第22話

「うーん、なぁ、ポロ。今日はどうする? やっぱりゴブリンの討伐依頼を受けるか?」

「ポロー……ポルルルゥ」


 その言葉に、ポロはいつも通りアースの左肩の上で小首を傾げる。

 ポロにとっては、アースがどんな依頼を受けようとも全く構わないのだろう。

 実際昨日のゴブリンもポロが放つ電撃を一撃食らっただけで動けなくなったのだから、ポロが自信満々なのは当然だろう。


「何だよ、もう少し協力してくれたっていいだろ?」


 そう言いながらも、アースはポロの頭を軽く撫で、改めてこれからどんな依頼を受けるかを考える。

 ジャンプマウスは自分に懐いてくれたが、それはあの個体だけなのか。それとも他のジャンプマウスも自分に懐くのか。

 ゴブリンも、シュタルズに来る時に遭遇した個体と、昨日の個体。その二匹が偶然自分に懐かなかっただけなのか、それともゴブリン全てがそうなのか。

 完全にテイマー一本でやっていくつもりはなかったアースだったが、それでも自分でも分からないテイマーとしての才能があるというのであれば、その辺を明らかにしておきたいという思いはあった。


(出来れば戦士としての才能の方があって欲しかったんだけど)


 そう呟きながらも、アースは自分がそれ程戦士として優秀でないとういうのは薄々理解していた。

 それは、街の外の依頼をこなせるランクGへとランクアップする時の試験でも感じていたことだったが、シュタルズに来てから毎朝欠かさずに行っている短剣の練習でも、自分が思うように身体を動かしたり出来ないと実感してしまう。

 ビルシュの動きを思い出して参考にしてはいるものの、到底同じように動けているとは思えなかった。

 そんなビルシュより格上のリヴの動きにいたっては、とてもではないが再現出来る自信がない。


「あー……そうだな。テイマーの件も少し気になるけど、今は俺が強くなることを考えなきゃな。そうすれば、いつかきっと俺もああいう風に戦えることになるだろうし。……ゴブリンの討伐だな」

「ポロ!?」


 何でそうなるの!? とポロの口から驚きの声が上がる。

 たった今、自分が強くなるのを優先すると言っていたのに。何故ゴブリン討伐? と。

 だが、そんなポロにアースは勝ち誇った笑みを浮かべて口を開く。


「いいか、ジャンプマウスを倒すのは俺には無理だ」


 ……その言葉に反応した者がいたのだが、アースはそれに気が付かないまま言葉を続ける。


「でも、ゴブリンなら昨日の件を考えると、多分真っ先に襲ってくる。テイム出来るかどうかは分からないけど……いや、多分無理だろうし、何よりゴブリンは人型だから、そっちに慣れる必要もあるんだよ」


 喋りながらアースの脳裏を過ぎったのは、前日にゴブリンの頭部へと短剣を振り落とした時の感触。

 それを思い出すと、妙な気分になる。

 怖い……というのとは違うのだが、何となく嫌だという、そんな感触。

 それは人のような姿をしているゴブリンを殺すということに対する忌避感なのだが、アースにその実感はない。

 忌避感と言っても、このエルジィンという世界で暮らしている以上、モンスターは殺すべきものと小さい頃から教えられて育てられている為だ。

 それでも忌避感を完全になくすことが出来ないのは、田舎で平和に育ってきたということもあるが、元々の気質も関係してるいるのだろう。

 だが、そんな思いを抱いたままでは英雄になるどころか、冒険者としてやっていけるかどうかも怪しい。

 そう考えたアースは、まずは少しずつでも慣れていく必要があると判断する。


「ライリー姉ちゃん、ゴブリンの討伐依頼を受ける!」


 いつものようにライリーのカウンターへと向かい、そう告げるアース。

 それを見たライリーは、少し躊躇ったもののすぐに頷く。


「そうね。昨日もきちんとゴブリンの討伐証明部位を持ってきたし、アース君なら多分大丈夫でしょ。……でも、いい? ゴブリンに勝てるようになったからって、決して油断しちゃ駄目よ?」


 そこまで告げると、アースを手招きしてその耳に小声で囁く。


「いい? アース君がゴブリンに勝てたのは、その子……ポロのおかげなんでしょ? アース君は以前よりも劇的に強くなっているって訳じゃないんだから、絶対に油断したりしたら駄目よ? 冒険者なんてのは、生き残ってこそ意味があるんだから」

「分かってるって。大丈夫、大丈夫。俺も無理はしないから」


 そう告げるアースには、つい先程ゴブリンをその手に掛けた感触に悩んでいた様子は既にない。

 良くも悪くも、切り替えが早いのがアースの特徴だった。

 そのまま依頼書を受理して貰い、アースはそのまま外へと向かおうとして……


「お、アース。お前もこれから依頼か?」


 不意に声が掛けられる。

 聞き覚えのある声に視線を向けると、そこにはアースと共にランクGになる為の試験を突破した、ニコラス、フォクツ、メロディ三人の姿があった。


「ああ、今はまだ弱いモンスターしか倒せないけど、少しでも強くなる必要があるからな。俺は……」

「英雄になる、だろ?」


 アースの言葉を横から奪い、ニコラスが告げる。

 それに少し不機嫌そうになりながらも、アースは口を開く。


「それで、ニコラス達はどうしたのさ。やっぱり討伐依頼とか?」


 自分と同じ日にランクG冒険者になったのだから、モンスターの討伐依頼を受けているのだろうと思って尋ねたアースだったが、それに戻ってきたのは首を横に振る否定という行為だった。


