第40話
ローズを助けた報酬として弓を貰ってから数日……アースはギルドから正門へと向かって歩いていた。
いつもの革の胸当てに、腰には短剣の入った鞘。そして左肩にはポロ……と、ここまではアースがシュタルズにやってきた時と大して変わらないのだが、その背に弓と矢筒があるが唯一の違いだろう。
アース自身は未だに英雄となるべく頑張っているのだが、アースがなりたいと思っていたのは弓で戦う英雄ではなく、長剣や槍といった武器で戦う英雄だ。
勿論弓で英雄となった人物もいるのだが、どうしても派手さという意味では長剣や槍を持った英雄に劣ってしまう。
また、数の面でも弓を武器にしている英雄というのは圧倒的に少なかった。
街を歩きながら、ふと自分の進んでいる方向が当初理想としていたのとはまるっきり違っているのに、少しだけ気落ちしてしまう。
(でも……才能が、な)
自分が近接戦闘において全く才能がないというのは、今までの経験から嫌でも分かっている。
だが……そんな近接戦闘に比べ、弓に関しての才能はそれなりにあると弓を使っている先輩の冒険者達から言われてもいた。
(まぁ、ある程度であって、天才的とかじゃないんだけど)
それでも短剣や長剣のような近接戦闘用の武器に比べれば、才能があるというのは嬉しいし、何よりアースも日々弓の腕が上がっているのを確信出来た。
そろそろ実戦で弓を使っても問題がないとメロディやサニスンに言われ、ゴブリンを討伐する為に依頼を受け、街の外へと向かっていたのだ。
「ゴブリンなら俺とポロだけでも何とか出来るだろうし。……な?」
「ポルルル!」
アースの言葉に、ポロが任せてと喉を鳴らす。
実際、ポロは今までアースと共に何度かゴブリンを倒した経験を持っている為、その自信は決して偽りのものではない。
(ジャンプマウスも……いたけどな)
ふと、脳裏に自分に懐いていたジャンプマウスの姿が過ぎる。
そしてあの時に助けることが出来なかったという思いで、より自分が強くなる必要があると決意を固めていた。
そんなアースの様子を、ポロも感じたのだろう。喉を鳴らしながら、慰めるようにアースの顔へと身体を擦りつける。
そのくすぐったさに笑みを覚えつつ、シュタルズから外へと出ると以前ジャンプマウスの一件があったのとは別の方へと向かって歩き始めた。
周囲の景色を見ながら、同時にモンスターがいないかを確認しながら進むこと、三十分程。
まだシュタルズからそれ程離れてはいないが、それでも街道から離れているということもあって人の姿はない。
(聞いた話だと、俺みたいな初心者の冒険者が時々腕試しとかで来てるって話だけど……幸いと言うか、今はいないみたいだな)
周囲に誰もいないのは、アースにとっても幸運と言えた。
誰もいないということは、自分が危なくなっても助けてくれる人がいないということでもあるのだが、弓の練習をする以上は矢があらぬ方へと飛んでいく可能性もある。
「それに、ゴブリンとかがいても俺だけを狙って襲ってくるってことだし。……一匹二匹ならどうとでもなるんだけど」
少しだけ不安を感じながらも、アースは周囲を見回す。
すると、まるでそのタイミングを待っていたかのように一匹のモンスターが姿を現した。
「キュキュッ!」
……そう、先程アースの脳裏を過ぎった、ジャンプマウスが。
敵を見つけたと思ったのだろう。真っ直ぐにアースの方へと向かってきたジャンプマウスだったが、やがてその距離が近づくと次第に足が緩み始める。
「キュウ? キュキュ?」
何だろう。何かおかしいな。……そんな風に戸惑った様子を見せるジャンプマウスに、アースは当然のように弓を構えることは出来ない。
自分に懐いていたジャンプマウスを殺してしまったのは、アースにとっても一種のトラウマに近いものになっている。
もしジャンプマウスが襲い掛かって来たのであれば話は別だったが、こうして戸惑いながら……それでもやがて怖ず怖ずとではあるが、自分の方へと向かって近寄ってきくれば、攻撃出来る筈もなかった。
「あー……うん、まぁ、どうでもいいや。取りあえず俺のやることに邪魔をしないでくれれば、そうしてくれててもいいから」
アースの臭いを嗅ぐようにしているジャンプマウスを一瞥すると、これ以上何を言っても無駄だろうと判断して、改めて敵を探す。
だが、今日この時に限っては……一面の草原に全くモンスターの姿は存在しない。
(もしかして、俺が来る前に誰かがモンスターを倒していったのか?)
