第17話

――それからの話をしよう。

 俺の姿を見て、何故か気絶した黒巾党のリーダーをふん縛り、俺は匿名で警察に通報した。

 一応、奴らにも俺の名前は出さないようにと言っておいたが、奴らが奴らだけにどれだけの効力があるかは分からない。

 名前を出さなかったのには色々理由はあるが……単純に、警察の事情聴取などが面倒だったというのもある。

 あとはまぁ……機織学園長に止められていたのに首を突っ込んだのが知られるのが嫌だったからだ。

 ……こうして、皆を散々苦してめていた新世代狩りはいともあっさり解決するのだった。



 その翌日、学園に登校してきた俺は学園長に呼び出された。

 

「さて……なぜ君がここに呼ばれたかわかるかい?」


 学園長は、特に怒っているとかそう言う風でもなくただただ普通に問いかけてくる。


「さぁ……本物の犬落瀬が見つかったとかですか?」


 ただのカマかけかもしれないと思った俺は、すっとぼけながらそんな事を言う。

 

「別にとぼけなくていい。……昨日、君が都市の外れにある廃工場に行っているというのは分かってるんだ」


 学園長のその言葉に、俺は思わず身を固くする。

 やはり、口止めしただけじゃダメだったか……。


「ああ、先に言っておくと別に新生代狩りの犯人グループが口を割ったわけじゃないよ。よっぽど君の事が怖かったのか、誰にやられたまでは言わなかったからね」


 俺の心の内を読んだのか、学園長はそんな事を言う。


「なら、どうして……」

「ふふ、私には私の情報網があるという事さ」


 俺の問いに対し、学園長はクスクス笑いながらはぐらかすように話す。


「さて、君を呼んだのは別に怒る為じゃない。むしろ、その逆さ」

「どういう事です?」


 学園長の意図が分からず、俺は眉をひそめながら首を傾げる。


「私が君を止めたのは、君のヒーローとしての意思を確認したかったからさ。他人に止められたくらいで、やめてしまうような意思の弱いヒーローは要らないからね」

「それ……教師としてどうなんですかね?」


 他人から見れば、俺は教師のいう事を聞かずに勝手に突っ走った馬鹿な生徒だ。

 今回は、たまたま上手くいったが会社などでいう所の命令違反に変わりはないので、停学……最悪退学になってもおかしくないとは思っている。

 だが、それでも……俺はあいつらを許せなかったのだ。

 何としても、俺の手で捕まえたかったのである。


「まぁ、教師としては間違っているのは重々承知しているよ。だが、この学園はヒーローを育成する場所だ。昨今、保守的なヒーローが増えている中、君のように昔ながらの熱いヒーロー候補生は大事にしていきたいのだよ」

「……つまり、俺は学園長の掌の上だったと?」

「端的に言えばそうなるね」


 まじかよ。

 十傑の一人ではある為、退学は無くとも何かしらの罰則はあるだろうと覚悟していただけに何だか拍子抜けである。


「はぁ……なんだかどっと気が抜けましたよ……」

「ははは。まぁ、ヒーローを目指すならこういう状況でも笑って受け流せるくらいには強くならないとね」


 俺が脱力してへたり込むと、学園長は笑いながらそう言う。


「……そういえば、黒巾党の奴らが持ってた指輪についてなんですけど」


 最初から掌の上だと分かった俺は、もはや開き直って学園長に気になっていた事を聞く事にする。


「ああ、ギフトを封印するという指輪の事だろう? 我々も調べたのだが……何の変哲もない普通の指輪だったのだよ」

「どういう意味です?」

「そのままの意味さ。ギフトを封印するなんていう前代未聞の効果はあの指輪からは見られなかった。別の要因があり、指輪に効果があると騙されていたのか、単純に効果が無くなってしまったのかは、もう分かりようがないんだ」


 別の要因……とは、つまり指輪以外に何かしらのギフトを封印する手段があったという事だろうか?