「いや、生憎と討伐依頼はまだ一回しか受けてないんだ。ちょっとそれで手こずってしまってな」

「それで、少し訓練してたのよ」


 ニコラスの言葉にメロディが続ける。

 その表情には苦々しい色が浮かんでおり、現状に不満を抱いているというのは間違いなかった。


「ふーん……どんなモンスターに苦戦したんだ? お前達が苦戦したってんだから、相当に強力なモンスターなのか? まさか、ランクEモンスターとか、ランクDモンスターとか言わないよな?」

「とんでもない。俺達が苦戦したのは、ジャンプマウスだよ」

「……あの素早さは厄介だった」


 フォクツがしみじみとした言葉でニコラスの言葉に同意する。


「ジャンプマウス? え? 本当に?」


 アースにとってジャンプマウスとは、自分に懐いてくれる物好きなモンスターだった。

 だが、それだけにニコラス達が手こずるというのが信じられない。

 もっとも、自分に懐いているジャンプマウスが殺されるというのも当然いい気分はしないのだが、それでも自分にはテイマーの才能があるからと考えれば、不満を口に出す訳にはいかない。

 テイマーの能力を持って冒険者を続ける以上、どうしたってこれから同じような気持ちは何度となく抱くことになるのだろうから。


「アースがそういう風に言うってことは、もしかしてアースはジャンプマウスを倒せたのか?」


 ニコラスが羨ましそうに告げ、それにメロディが驚きの表情を向ける。

 寡黙なフォクツもそれは同様だった。

 ニコラス達は当然アースがどのくらいの技量を持っているのかを具体的に知っている。

 一緒に訓練を重ねてきたし、模擬戦も何度もやってきた。

 だが……その模擬戦でのアースの勝率は決して高くはない。

 メロディと戦った場合、十回中三回勝てればいい方だし、それはフォクツも同様だった。

 ニコラスとの模擬戦となると、十回戦って一回勝てればいい方という有様なのだ。


「あ、もしかしてポロの力だったりするの?」


 メロディがふと思いついたように、アースの左肩に乗っているポロへと視線を向けながら尋ねる。

 ポロのおかげだというのも、あながち間違ってはいない。

 ジャンプマウスがアースに懐いているのは事実だが、アースに懐いているモンスターとしてより上に立っていたのがポロなのだから。


「うーん、そんなような、違うような……まぁ、色々とあるんだけど。……簡単に言えば」


 ふと、アースは一旦そこで言葉を止めて周囲を見回す。

 だが冒険者として街の外に出られるようになったばかりのアース達に意識を向けている者がいる筈もなく……それを確認してから、アースは口を開く。


「実は、討伐依頼を受けて倒そうと思ったんだけど……」

「だけど?」


 メロディが先を促す。

 ニコラスとフォクツの二人もそれは同様で、声には出していないが興味深そうにアースの方へと視線を向けていた。

 そんな視線を向けられたアースは、周囲に聞こえないようにそっと口を開く。


「懐かれた」

『は?』


 色々と性格の違う三人だったが、その声は奇妙な程に揃っていた。


(だよなぁ……)


 そんな三人の様子を見て、この反応が普通なんだよなとつくづく納得してしまうアース。


「えっと、その……懐かれたって、ジャンプマウスに?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてくるメロディに、アースは頷く。


「うん。討伐依頼を受けて、ジャンプマウスを倒すぞーって思って街の外に出て、ジャンプマウスを見つけたと思ったらすぐに」

「テイマーの素質があるってのは、ポロで分かってたけど……うーん、こういうのって何て言えばいいのかしら。……うん? でも、ちょっと待って。じゃあ、どうやって討伐証明部位の尻尾を? もしかして……」


 自分に懐いてきたモンスターの尻尾を切断したのか。

 そう言おうとしたメロディだったが、すぐに内心で首を横に振る。

 アースとの付き合いはそんなに長い訳ではないが、それでもそんな真似が出来る相手ではないというのはよく分かっていた為だ。

 ならどうやって討伐証明部位の尻尾を手に入れたのかと言われれば、メロディは理解出来なかったが。

 それはニコラスとフォクツもまた同様だった。

 そんな三人に向かい、アースはどこか少し恥ずかしそうに口を開く。


「実は、俺に懐いたジャンプマウスがどこからか持ってきたんだよ。……多分、他のモンスターに食われた別のジャンプマウスの死体から持ってきたんじゃないかと思うんだが」

「……それは、また……」


 アースの口から出た言葉は、三人にとっても完全に予想外の言葉だった。

 目を見開き、何故かアースの左肩にいるポロへと視線を向ける。

 

「いや、尻尾を取ってきたのはポロじゃなくてジャンプマウスなんだけど」

「あー、いや、うん。それは分かってるんだけど、ついね」


 メロディが苦笑を浮かべながら告げる。

 そんなメロディの様子に、ポロは小首を傾げるだけだ。

 そのまま数分程話したアース達だったが、これから依頼を受ける以上はここであまり時間を潰しては不味いと、素早く話を切り上げる。


「俺は早速ゴブリンの討伐に行くけど、そっちはどうする?」

「悪いけど、まだ完全に準備を整えた訳じゃないんだ。そっちを済ませる必要がある」


 残念そうなニコラスの言葉に、アースは頷いて口を開く。


「分かった、じゃあお互い頑張ろうな」

「ああ。今日こそ俺達もジャンプマウスを倒してみせる! ……アースの話を聞いた後だと、少しやりにくいけど」


 ニコラスの言葉にお互いに笑みを交わし……その場で別れ、それぞれが自分の依頼をこなすべく行動を開始するのだった。

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