第15話

 無事に冒険者としての登録を済ませたアースは、ビルシュに連れられてシュタルズの案内をして貰っていた。

 本当はポロを目当てにリヴも一緒に来たがったのだが、ブルーキャタピラーの討伐依頼についての説明をしなければいけないとライリーに引き留められてしまったのだ。

 勿論ビルシュやサニスン、シャインズといった面々からも事情を聞く必要はあるのだが、やはり今回の討伐隊を率いたリヴから最も詳しい説明を聞くというのは当然だろう。

 特にビルシュはサニスンとパーティを組んでいるということもあって、説明の殆どをサニスンに押しつけてアースを街中へと引っ張り出した。

 ……もっとも、アースの案内をしたいと思ったのも事実だったが、より正確には聞き取り調査というのが面倒臭かったというのがビルシュにとっては一番大きい。

 サニスンもビルシュがその手の作業が苦手なのを知っており、もしビルシュに任せようものなら最終的には余計に手間が掛かるという判断により、どうしても必要なことだけを後日聞き取るということにしてビルシュはアースの案内を行っていた。


「で、あそこの武器屋は品揃えはいまいちだが、その分安い。特に冒険者になったばかりの金に余裕がない奴はよく使ってるな。向こうの道具屋は素材の持ち込みをすればその分安くして貰える」


 ビルシュの口から出る説明は、ルーフという狭い村しか知らないアースにとってはこれ以上ない程に刺激的に見え、聞こえる。

 それはアースだけではなくポロも同様らしく、物珍しそうに始終周囲を見回していた。

 青いリスというだけでも目立つのに、これ程に激しく動いているのを見れば当然周囲からの注目を多く集めることになる。

 中にはポロの首に小さな首飾りが掛けられているのを見て、それが従魔というのを示すものだということに気が付く者もいたが、ごく少数だった。

 ……中にはただ青いリスというだけで珍しく思い、何とかアースからポロを奪い取って金にしようと考える者もいた。だが、そんな者達にはビルシュが牽制の視線を送っていた。

 ブルーキャタピラーの討伐隊に選ばれたように、ビルシュもリヴ程ではないにしろ腕が立ち、それなりには名が知られている。

 そんなビルシュの視線を向けられて、その辺の冒険者にもなれないようなチンピラがどうにか出来る筈もなく、アースにちょっかいを掛けるのを諦めるしかない。

 ビルシュがアースを案内している理由の一つに、アースは自分の保護下にあると無言で示すというのがあった。

 アース本人は全く気が付いてはいなかったが。

 ビルシュも、それをわざわざ口にするつもりはない。

 これは命の恩人に対する礼のようなものなのだから、と。


「お、あそこを見てみろ」

「え? どれどれ? 何か面白いのがあるの!?」


 無邪気な笑顔を浮かべながらビルシュの指さす方へと視線を向けるアース。

 そこにあったのは、多少大きいが何の変哲もない建物だった。

 アースが期待したような、面白いものはどこにもない。


「何もない普通の店しか見えないけど?」

「ポロロロ?」


 同感だと言いたげにポロが鳴く。

 そんな一人と一匹に対し、ビルシュは気にした様子もなく言葉を続ける。


「普通の店って言うか、宿屋だな。……アース、お前シュタルズに出て来たのはいいけど、泊まる宿とか決まってるのか? それと金の残りは?」

「う゛っ、そ、それは……」


 アースの所持金はブルーキャタピラーの件で功があると認められてルーフのギルドからリュリュの裁量で支払われた銀貨が数枚と、アースがシュタルズに出掛けるということで両親が貯めていた金額として金貨二枚、それと村の皆から餞別として貰った銀貨で、合計は金貨三枚に届かないくらいの金額。

 ルーフで暮らす分には基本的に金を使う必要があまりないので暫くは遊んで暮らせるだろう金額だが、この辺一帯で最も栄えているシュタルズでの生活を考えると、それ程金額に余裕はない。

