第11話 炙りBIGカツ

 俺とミユは上野公園を訪れていた。

 公園内の桜はすっかり青葉に衣替えを済まし、春のうららかな日差しを受けて、瑞々しく輝いている。

 ミユは相変わらずのゴージャスなドレス姿。日差し避けに被った帽子をちょこんと上げ、眩しそうに木々を見上げる。


「気持ちのよい公園であるのう。成彦なるひこ殿との親睦を深めるにふさわしい場所である」


 ミユがこちらの世界にやって来た理由はなぜか異世界で有名人である俺と婚約すること。

 そのためにふたりきりで時間を過ごし、より仲良くなる。

 これは一般的にデートと呼ばれる行動である。

 ミユから上野公園に行きたいとの申し出を受け、俺は一切の迷いなくOKした。

 婚約させられて異世界に連れて行かれることには躊躇がある俺だが、美少女とのデートには躊躇がないのだ。


「あれが西郷さいごうどんであるか!」


 上野公園の入り口の近く、おなじみの西郷隆盛たかもり像が俺とミユを出迎える。

 俺にとっては今さらな観光スポットだが、ミユは像を見上げて目を輝かせている。


「よく知っているね。西郷隆盛ってそっちの世界で有名なの?」

「成彦殿に比べれば、マイナーであるが、知る人ぞ知る人物であるのう。あれであろう? 語尾が面白い人であろう?」

「間違ってはいないけど、語尾の面白さで成り上がったわけではないかな」


 ……そもそもなんで俺が西郷隆盛よりも有名なんだよ。なんだか申し訳ない気持ちになる。


「犬を連れてごわすのう。大きいでごわすのう。着こなしがラフでごわすのう」


 ミユはさっそく面白い語尾を使用して、西郷隆盛像の感想を述べる。

 一応、像をバックにふたりで記念撮影。

 ふたりで身体を寄せてフレームに入り、目いっぱい手を伸ばして自撮りする。

 なかなかどうして、こっ恥ずかしい。


「じゃあ、次、行こうか」


 俺はモロの観光地でモロの自撮りを行う照れから先に進もうとするが、ミユは遠い目をして、青空を見つめている。


「成彦どん。もうこの辺でよか」


 それは西南戦争での西郷隆盛公最後の言葉! おそらくただ言ってみたいだけなのだろう。

 しかしまだ上野公園の入り口、この辺ではよくない。

 そもそも今回の目的地は公園の奥、上野動物園である。

 異世界からの訪問者であるミユ。こちらの世界の食べ物を堪能する日々を過ごしているが、こちらの世界の動物をまだ見ていない。普通に暮らしていて目にする動物は犬と猫、あとは鳩くらいのもの。せっかくだからいろんな動物を見てみたいと言い出したのだ。

 もし俺が異世界に召喚されたとしたら、やはりドラゴンは見てみたいだろうから、気持ちはわかる。

 すっかり西郷どんモードになっているミユの手を引き、動物園へと向かう。


「ほら、あれがパンダだよ」


 俺は入り口を入ってすぐの左に見えるパンダ舎を指さす。

 上野動物園は意外と序盤にパンダとエンカウントするのだ。

 遠足に来た幼稚園児のよう元気よく駆け寄るミユ。


「ほほう。あのパンダであるか……。知っておるぞ。なんでもカラーリングだけで勝負する動物だとか……ふふふ、あざといのう。可愛いのう」


 変な感想ではあるが、大興奮でパンダを眺めている。


「パンダは二十四時間の内、十四時間が食事で、残り十時間は寝てるらしいよ」

「理想の暮らしであるな。私も十四時間食べていたいものよ」


 現在のパンダは食事ではなく睡眠中。木製のアスレチックのような設備の上で陽の光を受けて、だらしなく、大股を開いている。


「そっちの世界にもパンダみたいな生き物っているの?」

「ふーむ。マダラシロコウラヘビであろうか、それともクロハモンドクヘビであろうか」

「多分そいつらも白黒なんだろうけど、蛇な時点で似てないんじゃないかな……」

「あっ、そうじゃ、〝笹喰い〟と呼ばれる草食性の鬼がおるの」

「鬼じゃん!」

「鬼である。凶暴であるし、動きもパンダよりもはるかに機敏なのじゃ」


 パンダを見ながら自然に会話が弾む。

 これが動物園のいいところだ。動物を見ながら、感想を述べているだけで、知らず知らずのうちに会話が盛り上がる。

 しかし、ここであまり時間を使ってはいけない。上野動物園はパンダ、ゾウがいきなり待ち構えているシステム。パンダの前で長居していると、最後の方に控えるサイの時点ではスタミナが切れている恐れがある。

