姉作俺向け萌え教材は二次元で三次元でＳ気質

最終話 答案返却＆個人成績表配布 賢祐、聡実の性奴隷回避なるか？

翌週月曜日、最初に返却されたのは世界史だった。

……嘘だろ。六四点って。前より、二二点も下がってる。

　賢祐は高校に入ってからの自己最低点に落胆し、顔も蒼ざめた。

　一応は得意科目なので、ショックの強さは一入だったのだ。

「賢祐くん、元気出して。平均点も大きく下がってるみたいだし」

「けんすけ、おれなんか二九やで。一夜漬けしてんけど」

休み時間、伸英と朋哉は慰めてくれたが、

今回、平均点は五七って言ってたけど、平均は関係ないよ。

賢祐の気分は晴れなかった。

続いて返却された古典は、七八点。

これはまあ、想定通り。もう少し稼ぎたかったけど。

　賢祐は少しだけ安堵した。平均点は未採点のクラスがあるので公表してもらえなかった。

　現国は、前回より平均点は上がったものの、賢祐の点数は中間の六九点から六二点に下がってしまった。

平均は、あったけど……。

　賢祐はまた不安な気持ちになる。

帰りのＳＨＲにて返却された生物基礎は、七四点でまずまずの出来だった。

　　　　　　　　＊

「賢祐、古典と生物はまあまあ良く出来たかなっと思うけど、現国と世界史でこんなひどい点取って。もっと本気で勉強せな、あかんやないっ！」

「姉ちゃん、その二つも平均点よりは少し上だったんだよ」

「賢祐は理系クラスに進もうとしとるんやろ？」

「確かにそうだけど」

「ほな文系科目も全部平均より相当上やないとあかんの分かっとる？」

「分かってるって」

「伸英ちゃんは、世界史なんぼやったん？」

「……九五点だったよ。ちなみに修作は九八点」

「ほらね。いつも真面目に勉強して来た子は、いくら問題が難しくなって平均点が下がっても高得点が取れとるでしょ」

「俺も今回は真面目に勉強したよ。伸英ちゃんや修作は俺と地頭が違うんだって」

「得意科目でこの有様じゃ、もううちの性奴隷確定的ね♪　えへへっ♪」

「姉ちゃん、他の科目で平均を大幅に上回ったら百位超えるから」

「あとは現社以外苦手科目しかないくせに、そんな奇跡起こるわけないって。賢祐、うち、明日までに縄とかイチ○ク浣腸とかローションとか用意しておくからね。たっぷり悶えさせてあげるよ♪」

「待ってよ姉ちゃん、今度は絶対超えてるから」

「ふふふ。まあ、一応順位が出るまで期待せずに楽しみに待ってあげるわ」

「……っていうか姉ちゃん、場所わきまえろ。近所の人に見られたらめっちゃ恥ずかしいだろ」

「これもプレイよ」

　賢祐は帰り道、今から大学へ向かう途中の聡実とばったり遭遇し、テストを見せるよう要求されて素直に従ったわけだ。

聡実にぷんぷん顔で説教されたのち、にやけ顔で優越感に浸られたことで不愉快になった賢祐は四つの答案を返してもらうと、

百位以内に入るの、きっと無理っぽい。あとは神に祈るのみだな。

しょんぼり気分で自宅へ帰って行った。

　自室に入ると、

「ケンスケくん、Ｓｈｏｗ　ｍｅ　ｙｏｕｒ　ａｎｓｗｅｒ　ｓｈｅｅｔ．」

「ケンスケトン、テスト、テスト」

「賢祐君、テスト見せてね」

「賢祐お兄ちゃん、テストーッ」

「賢祐さん、見せたくないとは思いますが、受講生の成績をきちんと把握することはわらわ達の使命ですので、お願いします」

教材キャラ達はさっそく要求してくる。モニター越しに事前に知ろうと思えば知ることは出来たのだが、葉月の権限により、賢祐が帰ってくるまで待つことにしたのだ。

　賢祐はもちろんこの五人にも答案を見せてあげた。

「古典、高得点おめでとうございます。現国は急に成績を上げるのが難しい科目ですから、あまり気になさらないで下さいね」

　葉月は満面の笑みを浮かべる。

「世界史も賢祐君は今回良く頑張ったわ。今回は難易度かなり高かったし。それで六割以上はまあまあ立派よ。前回高かった分、今回大幅に下がった平均点はまるでセンター試験みたいね」

