をやるだけならいいだろうけど、アース君なら絶対に森に行くだろうし)


 人口の少ない村だけに、リュリュも当然アースが小さい頃から知っている。

 いや、赤ん坊の時にはおしめを変えてやったことだってあるくらいなのだ。

 それだけに、アースが冒険者に対して強い憧れを持ち、それ以上に英雄という存在に強い憧れを抱いているのも知っていた。

 だが……だからこそ、このままアースを冒険者として登録してしまえば、その命があっさりと奪われることになりかねないと心配してしまう。


「あのね、アース君。例え冒険者になったとしても、すぐに森に行ってモンスターを倒したりは出来ないのよ? 最初は一番下のランクHから始めて、村の中で行動する依頼をやりながらギルドの担当の人……この村だとグルペンさんに、アース君が村の外に出ても大丈夫だって教えないといけないの。分かる?」

「グルペンのおっちゃんに認めさせればいいんだろ、大丈夫だって。それに認められないと村の外に出られないんなら、別に俺が冒険者になってもいいじゃないか!」


 その言葉は事実だ。

 確かに現状のアースが戦闘力を認められるという可能性は低い。

 だが……


「アース君の場合、ギルドカードを発行すれば村を抜け出して森に行きそうなのよね」

「う゛っ! な、何だよ。そんなことないって。安心しろよリュリュ姉ちゃん!」


 咄嗟に言い繕うアースだったが、その表情は明らかに図星を突かれたものだ。

 それが分かっているからこそ、リュリュは首を横に振る。


「駄目よ。……大体、アース君が持ってるのはその短剣だけでしょ? 防具もなしに村の外に行かせるような真似……」


 絶対に許可出来ないわ。

 そう言おうとしたリュリュだったが、それを遮るように言葉が掛けられた。


「リュリュちゃん、アースの奴は幾ら言葉で言っても意味がないって」

「ツノーラさん」


 声の掛けてきた人物の名前を口にするリュリュ。

 三十代程の犬の獣人であり、口元にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 ランクEの冒険者で、この村でもそれなりに頼りにされている人物だ。

 ランクEというのは初心者のランクでしかないのだが、ルーフのような田舎の村に出てくるモンスターであれば大抵どうにか出来るだけの強さがあった。

 もっとも、モンスターを倒すだけで生活出来る程にモンスターが多い訳ではないので、どちらかといえば冒険者というよりも狩人といった方が正確なのだが。


「ツノーラのおっちゃん!」

「おっちゃん言うな! 俺はまだまだお兄ちゃんだ!」


 アースの言葉に、ツノーラが反射的に言い返す。

 十三歳のアースにしてみれば三十代というのは紛れもなくおじさんという認識なのだが、ツノーラ自身は決してそれを認めようとはしない。

 ……妻も子もいる身ではあるが、それでもおっちゃん呼ばわりというのは許容出来ないらしい。


「あー……折角森に連れて行ってやるようにリュリュちゃんに口を利いてやろうと思ったのになー。おっちゃん呼ばわりされて、ちょっとそんな気分じゃなくなってきたなー」


 ツノーラのいじけた言葉に、アースが慌てたように口を開く。


「な、何を言ってるんだよツノーラ兄ちゃん。ほら、俺を森に連れて行ってよ。俺なら大丈夫。この短剣があるから、どんなモンスターだってあっという間にやっつけてやるから!」