 まだまだパンダを見たがるミユの手を引き、先へと進む。

 ゾウ、ライオン、トラ、ゴリラ、人気の動物が立て続けに現れる。

 その度に歓声を上げるミユ。


「これがゾウであるか! 噂通り鼻が長いのう」

「ライオンであるな! 百獣の王であるとか、こちらの世界は平和であるのう」

「ゴリラじゃ、ゴリゴリしておるのう」


 毎回、檻の前から引きはがすのが大変な盛り上がりっぷりだ。

 中でも最もミユが喜んだのが……。


「おお、シークインじゃ! バケツを持っておるのう。スタッフジャンパーを着ておるのう。さすが賢いのう」


 ちょうど、餌をあげるために檻の中へと入っていた飼育員さんにブンブンと手を振るミユ。

 おい、飼育員さんは動物ではない!


「飼育員さんも手を振られても困ると思うよ」

「なぜじゃ? この動物園に展示されておる動物の中で最も賢い動物が飼育員であると聞いておる」

「飼育員は展示されてないから!」

「そうであったか。てっきり、シークインなる人間に近い種族かと思っておった」


 相変わらず導術によって異世界にもたらされる情報は所々間違っているようだ。

 それでもミユは動物園を満喫。

 サイのツノは毛がぎゅっと固まって出来ている。とか、シビレイッカクドラゴンのツノはなにで出来ているか調べようとすると死ぬ。とか、ダチョウの卵は硬くて、人が乗ってもビクともしない。とか、ゴブリンのこん棒は硬くて、人が殴られるとピクリともしなくなる。など、お互いの世界の動物豆知識を交換しながら、園内を巡る。