　州湖良も優しく褒めてくれた。

　　　　　　　☆

翌日火曜日も引き続きテスト返却Ｄａｙ。

朝のＳＨＲ時に返却された化学基礎、賢祐の点数は六三点だった。

一時限目数学Ａ、六七点。

二時限目現代社会、七六点。

三時限目数学Ⅰ、六五点。

いずれの科目も中間テストよりは十五点以上アップしていた。

この四科目は、古典と同じ理由で平均点は公表されず。

そして四時限目。

「では今からテストを返しますね」

播野先生による英語の授業にて、賢祐の最も苦手としている英語のテストが返却されることになった。

「今回、平均点は中間より一〇点以上ダウンして五三点になっちゃいました。でも、模擬試験はもっと難しいからね」

　播野先生はこう付け加えて、答案を出席番号順に返却していく。

「寺浦くん、もっと頑張りましょうね」

「うわっ、予想通り赤点か」

　播野先生はやや表情を険しくさせ、朋哉に答案を返却した。

「朋哉、何点だった？」

　賢祐はやはり気になってしまう。

「二四」

　朋哉は爽やか笑顔で堂々と言い張る。

「やばいなぁ」

　賢祐の表情は若干引き攣った。自分もそれに近い点数かもしれないと思ったからだ。

「心配しないで。利川くんは今回、とてもよく出来てたわよ」

「えっ……嘘ぉ！！」

　賢祐は受け取って点数を眺めた瞬間、驚愕の声を上げた。

　中間テストで五〇点台だった英語が、八二点もあったのだ。

「すげえな、けんすけ」

　朋哉もかなり驚いていた。

えっと、全部足すと……。

　賢祐は自分の席に戻ったあと、これまでに返却された九科目分の合計点を頭の中で計算してみる。九〇〇点満点中、六三一点。一科目あたりの平均は約七〇点だ。

この点数で、百位以内に入れるか微妙だなぁ。平均点は中間より大幅に下がってるはず。

　賢祐はそのことを強く願った。

「賢祐くん、英語すごく頑張ったんだね。おめでとう」

「おめでとうございます。利川君。かなり実力を上げて来ましたね」

「いやあ、これはまぐれだよ」

　休み時間が始まると、賢祐の席へ伸英と修作が祝福の言葉を述べに来てくれた。賢祐は照れくさそうに謙遜する。

伸英は九四点、修作は九八点。さすがにこの二人には適わなかった。

　　　　　　　　　　　＊

「あら賢祐、意外とええ点取れたのね。伸英ちゃんの答案カンニングしたんやないの？」

「してないって。っていうか、出来るわけないだろ。俺の努力、素直に認めてよ」

「ふふふ、冗談やって。せやけど、賢祐がこんなに取れとるんやし、平均八〇以上はあるんやないの？」

「姉ちゃん、それはあり得ないって」

「そうかなぁ？　あとは順位発表、めっちゃ楽しみぃ♪　さすがにかわいそうやから、浣腸プレイは中身は抜いてあげるね」

「姉ちゃん、百位以内に入れないこと前提に気持ち悪い妄想するなよ」

この日の帰ってからのリビングでの聡実とのやり取り。聡実は賢祐の英語の点数が予想以上に良かったことを不審に思ったようだ。

　　　　　　　　　　　☆

　その日の夜、賢祐が夕飯を食べて自室に戻ると、

「ケンスケトン、ネイピアデニンがケンスケトンの五教科九科目での予想学年順位、出してくれたぜ」

　雲母がこんなことを伝えて来た。

「科目毎の予想平均点と、過去の定期・課題テストから分析してみた結果、賢祐お兄ちゃんの予想順位は……」

根位比愛がそう言ってから数秒間、沈黙が続く。

賢祐の心拍数はかなり高まっていた。

「一〇二位。誤差はプラスマイナス五位以内となったよ」

「……微妙過ぎる」

　いよいよ根位比愛が告げると、賢祐は苦虫を潰したような表情で突っ込んだ。

「ケンスケくん、ネガティブになっちゃダメ。ａｂｓｏｌｕｔｅｌｙ九九位以内だって」

「賢祐さん、あくまでも予想ですので」　

「ケンスケトン、元気出しなよ」

「賢祐お兄ちゃん、これはあたしが遊びで出したものだからね。当てにならないよ」

「賢祐君、自信を持ちなさい。たとえ百位以下だったとしても、聡実ちゃんを説得すればなんとかなるから」

