第15話
「たのもーう!」
俺は廃工場の中に入った瞬間、そう叫ぶ。
「……あれ?」
しかし、中からは反応が返ってこなかった。
辺りを見回しても、人っ子一人居ない。
「もしかして……騙されたのか?」
しかし、複数の奴らに聞いて全員がここを示したわけだから、全員が全員俺を騙したとは考えにくい。
実は全員が知り合いで、示し合わせて俺を騙したとなれば別だが、それはあまりにも可能性が低すぎる気がする。
「ふむ……」
俺は顎に手を添えながら、少しだけ廃工場内を見回る。
やはり、人っ子一人居ないが……どうやら、ここがアジトで間違いは無さそうである。
なぜなら、明らかに複数の人間が出入りしている形跡があったからだ。
明らかに最近持ち込まれたようなソファに、ダーツなどの遊具、今週発売された週間雑誌なんかもある。
なら、なぜ居ないのか?
理由として考えられるのは、何かしらの用事で全員が出払っているという事だが……。
(もしかして、また新世代狩りに出かけているのか?)
こうしている間にも、また被害者が増えていると考えると心が締め付けられるような錯覚に襲われる。
「……そうだ、奴らが居ないなら今のうちに」
俺は、少しだけ悪い事を思いつくと、奴らが帰ってくる前に細工をする事にする。
どうせここは見捨てられた廃工場なのだ。少しばかり無理をしても怒られまい。
そう結論付けると、俺は早速行動に移すのだった。
◆
「……よし、こんなもんかな」
「おい、そこに居るのは誰だ!」
俺が細工し終えると、丁度誰か帰ってきたのかそう叫んできた。
声の方を振り向けば、そこには黒い頭巾を被った集団が居た。
奴らには見覚えがある。
新世代狩りの犯人である黒巾党だ。
「てめぇは、犬落瀬! 何しに来やがった!」
男達の先頭には、見覚えのある顔の男が立っていた。
確か、リーダー格の槻木……だったか?
「何しに来た……か。十傑に手を出しておいて、よくそんな事言えるな?」
俺は、なるべく迫力が出るように低い声で呟きながらギロリと睨む。
ただノーマルだとばれないように、こういうハッタリが必要なのである。
実際、ハッタリが効いたのか一部の奴らは、少しだけビビりながら後ずさる。
「は、はははは! そうか、やっぱりかたき討ちに来やがったか! へへ、いくらあの残虐非道の犬落瀬清司とはいえ、幼馴染を襲われたら放っておけないってか?」
……やっぱり?
「おい、やっぱりってどういう事だ?」
「くくく、てめぇの幼馴染である紙生里を襲ったのは、お前を誘き出す罠だったって事だよ」
なん……だと?
という事は、やはり緋衣は俺のせいでしなくてもいい怪我をしたのか……?
槻木の言葉を聞いた俺は、内心衝撃を受ける。
やっぱり、緋衣は俺のせいで……。
(い、いや! 反省するのは後だ。今は、こいつらを何とかしなければ)
「この間は、てめぇにまんまと騙されたからな……ギフトが使えないのに使えるフリしやがって。やっぱり、あの時ギフト封印されてたんじゃねーか」
おそらく、あの時の俺のハッタリの事を言っているのだろう。
使えないのに使えるフリ……というのは合っているが、どうやらわざわざ封印なんかしなくても元から使えない、という事までは気づいてないようだ。
まぁ、俺の事をいまだに犬落瀬だって思っているみたいだから当然と言えば当然か。
「ギフトが使えないお前なんかこわくねぇ。こうやって、まんまと俺らの策にハマって出てきてくれたんだ。たっぷり、礼はさせてもらうぜ……おい、てめぇら!」
槻木が叫ぶと、他のメンバーがバットやらメリケンサックやらを構える。
なんとも物騒な奴らだ。ああいうのでぶっ叩いて死んじゃったらどうするとか、そういうのは考えないのだろうか。
まあでも、奴らがその気ならこちらも遠慮する必要は無い。
「く、くくくく……」
「何がおかしい!」
俺が笑い出すと、槻木は眉をひくつかせながら怒鳴る。
なんともまぁ、沸点の低い奴だ。
「お前は……本当に、あの時俺がギフトを使えなかったと思っているのか?」
「何?」
「あの時はな、本当は使えたんだが……お前らごときに俺のギフトをわざわざ使うまでもないと判断したから、脅しだけで済ましたんだよ」
「……ふん、それこそただの脅しだな。あの時、俺達の指輪は間違いなく動いてたはずだ」
「なら、試してみるか? どうせ、今もその指輪の力を使ってるんだろ? ほら、遠慮せずにかかってこいよ」
俺が不敵に笑いながらそう言うと、槻木はピクリと反応する。
「その強がりがどこまで続くか見ものだな。てめぇら、やっちまえ!」
槻木の合図をもとに、男達はそれぞれ武器を携えて襲い掛かってくる。
俺は、こちらへ向かってくる男達を見ると……。
「ふっ……」
「なに!?」
くるりと向きを変えて、廃工場の奥へ向かって脱兎のごとく逃げ出す。
「てめぇ、俺達をぶっ飛ばすんじゃなかったのかよ! いきなり逃げんな!」
逃げ出す俺を見て、槻木が叫ぶ。
「ふはははは! 俺はそんな事一言も言ってねーぞ! てめーら雑魚相手に、俺が本気出す訳ねーだろばーか!」
「うぎぎぎ! くそ、逃がすなてめーら!」
「「「おう!」」」
俺の言葉を聞いて、槻木は悔しそうにそう叫ぶ。
……よし、俺の狙い通りだな。
ああいう奴らは、あからさまに挑発すれば簡単に乗ってくる。
犬落瀬という強大な相手の恐怖心と挑発された事への怒りで冷静な判断ができなくなり、俺の術中にはまりやすくなるという訳だ。
思い付きの作戦だったが、どうやら上手くいったようだ。
「待ちやがれ!」
俺を追いかけてきてる奴の内の一人が、バットを持って俺に追いついてくる。
俺が無言で角を右に曲がると、男も一緒に曲がってくる。
「どわっ!?」
すると、男は何かに足を取られ綺麗にすっ転ぶ。
俺は、その隙を逃さずにすかさず腕にはめている腕時計型のサポートアイテムからワイヤーを射出して縛り上げる。
「な、なんだ!?」
「おっと、死にたくなければ動くなよ? こいつは、少しでも動くとあっという間に細切れになるからな」
俺の言葉に、縛り上げられた男はピタリと動きを止める。
……まぁ、嘘なんだけどな!
