第23話

「ギャギャギャギャ!」


 友好的に話し掛けたアースに対し、ゴブリンが返してきたのは錆びた短剣による一撃だった。

 以前のゴブリンが持っていた棍棒よりは間合いが短いが、刃物である短剣は先端が尖っており、殺傷力という意味では木の枝を折っただけの棍棒よりも上だった。

 その上、短剣の刃は錆びており、そんな刃で怪我をすれば普通に怪我をするよりも酷いことになるだろう。


「ポルルルル!」


 錆びた短剣を振りかざして近づいてくるゴブリンを見ると、アースの左肩のポルが鋭く鳴く。

 同時にポルの身体から一条の紫電が空を走り、回避する暇も与えずにゴブリンへと命中する。


「ギャ!?」


 電撃の痛みに悲鳴を上げるゴブリン。

 痛み以外にも身体が痺れて動けなくなり……


「キュウッ!」


 そんなゴブリンへと向かって、シュタルズを出てから数分もしない内に合流してきたジャンプマウスが叫んで突っ込んで行く。

 ジャンプマウス唯一にして最大の攻撃方法である、体当たり。


「ゴゲッ!」


 電撃のおかげで身体が痺れ、回避出来ないゴブリンはその体当たりをまともに鳩尾へと食らい、咳き込みながら地面へと踞る。


「えー……いや、ちょっと。俺の出番は?」


 本来であれば、自分の持つ短剣でゴブリンと戦いをするつもりだったアースだが、何をするでもないままにポロとジャンプマウスに連係攻撃でゴブリンはほぼ無力化されてしまった。

 勿論死んだ訳ではないが、それでも自分の役目が鳩尾を攻撃されて無力化したゴブリンに最後の一撃を与えるだけというのは、今一つ納得がいかない。

 アースは自分の技量を高めたかったのであって、既に戦闘力をなくしたゴブリンを殺したい訳ではない。


「キュウ!」

「ポルルル!」


 ジャンプマウスとポロが、それぞれに鳴き声を上げながらお互いの戦果を喜び合っていた。

 ……正確にはどうにか分からなかったが、少なくともアースにはそんな会話をしているようにしか見えない。


「えー……えー……えー……」


 そう言いつつも、まさか半ば無力化されているとしてもゴブリンをそのまま放って置く訳にもいかず、短剣を構える。


(ゴブリンを殺すことに、命を奪うことに慣れるって意味だといいのかもしれないけど……それでもやっぱりちょっと……)


 複雑な思いを抱きつつも、アースは短剣を握り締めてゴブリンの頭へと振り下ろす。

 肉を裂き、骨を砕き、その内部にある脳を破壊する感触が短剣を通じてアースに伝わってくる。

 慣れないその感触に、どうしてもアースは嫌悪感を抱いてしまう。


(ルーフで動物を絞めるのとかは手伝ったことあったんだけどな……)


 豚のような大きな動物はやらせて貰えなかったが、鶏を絞めるのは何度かやったことがあった。

 小さい時から両親や村人が絞めるのを見ていたこともあってか、特に嫌悪感のようなものはなかったのだが……ゴブリンを相手にした場合は、嫌悪感……もしくは忌避感とでも呼ぶべきものに襲われる。

 やはり人型なのが関係してるのだろう。

 一瞬暗くなりそうな心を、慌てて横に振る。


「キュウ?」

「ポロロロー?」


 そんなアースの様子を、ジャンプマウスとポロは心配そうに見つめていた。


「いや、何でもない。気にするなって。それより、次からは……」

「ポルルルッ!」


 アースが何かを言おうとしたのを、遮るようにポロが鋭く鳴く。

 何かあったのかと、ポロの視線を追ったアースが見たのは、三人の人影だった。

 その三人という数に、一瞬ニコラス、フォクツ、メロディの三人ではないかと思った。

 ジャンプマウスと戦う準備をしてから討伐依頼に出掛けると、そう言っていたのを思い出したからだ。

 つまり、ジャンプマウスと友好な関係を築いているアースから、ジャンプマウスの生態を聞こうとしたのではないかと。

 だが……ポロがニコラス達に対して、ここまで鋭い鳴き声を上げるというのもおかしい。

 そう思ったアースが改めて視線を三人に人影に向けると……そこにいたのは見覚えのある人物ではあるが、それもいい意味での見覚えではなく、悪い意味での見覚えだった。

 以前、ニコラス達と一緒にいる時……それこそ、アースがランクG冒険者としてやっていけるようになった日に、絡んできた二人。

 残る一人、弓を持っている人物はアースも初めて見る顔だったが、それでも以前絡んできた件や、何より口元に浮かんでいる下卑た笑みを見れば友好的な存在ではないというのは明らかだった。


