第14話

「これが……シュタルズ……ルーフとは何もかもが違う……」


 シュタルズの正門で街へと入る手続きをし、門からシュタルズの中に入ったアースが街中を見た瞬間に呟いた言葉が馬車の中へと響く。

 手続きの際にポロの件で多少揉めたが、リヴが責任を持つということで何とかその騒ぎを収めることも出来た。

 シュタルズではそれなりに名前が知られている腕利きの冒険者といのは、こういう時に役立つのだろう。

 この馬車が冒険者ギルド所属の物であり、御者がギルド職員であるというのも関係しているのは間違いない。


「ポルルルルー?」


 アースの肩の上で興味深そうに周囲を見回すポロ。

 窓から見える景色は、ポロがこれまで見たこともないようなものだった。

 少し前まで首に掛けられた小さな首飾り……テイムされたモンスターの証であるそれを気にしていたのだが、窓の外へと意識を向けている今のポロからそんな様子は窺えない。

 そして、そんなポロをじっと見つめるリヴ。


(撫でたい……けど、いきなり撫でると迷惑よね。今は外の様子を見ているし、また後で撫でさせて貰いましょう。あの毛の感触はちょっと忘れられないし)


 ルーフで行われた宴の時にポロを撫でた感触を思い出しながら、リヴは自分の手へと視線を向ける。

 自然と浮かんだ、小さな笑み。

 それを見ていたビルシュは既に何度目かは分からない程の驚きを覚える。

 今までそれなりにリヴと接してきた時間はあるつもりだったが、ここまで嬉しそうなリヴの様子は見たことがなかった為だ。

 そんなリヴの姿に、ビルシュは窓の外へと目を奪われているアースへと憐憫の表情を浮かべる。


(……アースの奴、これから大変だな。一応目を掛けておいた方がいいか)


 リヴはシュタルズの中でもその美貌で有名な人物だ。

 アイスドールと呼ばれる程に表情を動かさず、自分を口説いてきた相手は容赦なく言葉で斬り捨ててきたリヴが、男の冒険者の世話を焼くような真似をすれば嫌でも注目を集める。

 その冒険者が筋骨隆々な大男だったりすれば、絡む者も少ないだろう。だがアースは十三歳という年齢で、身体もまだ小さい。 

 リヴに言い寄り、振られた冒険者達がそれを知れば、確実に絡まれるだろう。

 勿論リヴに振られた冒険者全員がそんな真似をする訳ではないだろうが、それでも冒険者というのは暴力を生業とする者だ。

 どうしても他の職業の者よりは血の気の多い者が揃っている。


(俺でどうにか出来れば、それがいいんだけどな)


 ビルシュの目から見て、アースという子供は十分に冒険者としての才能があった。

 自分が呆気なく負けたブルーキャタピラーに対し、逆転の道筋を付けたのがアースであると聞けば当然だろう。

 全てがアースの実力という訳ではなく、半分以上はアースの肩に乗っているポロのものだというのは知っている。

 だが、ブルーキャタピラーの片目を奪ったのがアースだというのもまた事実なのだ。


(テイマーもそうだけど、意外と弓の才能もあるのかもしれないな)


 内心で呟くビルシュだったが、不幸なのはアースが英雄に憧れており、長剣や槍といった武器を手にした戦いを希望していることか。


(けど……そっちは才能が、な)


 ルーフから旅立ち、野営をした時に何度かアースに頼まれて稽古を付けたビルシュには、アースに長剣や槍といった武器の才能が全くない……より正確には前衛系の職業の才能が全くといっていい程にないことを理解している。