　教材キャラ達は優しく励ましてくれる。

「ありがとう。でも、経験上姉ちゃんに言い訳は絶対通用しないよ」

「ケンスケくん、このピンチを乗り越えられたら、二年半後の大学受験にも大いに自信が持てるようになるよ」

　それでも不安になる賢祐に、モニカはウィンクして勇気付けた。

　　　　　　　　　　　＊

　翌日には副教科も返却され、賢祐は保健七三、家庭科六八点で共に学年平均よりやや高い点を取ることが出来た。

さらにもう一つ朗報が。賢祐はこの日、四時限目の水泳の授業でクロール五〇メートルを泳ぎ切り、夏休みの補習を回避出来たのだ。

　　　　　　☆　　　☆　　　☆　

同じ週の金曜日、帰りのＳＨＲ開始直後。

「それでは皆さんお待ちかねの、待ってないかな？　個人成績表を配布するわね」

担任の播野先生がこう告げた瞬間、

……つっ、ついにこの時が来たかっ！　

賢祐は今まで経験したことがないくらい心拍数が上がった。

「呼ばれたら取りに来てね。赤阪くん」

　テストの答案と同じように出席番号順だった。

　六番の修作は受け取った瞬間、

　副教科含めても総合ではトップでよかったよん♪

　ご満悦な表情を浮かべた。またしても学年トップだった彼の総合得点は一一〇〇点満点中一〇七五点。この高校の期末テスト個人成績表には、副教科を除いた総合得点と学年順位も記載されており、そちらは九〇〇点満点中八八七点。もちろんトップである。

「けんすけ、いよいよ運命が決まるな」

「うん。英語で八二点も取れるとは思わなかったし、もしかすると、いけるかも」

「絶対あるって」

「賢祐くんなら、きっとあるよ」

　それ以降のクラスメートの名前が呼ばれている最中、朋哉と伸英が賢祐の席へ近寄って来て勇気付けてくれる。

「寺浦くん」

「あっ、もうおれか」

　いよいよ呼ばれた朋哉は慌てて個人成績表を取りに行く。

　賢祐も彼のすぐ後なのですぐさま立ち上がって教卓の方へと向かった。

「利川くん」

「はい」

百位以上、あってくれ、あってくれ、あってくれっ！

　賢祐は心の中でこう何度も唱えながら、個人成績表を受け取った。

　そして休まず副教科を除いた総合得点の学年順位が載っている欄を見つめた瞬間、

そっ、そんな……あんなに、頑張ったのに。

　賢祐はかなり落胆する。百位を、超えられなかったのだ。

三一五人中、一〇七位だった。《副教科を含めると一一八位》

まあ、仕方ないよな。これが現実かぁ。他のみんなも同じように勉強してるもんな。

　賢祐は暗い表情で自分の席へと戻っていく。

「けんすけ、惜しくも百位超えれなかったんだな。元気出せ。リアル姉からの折檻は極上のご褒美だと思え」

「賢祐くん、残念だったね。でも、気を落としちゃダメだよ。夏休み明けの課題テストで頑張れば、なんとかなるよ」

　朋哉と伸英だけでなく、

「利川君、前回よりは順位かなり上がっているから希望を持ちたまえ」

　修作も賢祐のそばへ寄って来てくれ慰めてくれた。

「まあけんすけ、気にするな。おれなんかさらに順位下がってワースト記録更新したぜ。夏の新番組のせいやな」

朋哉は苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は副教科を除くと二七四位、含めると二七八位だった。当然のごとく一科目も修作に勝つことは出来なかった。

残りの男子の分が配り終わると、女子の分も配布されていく。

前より上がってる。すごく嬉しい♪　あの五人の女の子達と聡実ちゃんのおかげだよ。

伸英は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。一〇〇九点で学年十三位。中間テストの時より三つアップ。家庭科では満点を取り、修作より順位が上だった。副教科を除くと八一八点で十四位。中学時代は同級生二三〇人くらい中、最高六位、最悪でも十一位だった伸英。一学年の人数が増え周りの学力水準も上がったこの高校でもほとんど順位を落とすことなく済んでいるのだ。