そんな疑問を抱き、改めて自分に懐いているジャンプマウスへと視線を向ける。
シュタルズの周辺では最弱に近いモンスターがジャンプマウスだ。
そのジャンプマウスがこうしているということは、全てのモンスターがやられた訳ではないのだろうと判断出来た。
「だとすれば、ゴブリンだってまだ生き残っている可能性は高いよな」
ゴブリンも、ジャンプマウス程ではないしろこの辺りでは弱いとされているモンスターだ。
ジャンプマウスが生き残っているのだから、当然のようにゴブリンも生き残っているだろう。
そう判断していると、左肩の上にいたポロが地面へと飛び降りてジャンプマウスと何か話しているのが見る。
以前にも見た光景だな、と。
小さく笑みを浮かべていると、不意にジャンプマウスがアースの側から離れていく。
「うん? どうしたんだ? もう行くのか?」
そう尋ねても、当然アースの言葉を理解出来ないジャンプマウスが何か態度で示す訳もない。
モンスターだというのに全くアースを警戒せずに近づき、懐いていたジャンプマウスは、そのままアースから離れて走り去っていく。
弓を手にしながら、アースはつい先程までジャンプマウスに声を掛けていたポロへと視線を向け、声を掛ける。
「なぁ、ポロ。お前あのジャンプマウスに何かしたのか?」
「ポロ? ポルルルル!」
アースの言葉に返ってきたのは、何故か上機嫌なポロの鳴き声。
どこか自慢するような態度で、地上からアースを見上げていた。
そんなポロの姿を見て、以前に別のジャンプマウスではあるが何をしたのかを考えれば、ポロが何をしようとしているのかが何となく理解出来た。
「ポロ、お前……もしかして、ゴブリンを連れてくるように頼んだのか?」
「ポロロロロ!」
アースの言葉に、再度自慢げな鳴き声を上げるポロ。
そんなポロを見ながら、アースは弓を片手に矢筒から矢を一本抜く。
腰にしっかりと短剣の収まっている鞘があるのを確認して、暫く待つ。
既に夏ではあるが、午前中も早い時間帯ということもあって、まだ涼しい。
爽やかな夏らしい空気……と呼んでも間違ってはいないだろう。
(ルーフにいた時なら、この時間帯は大抵畑の手伝いをしてたんだけどな)
雲一つ存在しない夏らしい空を見上げながら、アースは数ヶ月前と今の自分の差に苦笑を浮かべる。
(そう言えば、ローズ……そろそろ自由に動けるようになったのかな? いつまでも家の中に閉じ込められっぱなしってのは、可哀相だし。……まぁ、だからって俺に何か出来る訳でもないんだけど)
少し前に一緒に街の中を走り回った友達の姿を思い出すアースだったが、すぐに溜息を吐く。
冒険者であり、テイマーという珍しい才能を持っているとしても、結局はただの平民にすぎない。
侯爵令嬢のローズとは幾ら会って一緒に遊びたいと思っても、会える筈がなかった。
若干落ち込んでいたアースだったが、不意に聞き覚えのある鳴き声が聞こえてくるのに気が付く。
「キュキュキュキュ!」
鳴き声を上げながら自分の方へ向かって走ってくるのは、先程自分に懐いていたジャンプマウスだ。
その背後からは、アースが予想した通りにゴブリンが木の枝を折って作ったと思われる棍棒を持って追いかけてきていた。
「よし!」
予想通りにジャンプマウスがゴブリンを誘き寄せてきてくれたことに、アースの口から嬉しそうな声が上がる。
弓に矢を番え、そのまま引き絞っていく。
弓の弦がギリギリとなる音がしてくるが、元々アースの力は強くない。
いや、同年代の子供達に比べれば強い方に入るが、冒険者という括りの中で見れば最底辺に近いだろう。
そんなアースが引く弓でも、きちんと弦からそんな音が聞こえてくるのがアースには嬉しかった。
これまでにも弓の練習はそれなりにやっているのだが、嬉しいものは嬉しいのだ。
「ポルルル!」
アースの足下で、ポロが鳴き声を上げる。
頑張ってと言われているように思えたアースは、唇だけを曲げて笑みを浮かべる。
そうして改めて自分の方へと向かって真っ直ぐに走ってくるゴブリンの方へと視線を向けると、そのゴブリンは既にジャンプマウスには目もくれず、真っ直ぐにアースを睨み付け、より食い応えのある獲物の方へと向かってきていた。
以前にも同じようなことがあったような……と思いつつ、アースはしっかりとゴブリンを狙う。
ジャンプマウスもそのままアースの方へと向かって走っているのだが、幸いジャンプマウスはゴブリンのように背が高くはない。
その名前の通り、アースが弓を射った瞬間にジャンプをされれば、下手をすれば矢がジャンプマウスに突き刺さる可能性もある。
だから出来ればジャンプマウスには進行方向を変えて欲しかったのだが……ジャンプマウスの方も、アースに褒めて貰いたいのだろう。真っ直ぐ速度を緩めずアースの方へと走り続けていた。
弓を使った訓練はこれまでにも何度も重ねてきた。
だが、こうして生きているモンスターを相手に弓を引くのは初めてであり、それだけに弓を引く手も緊張で震える。
(落ち着け。ゴブリンはこれまでに何回も殺してきただろ? なら、出来る。俺なら……出来る)
考えの途中で意識を集中し、じっと自分に近づいてくるゴブリンを見る。
そうして意識がゴブリンだけに集中し、それ以外の何も見えない状態になった瞬間、番えていた矢を離す。
本来であれば、標的だけに意識が集中しているというのは決していいことではない。
冒険者という仕事をしている以上、常に他からも攻撃される可能性を考えておかなければならないのだから。
それでもポロという相棒がいる安心感や、初めての弓による実戦ということもあってか、アースの視線はゴブリンだけを見据えていた。
弓から放たれた矢は、真っ直ぐに空を飛び……
「ギィッ!?」
ゴブリンの左脇腹へと突き刺さる。
悲鳴を上げながら地面へと転んだゴブリン。
一撃で仕留める訳にはいかなかったが、今はこれで十分! と、アースは短剣を持ってゴブリンの下へと向かう。
そう言えば、短剣で殺すのに比べてあまり嫌な気分にはならなかったな……そう考えながら。
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