 まぁ、学園長の言う通り、もう真実は分かりようがないがな。


「入手経路についても調べたが、奴らは一貫してフードの男から受け取ったとしか言わなくてな。警察が捜査しているが……まぁ、厳しいだろうな」


 学園長はそこまで話すと、やや疲れたように深く息を吐く。


「……とまぁ、そんな感じだな。もし新しい事が分かったら改めて教えよう」

「学園長は……どうして俺にそこまで肩入れしてくれるんですか? 俺は、犬落瀬と顔が同じってだけのノーマルなのに……」

「理由かい? そうだなぁ……なんとなく?」


 学園長の答えに、俺は思わずずっこけてしまう。

 ただのノーマルに対して、あまりに肩入れしすぎるので何か重大な理由があると思って身構えていただけに拍子抜けである。


「はは、まぁ君からはヒーローとしての資質があるとおもったから……という事にしておいてくれ」

「はぁ……」


 なんだかはぐらかされてしまったような気がする。


「さて、話は以上だ。君もこれから授業だろうから、もう戻って良いぞ」

「はい、失礼します」


 俺は、釈然としないながらもペコリと頭を下げて学園長室を後にする。


「清司!」


 俺が教室へと向かう途中、緋衣が駆け寄ってきた。


「緋衣……怪我はもういいのか?」

「うん。ギフトで治してもらったからバッチリ。……それよりも、清司。あの話聞いた?」

「あの話って?」

「ほら、例の新世代狩りが捕まったって話。なんでも、謎のヒーローが一網打尽にしたらしいわよ」

「へ、へー……」


 緋衣の言葉に、俺は冷や汗を流しながら答える。

 そのニュースは朝もテレビで見たが、どうやらどこかのヒーローが奴らを捕まえたという事になっているらしかった。

 学園長には俺だとバレているが……多分、俺がやったというのは公表されないだろうなと薄々感じていた。


「凄いわよねぇ、そのヒーロー。ギフトが使えなくても、悪に立ち向かったんだもの。清司も見習わなきゃ!」

「そうだな」


 俺が棒読み気味で答えると、なにやら緋衣がジッとこちらを見つめてくる。


「ど、どうした?」

「例の新世代狩り……実は、清司が捕まえてたりしてね」

「はは、何言ってるんだ緋衣。俺だぞ? そんな事する理由なんてないだろう」


 俺は、内心ドキリとしつつもそう否定する。


「それもそうね。清司なら、名前を名乗らないなんてありえないもの。あんたなら、まず間違いなく世間に自分が捕まえたって公表するだろうし」


 言い訳にもなっていない言い訳だったが、日頃の犬落瀬の態度がそうさせたのか、緋衣はあっさりと納得して引き下がる。

 この時ばかりは、犬落瀬に感謝だな。


「あーあ! ひょっとしたら、清司が大事な幼馴染を傷つけられて、そのかたき討ちをしてくれたと思ったのに!」

「誰が大事な幼馴染だって?」

「私の事に決まってるでしょ、馬鹿」


 俺の言葉に対し、緋衣は軽く頬を膨らませながら俺の脇腹を小突いてくる。

 と、俺と緋衣が会話をしていると突如チャイムが鳴り響く。

 授業が始まる合図である。


「っと、いっけない! 次は移動教室だったんだ! それじゃ、清司。また後でね!」

「ああ」


 チャイムを聞いた緋衣は、慌てたようにバタバタとその場から立ち去る。

 

「幼馴染……か」


 俺は、本当は緋衣の幼馴染ではない。まったくの赤の他人である。

 それを知らずに接してくる緋衣を見ていると、まるで本当に幼馴染なんじゃないかって錯覚する事もある。


「犬落瀬……お前は、今いったいどこに居るんだよ」


 俺は窓の外を見ながら、どこかに居る犬落瀬に向かってポツリと呟く。

 早く戻ってこないと、俺が本当に犬落瀬清司としてヒーローになっちまうからな。


「……さて、俺も早く教室にもどらねーと」


 教室に戻れば、また狼森が話しかけてくるんだろうなと思うと俺は思わず苦笑する。

 だが、そんな日常も嫌いじゃない。

 俺は……ハリボテのヒーローではあるが、皆を守りたいという気持ちは本物だ。


 だから……だから、本物の犬落瀬が戻ってくるまではハリボテのヒーローであり続けようと俺は誓うのだった。

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