 ……少々、異世界の動物情報が物騒な気がするが。

 しかし、楽しいのは事実。

 定番の動物から、ハダカデバネズミなどのマニアックな動物までくまなく見て回る。

 広大な園内を歩き回って、脚がパンパンである。

 俺とミユはベンチでひと休みする。

 目の前に広がる不忍池。吹き抜ける風が水面に小波を立てる。

 風に飛ばされぬよう帽子を押さえるミユ、たなびく黄金色の髪。

 風景のせいか、いつも以上に気品と清涼な美しさを感じる。

 ……なんて池のほとりが似合う女なんだ。不忍池の精なんじゃないのか。斧を落としたら、良い斧と交換してくれそうな……。

 目を細めて不忍池を眺めるミユに目を細める俺。

 この妖精に連れられて、このまま異世界に行ってしまってもいいか……。思わずそんな気持ちになる。

 不忍池の代わりに、異世界の知らない湖をミユと眺める……。

 それも悪くないか。


 ――くるるる。


 そんな俺の妄想をぶち壊すように、ミユのお腹が鳴る。

 やはり妖精などではなく、食いしん坊の女の子なのだ。


「たくさん動物を見て、お腹が空いてきたのう」


 食べる気だったのか!? あんまり食欲をそそる動物はいなかったぞ。しいて挙げればアグー豚はいたけれども。


「なにか食べたい物ある?」


 俺の言葉にミユは大きくうなずく。


「導術師の報告によると、上野には素晴らしい店があると聞いておる。行ってみたいのう」


 ミユはおねだりするかのような上目遣いで俺を見つめる。

 上野の素晴らしい店。

 ……まさか、上野精養軒のことじゃないだろうな。

 たしかに明治時代から続くフランス料理の老舗中の老舗。

 当然ながらランチでも相当お高い。ミユには悪いが、明らかに予算オーバーだ。


「ど、どこかな?」


 十分な間を取ってミユが希望の店を述べる。


「……二木の菓子である」

「そっちか!」


 二木の菓子とは小売りもするお菓子の卸問屋で、お手頃価格でいろんなお菓子が買えるお店なのだ。たしかに本店が上野にあるけど……。正直、助かった。


「ダメかのう? 行きたいのう?」


 もじもじと身体をくねらすミユ。異世界人は実に安上がりである。


「なんの問題もないよ。行こう」


 俺たちは上野公園を出て、アメ横にある二木の菓子へと向かう。


「すごいのう。宝の山であるのう!」


 二木の菓子に入ったミユは動物園を超える興奮状態であった。

 お菓子だけでビルのツーフロア、さらに向かいに別館まである。日本で流通しているお菓子はすべて購入できるんじゃないかと思わせる品ぞろえだ。

 さらに免税対応なため、店内は外国人観光客でごった返している。

 聞いたところによると、日本のお菓子のクオリティは外国人にとっては驚きらしい。特にキットカットの抹茶など、抹茶系のお菓子は非常に人気が高い。

 そんな中、観光客に負けじと、ミユもまたお菓子を物色する。


「おおっ、これは蒲焼さん太郎であるな。その名は異世界まで轟いておる。これは焼肉さん太郎、お好み焼きさん太郎、のし梅さん太郎、なんでもあるのう」


 ミユが食いついたのは駄菓子コーナーであった。

 たしかにコンビニなどに比べれば品ぞろえは圧倒的だ。


「駄菓子に詳しいね」

「幼き頃の憧れであったからのう。宮廷絵師にうまえもんの肖像画を描かせたものじゃ」


 ミユはうまい棒に描かれた、ドラ○もんそっくりのキャラクターを見つめながらしみじみと言う。

 完全に宮廷絵師の無駄遣いだ。しかしミユはそんなことは気にも留めない。片っ端から駄菓子を俺の持つ買い物カゴに放り込んでいく。

 太郎シリーズはもちろん、うまい棒、どんどん焼き、BIGカツも。やおきんが販売するお菓子をコンプリートする勢いだ。

 うまい棒を製造するリスカの社長さんと太郎シリーズを作っている菓道の社長さんはご兄弟。そして販売しているやおきんの常務と親戚であるとの豆知識を言いたいが、そんな暇は与えてくれない。ガンガン駄菓子をカゴに入れる。

 ならば俺も負けてられない。ミユは異世界民、駄菓子についても耳学問、やおきんならましゅろ~にっこりプリン味も入れとかないと……。

 瞬く間に買い物カゴが駄菓子でいっぱいになる。


「こんなに食べれるの?」

「エレノワへのお土産も兼ねておるからの」


 いつも行動を共にするエレノワであるが、今回はデートの雰囲気を壊すと、ひとりでお留守番しているのだ。

 異世界の王女は何気に従者想いである。

 そんな従者への感謝の気持ちと駄菓子で満タンのカゴを持って俺はレジへと向かう。


   ◆


 俺とミユは駄菓子でいっぱいのビニール袋を抱えて家に戻る。


「お土産である」


 出迎えたエレノワにミユは袋を差し出す。

 もちろんすぐに駄菓子パーティー開催の運びとなる。

 キッチンテーブルの上は駄菓子の山が築かれる。

 早速エレノワが駄菓子の王様、うまい棒を手に取る。


「これが名高きうまい棒ですか……」


 エレノワはうまい棒コーンポタージュ味を口へと運ぶ。


「なるほど……。これはまさに美味しい棒でございます」

「そうじゃのう。我々の世界にも棒は数あれど、これほど美味しい棒はないのう」


 ふたり仲良く語り合いながら、うまい棒を頬張る。

 うまい棒は美味いに決まっているが、あまりのもスタンダードすぎる。

 俺お勧めのましゅろ~もぜひ食べて欲しい。

 俺はふたりにましゅろ~の小袋を配布する。


「にっこりプリンとはどんな味なのであろうか?」


 パッケージに描かれたプリンのマスコットをじっと見つめるミユ。


「まさににっこりプリンって感じの味だよ」


 俺の言葉にいまいち納得していないようだが、少し大きめの純白のマシュマロを口いっぱいに頬張る。


「美味じゃのう! これはまさしくにっこりプリン味である」


 俺を見つめてにっこりするミユ。

 そう、自然ににっこりしてしまう味。それがにっこりプリン味なのだ。


「なんとも言えぬ不思議な歯ごたえでございます。そして中心部から、不思議な甘いソースが……」


 目を閉じ、官能的なため息を漏らすエレノワ。マシュマロの独特の食感と中心に隠されていたプリン風味のソースに驚きを隠せない。

 ミユもエレノワもマシュマロ自体が初体験。その上、このソースとくればさぞかしにっこりしたことだろう。

 ならばもっとにっこりさせねば。

 俺はましゅろ~を割り箸の先端に刺し、ミユに手渡す。続いてエレノワにも木琴のバチのようになったましゅろ~を手渡す。

 そして、ふたりを誘って、コンロの前に。

 ましゅろ~の炙りを作るのだ。

 コンロを中火にして、熱が伝わるギリギリの距離でましゅろ~をかざす。

 俺を手本に見様見真似でましゅろ~を火にかざすふたり。

 ゆっくりと中まで温度が伝わりつつ、外面がほんのりきつね色になれば完成である。

 やりすぎると焦げたり、とろけて割り箸からましゅろ~が落っこちてしまう。


「よし、火傷しないように気をつけて!」


 俺はベストのタイミングを見計らって、ましゅろ~を火から離す。

 海外ではマシュマロをキャンプファイアーの火で炙りながら恋や夢などについて語り合うのがよくある青春の一ページらしい。なんだかけったクソ悪い風習だが、マシュマロを炙ることには賛成だ。