「姉ちゃんにどうやって言い訳しよう？」

　解散後、賢祐は廊下を俯き加減で歩きながらため息まじりに呟いた。

「けんすけ、七つくらいの差ぁやったら、大目に見てくれるかもしれないぜ」

「ここは利川君の高度な説得力が試されますね」

　朋哉はにこやかな表情で、修作はきりっとした表情で言う。

「賢祐くん、聡実ちゃんから折檻されたくないってこと、私もいっしょに聡実ちゃんに交渉してあげるよ」

　伸英はとても心配してくれる。

「なんか、悪いけど。頼むよ、伸英ちゃん」

　賢祐は自分の力だけでは絶対無理だろうと感じ、伸英に協力を求めることにした。

　今日は久し振りに賢祐、伸英、修作、朋哉の四人でいっしょに帰ることに。月に二、三回程度はこういうことがあるのだ。

　四人が正門を通り抜けてから三分ほどが過ぎた頃、

　プップー♪　と、四人の後方から、車のクラクション音がした。

ほとんど間を置かず、

「あのう、利川くん」

　女性の叫び声。担任の播野先生だった。四人は立ち止まる。

「あの、利川くんの個人成績表に、一箇所重大な間違いがあったの」

「えっ！」

　播野先生から伝えられたことに、賢祐は目を丸めた。

「世界史の点数が、位が逆になってるはずなの。確かめてみて」

「そっ、それじゃ」

　播野先生から伝えられると賢祐は慌てて通学鞄から個人成績表の答案を取り出した。世界史の得点欄を確かめてみる。

　六四点を取ったはずが、四六点と表記されていたのだ。

「これが訂正分よ」

　播野先生は車の窓越しに新しい用紙を渡してくれた。

「…………やっ、やったぁーっ！　ギリギリで百位以下回避だぁーっ！」

受け取って自分の順位を知った途端、賢祐の顔は瞬く間にほころんだ。

訂正された彼の副教科を除く学年順位は、一〇七位から八つ上がって九九位となった。総合得点も六一三から十の位と一の位とが入れ替わって六三一へ。よく似ているため賢祐も配布された時気づかなかったのだ。副教科で足を引っ張ってしまい、総合では一〇八位だったがかなりの健闘である。

　賢祐の目は、ちょっぴり涙で潤んでいた。

「利川くん、よっぽど嬉しかったのね」

　播野先生はそんな彼を見て優しく微笑む。

「よかったね、賢祐くん」　

「利川君、おめでとうございます！」

　伸英と修作も大喜びしてくれた。

「見事な大逆転だな。なあ、けんすけ、なんでそんなに急激に順位上がったんだ？」

　朋哉は不思議そうに質問してくる。

「姉ちゃんの奴隷にならないように、本気出したおかげかな」　

　賢祐は生き生きとした表情で説明する。

「まあ、けんすけは中学の頃からずっと学年平均未満なおれと違って、元々成績良かったからな。おれも夏休みは頑張らんと。夏休み明けの課題テストではおれも百位以内を目指すぜ」