 また、シュタルズに来るのが初めてのアースだけに、当然行きつけの宿屋などというものがある訳もなかった。


「い、一応村長から銀の小鳥亭って場所を進められたけど……」


 そう呟くアースの言葉に、ビルシュは頷きを返す。


「だろうな。俺もその話を聞いたからここまで案内してきたんだし」

「……え?」


 どういう意味かとアースはビルシュへと視線を向けるが、ビルシュはただ黙って先程の店を指さす。


「あの店が銀の小鳥亭だ」

「……あれが? え、でもだって、どこも銀でもなければ、小鳥でもないよ?」


 アースの言葉通り、その視線の先にある宿は銀色でもなければ小鳥がいる訳でもない。

 どこをどう見ても、銀の小鳥亭と呼ぶのは相応しくない宿だった。


「あー……それはな。店の名前を目立たせる為ってのがあるんだよ。それにもし本当に銀で出来た小鳥を置いておいたりしたら、誰かに盗まれるのが分かりきってるだろうしな」

「え? 盗むの?」


 心の底から驚いた、といった表情のアース。

 アースが生まれ育ったルーフは皆が知り合い……いや、一種の家族に近い関係を築いており、人の物を盗むといった行為をする者が誰もいない。

 もしかしたらアースに見えない場所ではいたのかもしれないが、少なくとも大人達は子供にそれを知られないように振る舞っていた。

 だからこそ、アースは人の物を盗むような人物がいるというのは思いも寄らなかったのだろう。

 そういうのは、物語の中だけだと思っていたのだ。


「そうだ。お前の村じゃそういうのはなかったかもしれないけど、ここではそういう奴も多い。だから、お前の荷物とか……」


 一旦言葉を止めたビルシュの視線が向けられたのは、アースの右肩にいるポロ。


「ポロとかも盗まれる……いや、連れて行かれるかもしれないから、気をつけろよ」

「ポルッ!」


 その言葉を発すると同時に、一瞬だけポロの周囲に微かな紫電が走った。

 自分に手を出す奴はこの電撃で攻撃すると態度で示すポロに、ビルシュは苦笑を浮かべて口を開く。


「世の中には外見だけで判断する奴もいるんだよ。俺もリヴから聞いてなければ、お前さんが強いとは信じられなかっただろうし」


 その言葉にポロが不服そうな態度を見せるが、自分の姿が小さいというのは理解しているのだろう。不承不承ではあるが、身体から発していた紫電を消す。


「安心しろ。何かあったら俺が守ってやるから」

「ポルー?」


 本当? と言いたげなポロに、自分が侮られていると感じたのだろう。アースはポロの青い毛に覆われている身体を突く。


「ポル! ポルルルッ!」


 突かれた指が痛かったのか、それとも馬鹿にされたように感じたのか分からないが、アースに対する仕返しとしてポロは先程同様に一瞬だけ紫電をその身体に纏う。


「痛っ!」


 紫電を纏った身体を突いたのだから、当然アースはポロの電撃をその身で味わうことになる。

 もっとも、ポロも本気でアースをどうこうするつもりはなく、一瞬だけ鋭い痛みを感じる程度の電撃に威力を抑えていたのだが。

 だが、アースもポロにそんな真似をされて黙っていられる筈もない。

 懲らしめようと、自分の右肩に乗っているポロへと手を伸ばすアースだったが、ポロもそのままアースの攻撃を受けるつもりはなく、アースの背中を伝って左肩へと逃げていく。

 それを追って左肩に伸ばされた手を再び回避し、次はアースの頭の上へと向かう。

 そんな風にアースの身体を使った鬼ごっこのようにも見えるやり取り――正確には違うが――をしていたアースだったが、不意に頭に置かれた手で我に返る。

 頭に手を乗せたのは、当然のように自分の近くで一連のやり取りを見ていたビルシュだった。


「ほら、遊ぶのもその辺にしておけ。今のお前が目立っていいことなんか何もないんだからな。それよりもそろそろ宿屋に行くぞ。荷物は忘れるなよ」

「あ、うん。分かった。……今回はこの辺にしておいてやるよ」

「ポルルルルー!」


 アースの肩の上で、勝利の雄叫びを上げるポロ。

 耳元でそんな声を雄叫びを聞かされたアースは、一瞬手を伸ばしてポロを捕まえてやろうかと思ったが、すぐに我慢して自分の手を握り締め、ビルシュと共に銀の小鳥亭へと向かう。


「おやっさん。元気だったか。客を連れてきたぞ!」


 宿に入るなり大声で叫ぶビルシュの様子は、この店に来たことが何度もあって既に慣れていると態度で示している。


「おう? 何だ、ビルシュじゃねえか。こんな時間にどうした? お前はもうこの宿を卒業して、もっといい宿に泊まるようになっただろ? それとも、何か問題でも起こして宿を追い出されたのか?」


 カウンターに座って何かの作業をしていた五十代程の男が、入って来たビルシュへとそう言葉を返す。

 その口から出た言葉は乱暴だったが、それでも不思議と親しみを覚える声だった。

 ……ただ、その乱暴な言葉と比例するかのように、その声の持ち主の顔は凶悪と表現してもいいものだったが。

 特に目立つのは、顔の右側にある大きな斬り傷だろう。

 コメカミから頬までついているその長い斬り傷は、普通であれば頭部の損傷として命に関わってもおかしくないだろう傷痕だった。

 迫力のあるという言葉ではとても言い表せない程に衝撃的なその男の顔を見たアースは、思わず固まる。

 アースの肩のポロは、そんなアースの右肩の上で不思議そうに首を傾げていた。


「そんなんじゃねえよ。ちょっと客を案内してきただけだって。こいつはアース。今日冒険者として登録したばかりの新米で、ルーフの出身だ」

「おお、ルーフか。あそこの村人は皆いい奴ばかりだよな。ツノーラとか」


 自分の知った名前が出て来たアースは殆ど反射的に口を開く。


「え? ツノーラのおっちゃん知ってるの!?」

「おっちゃん……くくっ、そうだな。あいつも、もうおっちゃんと呼ばれる年齢か。ああ、知ってる。あいつは一時期ここで冒険者をやってた時があってな。そこからルーフの奴がここに良く泊まるようになったんだよ。村長とかも時々泊まるぜ?」

「あ、うん。俺も村長にここを薦められたんだけど……」

「そうか、そうか。……ビルシュ、よく連れてきてくれたな」


 アースの外見を見て、その年齢に一瞬疑問を持ったが、すぐにルーフのでの成人は十三歳からだと思い出す。


「で、えっと、その……ポロも一緒だけど、大丈夫? ……ですか?」

「ああ、いつも通りの口調で構わねえよ。ポロ? ああ、その青いリスか。……へぇ、テイマーか。珍しいな。ああ、大丈夫だ。厩舎は馬の分しかねえからでかいモンスターは無理だけど、そいつならお前と一緒の部屋でいいだろ。っと、名乗るのが遅れたな」


 男はそう告げるとカウンターから出て来て、アースの前に立つ。


「俺はグラス。今はこの銀の小鳥亭の店主をしている。よろしくな」

「アースです。えっと、その……よろしくお願いします!」

「ポロロロ」


 アースが頭を下げるのに合わせるように、ポロも頭を下げる。

 こうしてアースは、取りあえず定宿となる場所を決め……シュタルズ最初の一夜を過ごし、翌日から冒険者としての活動を始めるのだった。

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