 長剣を振るえばその剣筋はとても鋭いとは言えず、また素振りを見た限り才能は全く感じられない。

 本人は独学で訓練を積んできたと言っているが、その訓練が身になっていないのは明らかだった。

 ビルシュは槍を使わないので槍の才能に関しての詳しいことは正確には分からないが、それでも身体の動かし方を見ている限りでは、根本的に前衛に向いてはいない。


「アース、あの建物がギルドよ」


 アースの行く末を考えていたビルシュは、不意に聞こえてきた相棒の声にいつの間にか馬車がギルドの近くまでやってきていたことに気が付く。


「うわっ、あれがギルド! あんなに大きい建物、初めて見た!」

「そうね。シュタルズはこの辺で最も大きな街だもの。そのシュタルズの冒険者ギルドなんだから、人も集まるし、それは大きくなるわ」


 サニスンが説明しながらも少し自慢げなのは、やはり自分の住んでいる街を素直に褒められたからだろう。

 その後も冒険者についての説明をしていると、やがて馬車はギルドの前へと到着する。


「こうして見ると、やっぱり帰ってきたって感じがしますね」

「そうだな。ま、色々と騒がしいのは相変わらずだけどよ」


 シャインズの言葉にビルシュが同意し、全員が馬車から降りる。

 この馬車はギルドの物である為、一行と荷物を下ろした後は軽く挨拶をしてそのまま去って行く。


「さ、アース。いよいよお前の冒険者登録の時だ。頑張れよ」

「ちょっと、別に冒険者に登録するのに何か頑張るとか必要ないでしょ?」

「うっせえな。気合いだよ、気合い。気合いがあれば他の冒険者に舐められねえですむ」

「……舐められるも何も、この面子に突っかかってくる人がいるとは思えないんだけど」


 そう言ったサニスンの視線が向けられているのは、リヴ。

 この面子と言葉には出していたが、正確にはリヴがいるから突っかかってくる者はいないだろうというのが正確なのだ。

 だが、ビルシュにとってはリヴがいるからこそ突っかかってくる奴がいるという認識なのだが。

 今日、この時は大丈夫だろう。だが、リヴや自分達がいつまでもアースと一緒に行動する訳ではない以上、いずれアースが一人でギルドに来た時にリヴを狙ってる冒険者に絡まれる可能性は非常に高い。


「いいから、女には分からなねえこともあるんだよ。ほら、とにかく行くぞ。俺達も依頼達成の報告をしなきゃなんねえからな」

「ちょっと、ビルシュ!? ……全くもう。じゃあ、私達も行きましょうか」


 さっさとギルドの中に入っていったビルシュを追うようにサニスン達もギルドの中へと入る。


「うわぁ……凄い……」


 ギルドの中に入った瞬間にアースの口から出た一言は、驚愕の言葉だった。

 人の多さがルーフのギルドとは比べものにならなかった為だ。

 まだ午後も半ばの夕方前だというのに、ギルドの中にはルーフでは考えれない程の人数が存在している。

 もっとも、それは単純にルーフのギルドを利用する者が少ないということでもあるのだが。

 そもそも、ルーフのギルドで冒険者として活動しているのは十人に満たない。

 冒険者を専業としている者に限って言えば、皆無。

 そんなルーフと比べれば、この近辺で最も賑わっているシュタルズのギルドが別世界のように思えても仕方がなかった。

 また、人が多いのはギルドだけではない。ギルドに併設されている酒場の方にも依頼を早めに終わらせて戻ってきたのだろう冒険者達がそれなりにおり、それぞれ打ち上げや反省会を行ってもいる。