 こんがりときつね色になったましゅろ~を箸ごとミユに渡す。

 ミユは口をすぼめて、ふーふーと息を吹きかけながら、ひと齧りする。


「はふっ、はふっ、外はサクサク、中はとろーりで…………甘ぁーいのおおおう! 実に甘い。束にしたサトウキビで頭を殴られたかのような甘さである!」


 表現はどうかと思うが、ミユの言う通り、マシュマロは加熱すると甘さが倍増するのだ。

 もはやにっこりプリン味はにっこりする余裕のないレベルの甘さに到達する。


「この世のものとは思えぬ甘さです。美味しい棒がうまい棒なら、これはあまい球でしょうか」


 エレノワもよくわからない感想を述べながら、熱々のましゅろ~を堪能している。

 そんなミユとエレノワの姿を見ながら俺は思う。


 ――やはりマシュマロは女子に似合う。


 ならば、もっと女子に似合うアレンジを……。

 俺はさらにましゅろ~を炙りながら、鍋で牛乳を温める。

 家にあるもっとも見た目が可愛いマグカップにホットミルクをそそぎ、程よく炙ったましゅろ~を四つほど投入する。これだけで完成だ。

 名づけて〝袖を余らす着こなしの女子が飲みそうな可愛いドリンク〟である。

 作成のコツは、できるだけ可愛いマグカップを選ぶこと、それだけだ。

 普通のマシュマロであれば、ココアパウダーやシナモンパウダーなどをかけた方がいいだろうが、ましゅろ~はにっこりプリンを内蔵している。それが味のアクセントになるので、なにもかける必要はない。

 出来上がった〝袖を余らす着こなしの女子が飲みそうな可愛いドリンク〟にティースプーンを添えてミユに手渡す。

 ミユは相変わらずエレガントなドレス姿で袖は余っていないが、そこは仕方がない。

 袖は余ってなくとも、マグカップを両手で抱えてふーふーと息を吹きかける姿は実に麗しい。

 ホットミルクのなかで溶けるか溶けないかギリギリの状態で浮遊するましゅろ~、それをティースプーンで潰しながら飲む。


「美味じゃのおおう。なんともホッとする味である。さすが成彦殿じゃ、駄菓子を自在に使いこなしておる」


 ミユは味見をするとエレノワにマグカップを手渡す。

 メイド服姿のエレノワもまた袖は余っていないが、やはりマグカップが似合う。


「美味しいですねえ。にっこりプリンとミルクが合わさって、上品な甘さに……」


 にっこりとほほ笑むエレノワ。

 こちらも負けじと可愛いドリンクが似合う。実にキュート、ナイスマグカップ!