これは、絡繰先輩から借りた暴徒鎮圧用捕縛ワイヤーで、数百㎏の力にも耐えられるという超強靭ワイヤーだ。
俺が黒巾党のアジトに乗り込むという事で、絡繰先輩が渡してくれたのである。
相変わらず高校生とは思えない技術力だが、今は普通に感謝である。
「よーし、いいか? そのまま大人しくしてろよ?」
「……!」
男は、俺の言葉を聞いてコクコクと頷く。
人間、頭ではそんな事無いとは思いつつも死をちらつかせられると、完全に否定できなくなってしまうものである。
しかも、相手は十傑となればそれはブラフではなく充分な脅しとなる。
俺は、男を隅の方に隠すとそのまま身をひそめる。
……ちなみに、先ほどあいつが滑った物の正体は、この廃工場にあった廃油である。
この廃工場の床は割とツルツルしており、普通に歩いたり走ったりする分には問題ないが、そこへオイルなどをぶちまければ、そこはトラップに早変わりする。
しかも辺りは薄暗い為、人を追いかけてるとなればほぼ確実に引っかかる。
「さて……」
俺は息をひそめながら、次の獲物はまだかと待機する。
「うおおおおお!?」
「うわ、なんだこれ!?」
「ぐへぁ!?」
俺が陰に身を潜ませていると、黒巾党の奴らが面白いように油トラップに引っかかっていく。
奴らが転んで体勢を崩している隙に、俺はその場へ飛び出すと捕獲用ワイヤーで次々と縛り上げていく。
「ふはははは、大量大量」
「て、てめぇ! こんな罠を仕掛けるなんて卑怯だぞ! 正々堂々と戦いやがれ!」
「はん、一人相手に大勢で襲い掛かるような奴に言われたくないわ」
しかも、女にまで手を出すようなゲス野郎だ。手加減する必要はどこにもない。
「さて……お前らは、あと何人くらい居るんだ?」
「誰が教えるか」
「そーだそーだ!」
捕まえた奴らを一ヶ所に集めて尋ねると、奴らは口をそろえてそう言う。
どうやら、いっちょ前に仲間意識は強いらしい。
「……」
俺は、無言でコンクリートの壁にスプレーを吹きかける。もちろん、奴らにはスプレーが見えないように、だ。
すると、コンクリートの壁はどろりと溶け始めぽっかりと、その場だけ穴が開く。
これは、例の強酸性スプレーである。
「「「「リーダーと合わせてあと二人です!」」」」
目の前で溶ける壁を見た男達は、手のひらをくるりと返して異口同音でそう叫ぶ。
……まぁ、いきなりこんなもの見せられたらそういう態度にもなるわな。
それにしても、あと二人か。
リーダーっていうのは槻木の事だろうがもう一人ってのはどういう奴だろうな。
「なあ、もう一人ってのはどう……ぐあっ!?」
男達にもう一人について聞こうとした時、唐突に脇腹に激痛と衝撃が走り、俺は吹き飛ばされる。
「な、なんだ……!?」
俺は、痛む脇腹を押さえつつ立ち上がる。
「ふしゅー……ふしゅー……」
そこには、白いホッケーマスクを顔に付けた身長2メートルはゆうに超えている巨大な男がバットを持って立っていた。
……どこの殺人鬼かな?
「|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君!」
「|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君が来てくれた!」
「やった! これで勝つる!」
突如現れた大男を前に、奴らは急に湧き上がる。
……ていうか、名前長くねーか? もしかして、それ全部苗字か?
「やっちゃえ、|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君! 犬落瀬をやっつけろ!」
「ぶおおおおおおおお!」
|菖蒲田浜招又《しょうぶたはままねぎまた)君とやらは、仲間の声援を受けると雄たけびをあげるのだった。
……これ、勝てなくね?
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