「口だけにならないようにね♪」

　修作は得意顔で朋哉に忠告しておいた。

「寺浦くん、冗談じゃなく、本当に頑張らなきゃ二年生になれないかもしれないわよ」

　播野先生はやや険しい表情で念を押し、Ｕターンして学校へと戻っていった。

　　　　　　　＊

「母さぁーん、これ、見てくれよ！」

「どうしたの賢祐？　そんなに興奮して」

　賢祐は家に帰り着くとすぐさま、訂正された個人成績表をリビングでお昼のバラエティ番組を見ていた母に見せ付けた。

「百位以内に、入れたんだ」

「あらぁ、すごいやない賢祐。ひょっとして、今回は一五〇人くらいしかテスト受けへんかったんやないの？」

　母はにやりとした。

「そんなこと無いって。いつも通りだよ。何人中の順位かも載ってるだろ」

「あらほんまやね……それにしても、ほんまにギリギリ回避ね、賢祐」

「どう、俺もやれば出来るでしょ」

　賢祐は得意げににっこり笑う。とても上機嫌だった。

「これなら、聡実からも褒められるわね」

　母もとても嬉しそうだった。

賢祐は個人成績表を返してもらうと、意気揚々と自室へ駆ける。

「Ｃｏｎｇｒａｔｕｒａｔｉｏｎ！」

「姉君の性奴隷辛くも回避、おめでとうございます！」

「やったなケンスケトン」

「賢祐お兄ちゃん、あたしも限りなく嬉しいよ♪」

「賢祐君、よく頑張ったわね。この調子で次も更なる高みを目指して頑張るのよ」

　教材キャラ達もパチパチ拍手を交えて大いに祝福してくれた。

「俺がこんなに順位が上がったのは、みんなのおかげだよ。ありがとう」

　賢祐は嬉し涙を浮かべながら感謝の気持ちを述べる。

「これこれ、男の子が泣いちゃダメよ」

　州湖良は優しく微笑みかけ、彼の頭をそっとなでてあげた。

「だって俺、本当に、嬉しくって」

　賢祐はさらに涙が溢れ出て来る。

「賢祐お兄ちゃん、あんまり泣くと『あー○あん』の絵本みたいに、お魚さんになっちゃうよ」

「ケンスケトン、喜びの刺激が閾値に達したんだな。ちなみに涙の原料は血液なんだぜ」

「賢祐さんの目にも涙ですね」

「ケンスケくん、Ｄｏｎ‘ｔ　ｃｒｙ．学校の定期テストなんて、ただのｗａｙｐｏｉｎｔだよ。泣くのは、第一志望大学にパスした時だよ」

　他の四人は微笑ましく眺めていた。

　このあとテストの結果を賢祐が聡実のスマホにメールで伝えると、

　マジで！　あり得んやろ。今日雪が降るんちゃう？

　など予想通りの驚きの反応が返って来たのだった。

　　　　　　＊

その日の夕方六時半過ぎ、帰宅するやまっすぐ賢祐の自室に入り込んで来た聡実に、

「マジで百位以内やん。あーん、絶対入れないと思ったのに。せっかく用意したのにぃ」

　賢祐が個人成績表を見せつけると、聡実は残念そうにしていた。除毛クリーム、剃刀、ローション、イチ○ク浣腸、縄を事前に用意していたのだ。

「どう？」

　賢祐は得意げに笑う。

「賢祐、夏休み明けの課題テストでは十位以内を目指そっか？」

「それは絶対無理だ」

「うちが出来てんから、賢祐なら絶対やれるって」

「無理、無理」

「賢祐、自信持ちって。とりあえず、百位以内に入れたご褒美にキス♪」

「うわっ！　やめろ。汚い」

　聡実は賢祐にガバッと抱き着き、ほっぺたにムチュッとキスをした。唾液もちょっぴり付けられた賢祐は迷惑がるも、不覚にも照れくさくて頬を赤らめてしまう。

「本当に仲良いね。サトミちゃんケンスケくんｏｌｄｅｒ　ｓｉｓｔｅｒ　ａｎｄ　ｙｏｕｎｇｅｒ　ｂｒｏｔｈｅｒ．」

「聡実さんもいと喜ばれていますね」

「おかえりなさい聡実ちゃん」

「やっほーサトミトコンドリア」

「聡実お姉ちゃん、おかえりーっ！」

　突如、聡実の入室直前にいったん隠れた教材キャラ達がそれぞれの教材から飛び出して来た。

「うわぁっ！　みんな。出てきちゃダメだってっ！」

　大いに焦る賢祐に対し、

「大丈夫ですよ賢祐さん、聡実さんにはとっくにバレていたようですから」

　葉月は微笑み顔で言う。

「えええぇぇっ！！　みんな、すでに気付かれてたの？　姉ちゃん、いつから気付いてたんだ？」

　賢祐は唖然とした表情で問いかけた。

「おねしょ事件の時から変やなぁって思ってたの。おしっこまみれのパジャマのにおい嗅いでみて、賢祐のおしっこの匂いじゃないなぁって」

　聡実はにやけ顔で理由を伝える。

「きっかけが変態過ぎる」

　賢祐は苦虫を噛み潰したような顔で呆れ返る。

「それでね、その日の夜、賢祐がお風呂入っとる間に賢祐のお部屋にこっそり超小型ビデオカメラを仕掛けておいたの。賢祐がお部屋に入った瞬間に、この子達が飛び出して来た映像確認してマジびっくりやで！」

「いろいろ言いたいことはあるけど、そんな前からすでに気付いてたんだな」

「うんっ！　でもあのあともしばらくはうちの見間違いや思ってたんよ。うちが賢祐の部屋に直接確かめに行ったらいっつも姿見せんかったし。賢祐がおらん時にうちがテキスト触りに行って振り回しても何も反応せんかったし。三次元したこの子達に直接会ったのは今朝が初めてよ。賢祐が学校行ったあとすぐ。うちがモニカちゃん達が三次元化出来ることとっくに気付いとんよって言うたらあっさり出て来てくれてん。うちが生み出したキャラがこんな風になってくれて、めっちゃ嬉しかった。感激したで。ママとパパにはまだナイショにしとこってことにはしたけどね」