「っ!?」


 嫌な……そう、とてつもなく嫌な予感がして、心臓が破裂しそうな程に鳴っているのが分かる。

 以前に絡まれた時、その二人……マテウスとラモトが自分に何と言っていたのかを思い出した為だ。

 未知のモンスターであるポロを自分達に寄越せと、そう言っていたのだ。

 その時はギルドの教官がやってきて有耶無耶になったが、それで諦めたのかと言われれば、答えは否だろう。

 慌てて周囲を見回すアースだったが、周辺に他の人の姿はない。

 当然だろう。ジャンプアースと戯れている光景や、もしかしたらゴブリンをテイムする光景を他の者達に見られる訳にはいかなかったのだから。

 テイマーという才能が稀少である以上、どうしたってアースの秘密を探ろうとする者はいる。

 中には、その秘密を誰か他の者に売ろうとする者すらいるかもしれない。

 そう考えれば、人の少ない場所で活動するのは当然だった。

 ……もっとも、その結果こうして危機に陥っている訳だが。

 周囲に人の姿がないということは、誰からも助けては貰えないということだ。

 つまり、下卑た笑みを浮かべて近づいてきている三人への対処はアースだけでやらなければならない。


(逃げるか?)


 それが一番手っ取り早い方法ではあったが、それでも自分の身体能力は決して高くないとアースは知っている。

 逃げようとして体力を消耗し、息を切らせてマテウス達とやり合えるかと言えば、答えは否だ。

 万全の状態であっても自分の方が圧倒的に不利なのに、その上更に自分から不利になるような自殺行為をしようとは思えない。


(ポロの電撃があれば、一人は何とかなると思う。それで相手が混乱したところで逃げるしかない、か?)


 アースの正直な気持ちとしては、正面からあの三人を倒してやりたい。

 だが、今の自分の技量でどうにか出来るのは、どう頑張っても一人……奇跡が起きて二人といったところだ。

 ポロが電撃を放つというのは以前に見せている以上、本当にその電撃で相手が混乱するかというのも疑問だった。


(くそっ、マテウスとラモトの二人なら何とかなったかもしれないのに、何だって他に一人増えてるんだよ)


