第56話
村の中で最初に盗賊がホーレンに斬り裂かれて地面に倒れるが、それを気にするような者はいない。
何故なら、現在村の中では盗賊達が大勢の村人を相手にしている為だ。
逃げ回っている村人がいれば、隠れている村人もいる。そして……当然ながら、略奪に反抗し、盗賊を倒そうという者もいる。
村の中には冒険者もいるし、元冒険者という者もいるのだろう。
それなりに村人達も盗賊に対して抗い続けていた。
もっとも、それもあくまでも今のうちだけだろう。
アースの目から見て、盗賊の数は十人を超えている。
あくまでもアースから見える範囲でそれなのだから、家の中で略奪をしている者がいることを考えると、その数は二十人……下手をすれば三十人に届くかもしれない。
それだけの人数を、ホーレン達五人――それもアースとニコラスはまだ新人冒険者で、足手纏いになりかねない状況――でどうにかしようというのだから、普通なら無理だと判断してもおかしくはない。
だが、今回は色々な好条件があったおかげで、それをどうにか出来る可能性があった。
まず第一に、最初に倒した盗賊もそうだが、相手は所詮村人だと侮っている為か単独行動をしている点。
盗賊という存在だと考えれば当然なのかもしれないが、そのおかげで現在アース達は盗賊達を見つからないように倒していくことに成功する。
「ふっ!」
短い吐息と共に放たれたイボンの槍が、家の中を荒し回っていた盗賊の背中を貫く。
動きにくくなるのを嫌ってか、それとも単純にそれだけの金銭的な余裕がなかったのか、鎧の類を着ていないというのはこの場合致命的だった。
「がっ!」
突然の衝撃に、気が付けば自分の胸からは槍の穂先が突き出ている。
それを確認し……だがそこで盗賊は力尽き、意識が消えていく。
「よし、この家には他にいないな?」
ホーレンの言葉に家の中を警戒していた全員が頷き、次の家へと向かう。
「きゃあああああっ! 止めて、止めて下さい! 離してぇっ!」
一軒の家に近づくと、そんな悲鳴が聞こえてくる。
ホーレン達にとっては……いや、アース以外の全員にとって、中で何が行われているのかというのは明白だった。
「っ!? 行くぞ!」
切羽詰まった様子で叫ぶホーレンが、アースを含む全員の返事を聞かずに家の中へと突入する。
そして家の中に入ったホーレン達が目に入ったのは、まだ若い……十代半ば程の少女が、盗賊にのし掛かられている光景。
少女の服は破けており、上半身は肌が露わになっている。
両手を盗賊に掴まれている為か、胸を隠すことも出来ていない。
決して美人とは言えないが普段は愛嬌よく笑っているのだろう少女の顔は、現在これから自分に起こることを理解し、涙が流れていた。
頬が赤くなり唇が切れているのは、盗賊の手によるものだろう。
「へっへっへ、ほら、大人しく天井の染みでも数えてろ。そしたらすぐに終わるからよ」
目の前の少女の身体に夢中になっている為だろう。盗賊の男は、家の中にホーレン達が入って来たのにも気が付かず少女の胸を弄ぶ。
あるいは、この状況で家の中に入ってくるのだから、もしかしたら仲間の盗賊だと思っていたのかもしれない。
……そんな盗賊は、少女のスカートへと手を伸ばしそうとしたところで……頭部にチャリスの槌が叩きつけられて命を失う。
「がぺ」
奇妙な声を上げ、頭蓋骨を砕かれた盗賊はそのまま床へと倒れ込む。
少女の身体に倒れなかったのは、運が良かったからだろう。
「大丈夫か?」
「え? あ、はい……その……」
言葉を濁したのは、ホーレン達の全員が見覚えのない相手だったからか。
護衛の仕事はそれなりにやっており、ホーレンも以前何度かこの村には来たことがある。
だが、その時に目の前の少女とは会ったことがなかったのだろう。
「俺達はディブリの護衛だ。この村に向かっている途中で煙が幾つも見えてな。それで恐らく何かあるだろうと思って、俺達がやってきた」
「ディブリさんの!?」
手で胸を隠しながらも、顔見知りの商人の名前が出たことで少女の顔には安堵の色が浮かぶ。
「ああ。今は村の外で隠れているけどな。それで、盗賊達について何か知ってることがあったら教えてくれ。何人いるのかとか、率いている奴はどんな奴なのか、とか」
「あ、えっと……人数は三十人いないくらいだと思います。率いているのは、顔に幾つも傷がある身体の大きな男でした。グレートソードを持っていたみたいで、それを振り回して……」
言いづらそうにする少女。
「その……村の人を……」
少女が何を言いたいのか分かったホーレンが、そっと首を横に振る。
「それ以上は言わなくてもいい。それより、俺達はこれから盗賊を倒しにいくから、お前はどこかに隠れてるんだ。この家がお前の家なんだろ?」
ホーレンの落ち着かせるような言葉に、少女は小さく頷く。
普段は乱暴な言葉遣いをしているホーレンだったが、今は相手を思いやるような優しい言葉遣いだ。
そんなホーレンの言葉に、少女はその場から去って家の奥へと向かう。
恐らくそこには隠れる場所があり、また着替えがあるのだろう。
年頃の少女として、上半身が裸の状態でいつまでもいたくないと思うのは当然だった。