「おい、アース。見とれてないで行くぞ。ほら」


 ルーフとのあまりの違いに呆然としていたアースの腕を引っ張り、ビルシュがギルドの中を進む。

 幸いまだ午後も半ばということもあって、ビルシュの視点ではギルドの中は空いている。

 これが夕方になれば依頼を果たした者が報告の為にカウンターへと並ぶのだが、今は何ヶ所かあるカウンターの殆どが開いており、受付嬢は選び放題だった。

 基本的に受付嬢というのは見目麗しい者が集められており、だからこそビルシュにとって受付嬢と話せる機会というのは絶対に逃せない。

 どの受付嬢のカウンターに行こうか……そんな風に迷っていたビルシュだったが、その迷いが致命的だった。

 リヴがそんなビルシュを気にした様子もなく、真っ直ぐにカウンターの一つへと向かったのだ。

 向かった先にいたのは、二十代の女。

 美人ではなく可愛いと表現した方が相応しい、幼い容姿をしている人物。

 リヴがギルドで登録した時からの付き合いがある受付嬢で、人付き合いが決して得意な訳ではないリヴにとっては半ば専門の担当と言ってもいい相手。

 だからこそ、今回のブルーキャタピラー討伐隊のリーダーでもあるリヴが真っ直ぐその受付嬢の下にへと向かうのは当然だった。


「あ、リヴさん!」

「ライリー、戻ったわ。ブルーキャタピラーの討伐も無事終了。これが討伐証明部位の触覚よ」


 そう告げ、荷物の中からブルーキャタピラーの右の触覚を取り出す。

 それを確認した受付嬢……ライリーは、その触覚を見て安堵の息を吐く。


「良かった。リヴさんだから心配いらないと思ってたけど、それでもやっぱり不安はあったのよ」

「そうね。予想以上の強さだったのは事実よ。正直、下手をしたらやられていたかもしれない。……あの子がいなかったら」


 リヴの視線を追ったライリーが見たのは、まだ十代半ばにもなっていないような少年……いや、どちらかと言えば子供と表現すべきアースの姿だった。


「……あの子が?」

「ええ。あの子とその肩にいる従魔のおかげで無事ブルーキャタピラーを倒すことが出来たの」


 リヴの言葉を聞き、アースの右肩に乗っている青い毛の生えているリス……ポロへと視線を移す。


「……あの、リスが? え? え? つまり、あの子はテイマーなの!?」


 ライリーの声に怯えた訳でもないだろうが、ポロはその視線から逃れるようにアースの後ろへと回り込み、襟首へとぶら下がる。

 テイマーという言葉にリヴ達の様子を窺っていた冒険者の視線がアースへと向けられ、青いリスの姿を見ることが出来た者は、それがモンスターなのだと悟る。

 その首に掛かっている小さな首飾りが何よりの証拠だろう。


「ええ。それで、あの子の冒険者登録をお願い出来る?」

「えー……だって、その、あの子ってどう見てもまだ子供よ? その、冒険者に登録しても……」

「大丈夫。一応成人はしているらしいから」

「……本当?」

「本当」


 即座に言葉を返すリヴに、ライリーは仕方ないと小さく溜息を吐く。

 リヴが嘘を言わないというのは知ってるからだ。

 もっとも、正確にはルーフでの成人は十三歳だというのを黙っているのだが。


「アース、来て」

「う、うん!」


 周囲から注目を集めているというのを理解しているのだろう。アースは緊張した面持ちでリヴとライリーの下へと向かう。


「私達の報告は時間が掛かるから、まずはこの子の登録をお願い」

「はいはい。じゃあ、えっと……アース君、でいいのかな?」

「うん」

「字は……」


 ライリーの言葉が最後まで喋られる前に歪んだアースの表情を見れば、字を書けないというのはすぐに理解出来た。


「大丈夫。代筆もやってるから。でも冒険者として生きていくのなら、字の読み書きは出来た方が絶対にいいわよ? 幸いアース君はまだおさな……若いんだから、すぐに覚えられるし」

「えー……」


 数秒前までの緊張した様子はどこにいったのか、字の読み書きを覚えるという話に、アースは顔を顰めて心底嫌だといった表情を浮かべる。


「あははは。ま、勉強は嫌かもしれないけど、文字が読めると冒険者としても有利なのよ?」

「……リヴさんも?」


 視線を向けられたリヴは、ポロに目を奪われていたのを気が付かれないように頷きを返す。


「ええ。読み書きは出来るわ」

「そうなんだ……分かった」


 自分が知っている中で最強の人物でもあるリヴが字の読み書きを出来るのなら、自分も出来るようになっておいた方が英雄になるにはその方がいいだろう。

 そう判断し、嫌々ながらも字の勉強をすることを決意する。

 その後、ライリーの質問に答えながら書類の必要な項目を埋めていき、冒険者としての説明を受け……アースのギルド登録は無事完了した。

 もっとも、ギルドカードに表記されている職業はテイマーであり、アースが憧れている英雄には程遠いように思えたのだが。

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