 苛立たしげに呟くアースだったが、そんなアースを嘲笑うかのような態度でマテウス達はアースの前で動きを止める。


「よう、ガキ。約束通りお前のそのモンスターを貰いに来てやったぞ」


 マテウスの、自分の命令に従って当然と言いたげな態度に、アースは反射的に言い返す。


「ポロをお前達にやるなんて約束、してないだろ!」

「何を言ってるんだ? 約束しただろ? 忘れたのか? あー、そりゃ仕方ねえな。違約金として、お前の持っている装備一式で許してやると」

「おいおい、こんな使い古しの革の胸当てを奪っても処分に困るだけだろ?」


 マテウスの言葉に、ラモトが呆れたように呟く。

 だが、マテウスは小さく肩を竦めて言葉を続ける。


「取りあえずこんなボロ装備でも、売れば多少の金にはなるだろ。俺達が今夜酒場で飲む分くらいにはな」


 その言葉に、アースの頭が熱くなる。

 確かに自分の装備は、決して高価な代物ではない。

 短剣はルーフの鍛冶師に打ってもらった物だが、ルーフの鍛冶師の技術は一流と呼ぶには程遠いものがある。

 防具の革の胸当てにいたっては、ツノーラからのお下がりを手直しした物だ。

 それでもアースにとってそれらの武器や防具は大事な物であり、決して馬鹿にされて許せることではない。


「おいっ! 訂正しろ!」

「……は?」


 まさか、アースが言い返してくるとは思っていなかったのだろう。マテウスは一瞬意表を突かれた表情を浮かべる。

 マテウスにとって、アースという相手は自分達の糧になる哀れな獲物でしかない。

 それだけに、本来であれば自分に許しを請うて情けなく命乞いするしかないような相手に反抗されたというのは、そのプライドを大いに削る。


「この、クソガキがぁっ! ふざけんなよ、この野郎! 大人しくしてればいい気になりやがって!」

「ふんっ、どこが大人しくしてたんだよ。最初からポロを奪う気満々だったくせに」

「てめえ……目上の者に対する口の利き方ってのがよく分かってねえようだな」


 苛立ちと共に、腰の鞘へと手を伸ばすマテウス。

 それに習うように、他の二人も己の武器へと手を掛ける。

 そんな三人の姿に一瞬しまったと思ったアースだったが、もうこの状況では後に退けないというのは分かっているのだろう。そのまま三人に対抗するように短剣を構えた。

 今、自分がいるのは殺し合いになりかねない場所だ。そう思うと、手が微かに震え……


「はっ、こいつ手が震えてやがるぜ」


 態度はどうあれ、アースよりも腕の立つマテウス達がそれを見逃す筈がなかった。


「う、うるさいな!」


 人型モンスターのゴブリンを殺したのにもショックを受けたアースだ。

 当然人を殺すかもしれないとなれば、そこに躊躇が生まれるのは当然だった。

 人との戦いという意味では、ギルドで何度も戦闘訓練を行っている。

 だが、そこで行われているのはあくまでも戦闘訓練、模擬戦であって、本当の意味での殺し合いではない。

 そういう意味では、こうして向かい合っている今が初めて人との殺し合いに挑むときあった。


「はっ、そんなにビビってるんなら、最初から大人しくそのモンスターを俺に渡しておけばいいのによ。おらっ、今そいつを大人しく渡せば、殺しはしねえぞ」


 自分の言うことを聞けば、最悪の事態にはならないと告げるマテウスに、アースは叫ぶ。


「お断りだ、この馬鹿! 何だって俺の相棒をお前達なんかにやらないといけないんだよ。少しは物を考えて喋れよな!」


 ヒクリ、と。マテウスの頬がひくつく。

 次の瞬間にはアースを見る目に殺気が宿る。

 本当であれば、小生意気なガキを半殺しにしてポロを奪い取り、現実というものを教え込むつもりだった。

 だが、もう手加減をするという考えはマテウスになくなり、それは他の二人に関してもアースの生意気さに手加減をするつもりは完全に消えている。


「いいだろう。なら、お前にはもう少し現実って物を教えてやるよ!」


 叫び、鞘から引き抜いた長剣を手にマテウスは叫ぶ。

 あまりに手慣れているその行動は、新人に因縁を付けて装備や金を巻き上げるといた行為はこれが初めてではないことを現していた。

 まずは腕一本、と。マテウスの長剣が振り上げられる。

 他の二人は、そんなマテウスとアースのやり取りを面白そうに眺めていた。

 生意気なアースの悲鳴を楽しみにしているその様子は、嗜虐的と表現すべきものだろう。

 アースも短剣を構えてマテウスの一撃を回避し、反撃をしてやると、まだ若干手と足が震えたままでもそう考え……だが、そんなアースよりも先に行動に出たものがいた。

 アースに懐き、アースと一緒にいるのをこの上なく楽しみにしており、アースがシュタルズから出てくるのを見つければすぐにアースと一緒にいたいと行動する、ジャンプマウス。

 決して知能が高い訳でもないジャンプマウスには、今アースの前にいるのが誰なのかというのは徒然理解出来なかった。

 だが、それでもアースに敵意を持っているということは理解し、大好きなアースを助ける為、その力を発揮する。


「キュッ!」

「ぐぼぇあっ!」


 ジャンプマウス唯一にして最大の攻撃方法である、跳躍力を生かした体当たり。

 そんなジャンプマウスの攻撃は、マテウスのレザーアーマー越しではあるが、鳩尾へと命中しする。

 まさかジャンプマウス如きに攻撃されるとは思ってなかったのだろう。まともに攻撃を受けたマテウスは鳩尾を押さえながら咳き込む。


「っ!? 今だ、ポロ!」


 ジャンプマウスが作ってくれた、絶好の好機。

 それを逃さず、アースは左肩のポロへと命じる。


「ポルルッ!」


 その声に答えてポロが放った一条の紫電は、真っ直ぐにまだ無事なうちの一人、ラモトへと命中する。


「ぎゃっ!」


 その一撃は、致命傷を与える程に強力ではないにしろ、ラモトの身体を痺れさせるには十分な一撃だった。

 地面に倒れたラモトを一瞥し、アースは最後の一人……名前も知らないが、弓を持った男との距離を縮めようとし……


「うわぁっ!」


 ふと気が付けば、いつの間にかアースの身体は空中にあり、そして地面へと叩きつけられる。

 その衝撃に耐えつつ何があったのかと頭を上げると、そこには鳩尾を押さえながらも足を伸ばしていたマテウスの姿。

 距離を詰めようと走り出した瞬間に足を引っ掛けられて転ばされたのだと理解したアースだったが、立ち上がろうにも身体の衝撃で中々立ち上がれない。

 そんなアースに対し、憎悪の視線を向けたマテウスだったが、すぐにその視線はアースの側で心配そうにしているジャンプマウスへと向けられる。


「この……この、クソネズミがぁっ!」


 その言葉と共にマテウスの持っていた長剣が振り下ろされ……ジャンプマウスの身体を真っ二つに斬り裂くのだった。

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