それを見送ったホーレンは、数秒前の優しい言葉遣いは何だったのかと思ってしまうくらいに険しい顔になる。
「よし、行くぞ」
その声に皆が……それこそアースまでもが顔を険しくしながら頷き、次の盗賊を倒す為に向かう。
ガキ大将のアースにとって、弱い物を苛める相手というのは絶対に許せることではない。
思わず弓を握る手に力が入り……
「ポルルル」
そんなアースの左肩で、落ち着けといった風にポロが鳴く。
「ポロ、お前……」
「ポロロ」
アースが落ち着いたというのを見て取ったのだろう。ポロは長い尻尾でそっとアースの顔を撫でる。
「悪いな、ポロ。もう大丈夫だよ」
弓を持っていない方の手でそっとポロを撫で、先に進み自分を待っているホーレン達へと追いつく。
ホーレンもアースの様子に不安なものを感じていたのだろうが、それでもポロとのやり取りで若干落ち着いたのを見て、改めて視線を村の方へと……まだ盗賊がいるだろう方へと向ける。
そしてホーレンに率いられたアース達は、家沿いに進みながら家の中にいる盗賊達を次々に殺していく。
その全てを行ったのはホーレン達三人で、アースとニコラスの二人はただ三人にくっついているだけだった。
だが、それもある意味では仕方がない。
ニコラスは室内での戦いには慣れておらず、下手をすれば振るった長剣により家の中の物を壊して盗賊達にホーレン達の存在を教えてしまう可能性がある。
そしてアースの武器は弓であり、今のところ離れた相手を狙うようなことはなかった。
一応アースの場合は短剣も持ってはいるが、弓に比べるとアースの近接戦闘の才能は皆無と言ってもいい。
だからこそ、狭い場所での戦いも慣れているホーレン達が戦ってきたのだが……
「アースの出番だな」
ホーレンがそう告げ、他の者達も同感だと頷く。
家が建っている順番に盗賊達を倒してきたアース達だったが、十人近い盗賊を倒したところで家が建っている場所が終わりを告げたのだ。
勿論少し離れた場所には家がまだ何件も建っているのだが、そこに向かうには村の中でも比較的大きな道を遮らなければならない。
そして道の途中には何人もの盗賊の姿がある。
つまり、どう移動しても盗賊にはほぼ確実に見つかってしまうのだ。
「いいか? あれだけの人数がいれば、今までみたいに盗賊達に知られないように数を減らしていくのは難しい。……いや、時間を掛ければ可能かもしれねえが、今はその時間がない」
ホーレンの言葉にアースが頷く。
こうしている今も、盗賊達は村からの略奪を行っているのだ。
幸い盗賊達はその略奪に集中している為か、自分達の仲間が殺されているというのには全く気が付いていない。
だが、道にいるのは一人ではなく数人の盗賊達だ。
であれば、その中の一人を殺した時点で騒ぎになるのは明白だった。
「アース、あの中の誰か一人でいい。最初にそいつを狙え。一撃で仕留めることが出来れば最善だが、そこまで無理は言わねえ。とにかく、俺達が近付くまでの時間を稼げ」
「うん、分かった」
「……お前の腕を信用してない訳じゃねえが、俺達に当てるような真似はするなよ」
自分達に当てるなと言われたアースは、当然と頷きを返す。
まだ弓を使い始めてから、あまり時間が経っていないのは事実だ。
だがそれでも、多少なりとも弓の扱いには自信があった。
だから大丈夫だと、そう自分に言い聞かせるように頷き……アースは背中の矢筒から矢を取り、弓に番える。
そしてキリリと小さな音と共に弦が引かれ……
「やれ」
ホーレンの短い言葉と共に、矢から手を離す。
瞬間、放たれた矢は真っ直ぐに空気を斬り裂きながら盗賊達へと向かって飛んでいく。
盗賊達は、地面に座ってさどこかの家から奪ってきたのだろう酒を飲みながら笑い声を上げており、とてもではないが自分達が攻撃をされるとは考えていなかったのだろう。
アースが放った矢は、そのまま命中するのが当然のように、盗賊の一人の頭へと突き刺さる。
「あが?」
最初盗賊は何が起きたのか理解出来なかっただろう。
だが、痛みを感じずに生を終えたのだから、それは寧ろ幸せだったのかもしれない。
その幸せな盗賊が地面へと倒れるのを見た他の盗賊が村人の反撃だと判断して、手にした武器を構え……
「おらぁっ!」
アースが矢を射った瞬間、それこそ放たれた矢の如く盗賊達へと向かって突っ込んだホーレンが、長剣を振るう。
盗賊達が武器を構えるよりも早く振るわれたその一撃は、容易に盗賊達の命を奪い、それを確認するまでもなく再度長剣を振るう。
そしてイボンとチャリス、ニコラスの三人も盗賊達の中へと突っ込み、己の持つ武器を振るう。
アースは一人離れた場所から矢を射って、ホーレン達から離れた場所にいる盗賊を狙う。
そんな真似をしていれば、当然ながらアースの姿は目立つ。
離れた場所から弓で援護しているアースに気が付いた盗賊の何人かが近付いてくるが……
「ポルルルル!」
ポロの放つ電撃により、その場に倒れ込む。
そうして気が付けば、その場にいた盗賊達は全員が地面に倒れていたのだった。
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