 何かの確信がある訳ではない。いや、それどころかアースはこれまできちんとした戦闘訓練を受けたことすらもなかった。

 精々が自己流の訓練で短剣を振り回していたくらいだ。

 だが、それでもアースはその訓練に自信を持っていたし、出てくるモンスターは本気で自分だけで倒せると思っている。

 子供故の慢心。

 それが分かっているからこそ、リュリュとしてはアースを森に行かせるような真似はしたくなかった。

 そんな真似をすれば、モンスターどころか猪のような野生動物に殺されてもおかしくはないと。

 リュリュの目に憂いの色が浮かぶが、ツノーラが安心させるようにリュリュに笑みを向ける。


「大丈夫だって。元々そんなに多くモンスターはいないんだし、出て来てもゴブリンくらいだろ? そのくらいなら俺でもこのガキんちょを守ってやれるからな」

「ガキって言うなよ! 俺だって今日で成人したんだぞ!」

「はいはい、そうだな。俺はちょっとリュリュちゃんと話を付けるから、向こうで果実水でも飲んでて待っててくれよー」

「果実水!? わ、分かった。じゃあすぐに来てくれよ!」


 果実水という言葉に、アースはあっさりと数秒前の自分の言葉を忘れたかのように酒場へと向かう。


「果実水ちょーだい! ツノーラのおっちゃんの奢りで!」


 そんな声が、ギルドの中へと響く。

 すると当然ツノーラにもその声は聞こえる訳で……


「アースの野郎……だから、誰がおっちゃんだ」

「あ、あははは。でもほら、アース君はまだ十三歳ですから」

「……リュリュちゃんは姉ちゃんだよな?」

「私だってまだ二十代です」


 ジトリ、とした視線をツノーラへと向けるリュリュ。

 その視線を受け、藪蛇だったとツノーラは話を戻す。


「とにかくだ。このままだとアースは多分勝手に村を出て行ってしまう。一応門の前に人がいるからって、抜け出す方法なんか幾らでもあるんだからな。それなら、アースが抜け出すよりも前に俺が一緒についていった方が、まだ安心だろ?」

「それは……そうですが……」


 ツノーラの言うことも分かるのだが、それでもリュリュとしてはアースのような子供を危険な目に遭わせるのは反対だった。

 だがツノーラが言っていることも事実。

 村の周りを囲むようにして壁は存在しているが、古くなっている場所もあり、そこから抜けだそうと思えば難しくはないだろう。


「大丈夫、大丈夫。いてもゴブリンとかコボルトくらいだろ? そういうのと俺が戦っているところを見れば、アースだって戦闘の怖さってものをきちんと実感するだろ。そうすれば、次からはモンスターの討伐に行きたいとか、そんなことは言わなくなるだろうし。それに……」


 酒場の方で果実水に目を輝かせているアースの姿を一瞥し、ツノーラは言葉を続ける。


「幸い、まだアースは冒険者に登録していない。なら、俺と一緒に森に行くのは規則違反って訳でもないだろ?」

「それはそうですけど……それでも危険ですよ。アース君はああいう性格ですし、森の中に入ったら何も見えない状態になってしまうんじゃないですか?」


 心の底から心配そうに告げるリュリュの耳は垂れており、それがリュリュの心配そうな様子を尚更現していた。


「リュリュちゃんの心配も分かるけど、今のうちにアースに森の怖さ、本物のモンスターの怖さって奴を教えておくのは絶対に必要なことだ。……な?」


 熱心に説得してくるツノーラの言葉に、やがてリュリュは仕方がないと頷きを返す。


「分かりました。確かにこのままだとアース君は一人で黙って森に行きそうですし」

「だな。いや、それどころか他のガキ共を連れていくかもしれないぞ?」

「……」


 その可能性は十分にあり、だからこそリュリュは黙り込むしかない。

 アースはその性格故にルーフでもガキ大将的な立場にいる。

 年下の面倒見も良いことから村の子供達に慕われているのは事実だが、同時に度々起こしてきた騒動はルーフを混乱に陥れもした。

 そんなアースだけに、もし絶対に村から出るなと言われれば一人で森へと向かう可能性は否定出来ず、更にはその時に他の子供達を連れていくという可能性は十分にある。


「……分かりました。けど、いいですね? アース君の安全を最優先でお願いします」

「ああ、任せておけって。……おーい、アース。森に行くぞ!」

「ええっ! う、うん、分かったぁっ!」


 酒場で果実水を飲んでいたアースは、ツノーラの言葉に嬉しそうに叫ぶのだった。

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