 交互に可愛いドリンクを飲み合うふたり。

 すぐにカップが空になる。

 とくにミユは炙ったましゅろ~を気に入った様子だ。


「なるほど、炙るとこれほどに味が変化するのであるか……。そう言えば、お寿司屋さんもいろいろ炙っておったのう」


 ミユは自分の言葉に自分でうなずくとお菓子を物色しはじめる。

 どうやら自分もなにか炙りたくなったらしい。

 ミユが手に取ったのはうまい棒であった。


「どうであろうか?」


 ミユは俺を見つめながら、探るように言う。

 どうなんだろう? やってみたことがないから俺にもわからない。

 しかしわからないで済ますのは俺の流儀ではない。


「とりあえず。全部炙るか」

「おおっ、そうこなくてはのう。炙りに炙ろうではないか! 火炙りじゃ!」


 拳を高々と突き上げ、大興奮のミユ。

 異世界の王女様は火で炙るのが好きなのだろうか……。

 なんだか、向こうの世界では人を炙っていそうで怖い。

 とにかく片っ端から駄菓子を炙ってみることにする。さすがに直火で全部炙るのは手間なので網焼きでやることに。

 網の上に駄菓子を置き、次々と炙っていき、こんがりと色づいたら出来上がりとする。

 まずはミユのリクエスト通りうまい棒から。


「うまい棒は味に変化はないのう……」


 ミユはちょっぴり焦げたうまい棒を食べながらがっかりしている。

 うまい棒は炙ってもただ熱くなるだけで、味も食感も変化がない。それに味つけのパウダーが表面にかかっているためか焦げやすい。

 うまい棒の炙りはダメだな……。


「どんどん焼きもただ暖かくなっただけですね」


 エレノワが自分で炙ったどんどん焼きを試食して報告してくれる。

 キャベツ太郎、もろこし輪太郎、ポテトフライ。いずれも炙っても味にさしたる変化はない。

 スナック系は基本ダメなようだ。それでも黙々と駄菓子を炙り続ける。


「おおっ、これは!」


 ついにミユが喜びの声をあげる。ミユが手にしているものは蒲焼さん太郎だった。


「成彦殿も食べてみよ」


 ミユに促され、箸で大きめのお刺身のように蒲焼さん太郎をつまみ、齧ってみる。


「おっ、美味い!」


 思わず、軽く叫んでしまう。

 食感が全然違う。蒲焼さん太郎と言えば、口を切りそうなほどのソリッドな歯ごたえがあるが、炙り蒲焼さん太郎はふんにゃりとした歯ごたえ。ソースもより香りが強くなり、蒲焼っぽさも増している。これは炙りの方が美味しくなった。

 ならばと、太郎シリーズを続けて炙る。

 焼肉さん太郎、お好み焼きさん太郎も炙ってみるが、やはり同様に美味しくなる。

 特にお好み焼きさん太郎は熱々になったお好み焼きソースが非常に美味い。


「酢ダコさん太郎、のし梅さん太郎はダメじゃのう……」


 ふにゃふにゃ度が増したのし梅さん太郎を齧りながら、しょんぼりするミユ。

 やはり酸っぱい系のものは厳しい。そもそもホットで酸っぱい時点であんまり美味しくない。

 念のため、ビックリマンチョコ、カットよっちゃん炙ってみるが……。

 ビックリマンチョコはチョコが溶け出して、食べると火傷しかねない。もはや危険だ。

 カットよっちゃんは焼いたスルメっぽさが出てなかなか美味しい。とはいえ、予想の範囲を超えるほどではないか……。

 炙り駄菓子選手権。優勝はお好み焼きさん太郎か……。

 俺がそう結論づけようとした時だった。


「これは、正解が出た気がします!」


 エレノワが興奮した様子で報告してくれる。

 エレノワの言う正解とはBIGカツであった。

 こんがりと表面が色づいたBIGカツ。見た目にも美味しそうだ。


「どうぞ」


 エレノワは箸を伸ばして、炙りBIGカツを口元に持ってきてくれる。

 いわゆるひとつの「あーん」の体勢だ。

 せっかくなので、ここは「あーん」で食べさせてもらう。

 俺はパン食い競争のように、エレノワの箸からBIGカツを齧る。

 ……たしかにこれは美味い。

 カレー風味のスパイスがより一層強く感じられるし、食感もカツっぽさがアップした。

 もはや本物のカツと間違えるほど…………ではないけど。


「エレノワ、私にも」


 ミユが口をあーんと開けて、炙りBIGカツをおねだりする。

 俺の食べかけをまったく躊躇せずに残り半切れをひと齧りするミユ。


「美味じゃのう! やはり駄菓子は炙るものじゃのう……。そして、炙ったあとは……」


 ミユはそう言いながら、牛乳を温めようとする。

 まさかBIGカツもホットミルクに入れるつもりか!

 あれはましゅろ~だからこそのアレンジ。駄菓子すべてに適応するものではない。


「いやいや、それは絶対、ヤバい」


 俺はコンロに伸びたミユの手をしっかりとつかみ阻止するが……。

 しかし、ミユは俺の手を振りほどいた。


「駄菓子は幼き頃よりの憧れ。ゆえに私も成彦殿のように駄菓子を自在に使いこなしたいのじゃ」

「でも、BIGカツは……」

「たとえ失敗したとしても、やらなかった場合よりは、ずっと後悔は少ないものである。挑戦することを恐れてはならぬ!」


 毅然とした態度でそう宣言する。

 そう言われると、俺も反論できない。

 ミユはBIGカツを細かく千切り、ホットミルクに投入し、ひと息に飲み…………。

 がっくりとうなだれた! なんとも言えない、悲しそうな目。

 その姿は誰がどう見ても思いっきり後悔している人にしか見えないのであった。

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