第7話 コスプレ喫茶にて

 それから数日間も、目に見えぬ『僕』の目撃情報は耳に入った。共通するのは生気が感じられず、誰が話しかけても返答がないとのことだった。

 エクソシストに訊くと、『僕』はこの時間軸とはまだ完全に同期されていないという事らしい。同期されるというのが、完全なる実体化を意味するらしい。なり替わりの第一段階だ。

『僕』が周囲とコミュニケーションを取り始め、僕と類似した関係を彼らと結ぶ。それは『僕』が元々居た時間軸の関係性とは必ずしも一致しない。齟齬が生じないために僕の行動を模倣するのだそうだ。現在はその情報集めをしているのだろうということだった。

 また、『僕』は完全には同期していないため、この時間軸でいうところの幽霊に類似した状態である、ということだ。


「大体分かった?」

 店内で慣れない紅茶を啜りながらエクソシストは言った。

「ところで、だけど。ここは何なの?」

 場所は秋葉原。エクソシストの格好が目立たず、かつ知り合いにも会わず、安全に会話が出来る場所。考えた末、それはコスプレ喫茶だった。ここならばエクソシストの現実離れした格好もコスプレの一環ということで周囲に紛れ込める。

 僕は秋葉原のビルとビルの間でこっそりとタリスマンを掲げたのだが、ついでに琥珀も呼び寄せてしまい(誰を召喚するだとか、今後選べるような能力は身に付くのだろうか?)、10代少女の標準身長といえる160センチ前後のエクソシストとは違い、琥珀の存在は流石に秘匿しなければおかしなことになるのが明白だった。

 だからといって琥珀をタリスマンに戻そうとしても琥珀自身がどこか寂し気に拗ねてしまうし、そもそも出すのはともかく入れ方が分からない。エロい意味ではなく。あ、どっちでも同じだった。って、ほっといてくれ。

 それはさておき、仕様がなくて、一言もしゃべらないことを条件にマスコットというか、人形というか――として、エクソシストに持たせて喫茶店に入店するに至ったのだった。巫女姿で陰陽師チックな人形を抱える美少女は不審さもあって街の注目を集め、写真撮影などを勝手にされていたが話を聞くことを優先とし、この際無視だ。以上、状況説明終わり。


 というわけで、琥珀は不機嫌そうにこちらを睨み付けている。ジト目というやつだが、みみっちくてロリ顔な琥珀がその表情を作るとある種の萌え要素にしかならない。

「逆に、だけれど」

 エクソシストが紅茶が渋そうに眉をしかめながら切り出す。

「彼らがこの時間軸でのあなたが築いている人間関係と完全に一致しないのと同様に、彼らには彼らの時間軸での人間関係が存在する」

「まぁ、そうだな」

 論理的に考えれば当然のことだ。

「これまであったケースでだけれど、ある時間軸で失った人間を同じ時間軸では取り戻すことはできなくとも、別の時間軸で新たに出会い、関係を再構築するために死神と契約したというのもあるのよね」

「つまり、今回『僕』が契約した理由は僕個人の問題以外にも、他者との関係性でもありうるということか」

「そうね。しかも、まだ出会っていない可能性すらあるし、そうしたケースだと死神と契約した直後はその時間軸の該当者との同期よりも、再構築したい人物と直接接触を計ろうとして同期が遅れることが良くあるの。こちらとしては好都合だし、同期できない限りは別の時間軸の該当者にはその時間軸の世界線への干渉は不可能だから、ノロノロしてる間にこちらから介入して目的を達しないまま滅することもあるわ。動き出す前に止めるのが一番効率的だものね」

 なるほど。わかったような、わからないような。

「そもそも時間軸とか世界線って用語がいまいちよく掴めないんだよな」

「あなた、劣等生なの? いえ、この世界線自体が我々よりも遅れてはいるから標準なのかしら」

 いちいち人をムッとさせるような言い方をするが、可愛いから許す。


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