「俺もその方が絶対いいと思う。姉ちゃん、最初に映像確認して以降は俺の部屋に仕掛けてないよな？」

「うん、目的果たせたし」　

「本当かな？」

「ほんまやで。うちを信じて」

「その顔は絶対仕掛けてるだろ」

　賢祐の目を見つめながらにやけ顔で訴えた聡実を、

「賢祐さん、わらわ達はカメラの映像も全て確認しましたが、聡実さんのおっしゃることは本当ですよ」

「ケンスケくんがスコラちゃんが出したトムヤムクン食べてるシーンで録画時間リミットになって映像止まったよ」

「葉月ちゃんとモニカちゃんがそう言うんなら、本当みたいだな」

賢祐は葉月とモニカの主張を考慮に入れて信じてあげることにした。

　かくして聡実の前でも心置きなく姿を現せるようになれた教材キャラ達は、この日の夜は聡実といっしょにテレビゲームやボードゲームなどをして賑やかに遊び、大いに楽しんだのだった。

　　　　　☆　☆　☆　

「うーん、どうしよう。提出期限明日までだよ」

　あれから数日が過ぎたある日の夜、賢祐は自室で学習机の椅子に座ってプリントを眺めながら悩んでいた。

「第一回文理選択希望調査かぁ。ケンスケくんは文系をセレクトするんだよね？」

　モニカが覗き込んでくる。

「いや、俺は理系に進もうかなっと」

「えっ！　わたくし、てっきり賢祐君は文系に進むものだと。国語と社会科が得意なようだし、英語も今回かなり成績伸びたでしょう」

　州湖良は驚き顔になった。

「そうなんだよね。だから俺、本当に理系にしていいのかなぁって。伸英ちゃんは文系クラスに進むみたいだし。姉ちゃんは理系を勧めてくれたんだけど……」

「賢祐お兄ちゃん、理系に来てっ！　賢祐お兄ちゃんは理系に進むのぉーっ！　数Ⅲの範囲までいっしょにお勉強するのぉーっ！」

　根位比愛は賢祐にぎゅーっとしがみ付きながら大声でわめいた。

「ケンスケトン、理系に進んで物理と化学と生物、出来れば地学もさらに深く学ぼうぜ。その方が将来絶対役立つぜ」

　雲母も袖を引っ張って来て強く要求してくる。

「あの、根位比愛ちゃん、雲母ちゃん」

　賢祐は当然のごとくとても迷惑がる。

「進路を、強制するのはよくないです。これは賢祐さん自身の問題ですから。出来ることなら、文系に来て欲しいですが……」

　葉月は暗に願う。

「賢祐君の成績なら、文系の方が後々絶対楽よ」

「ケンスケくん、理系に行ったらノブエちゃんとクラスが別になっちゃうよ」

「それは、まあ、クラスは別だったことの方が多かったから、べつに、いいよ。理系クラスでは５人中３人が国公立行ってるから、文系学部志望でも国公立狙いだから理系に進むって子も毎年二割近くいるみたいだし。姉ちゃんも理系進んで結局文転したし……俺、理系に進むよ」

　賢祐は意志を固めた。

「やったぁ！　これから賢祐お兄ちゃんといーっぱい付き合えるね」

「さすがケンスケトン、まあ文系と理系を分けるのはナンセンスだとアタシは思うけどな」

　根位比愛と雲母は満面の笑みを浮かべ、大喜びする。

「英語はどちらに進むにしても重要科目だから、付き合いはいっぱい出来るね」

　モニカは得意げな表情だった。

「賢祐君、本当にそれでいいの？　もう一度良く考えてみない？」

「賢祐さんがそうするのなら、仕方ないですよね」

「州湖良ちゃん、葉月ちゃん、俺は国公立志望だから、理系学部に進んでも国語と社会は入試で使うし、理数と英語に負けないくらいいっぱい勉強するから。それにこれ、まだ正式決定じゃないし、正式決定は十二月の最終調査だから」

州湖良と葉月に困惑顔で残念がられるも、賢祐は意志を曲げなかった。文理選択希望調査表に黒のボールペンで理系クラスに○を付けた。

　　　　　　　　　　　＊

「理系進むつもりなら、二学期以降はより一層校内テストで高順位を求める必要があるわね。あの子達にもっと厳しく指導してくれるように言っておこうっと♪」

「姉ちゃん、勘弁してくれ」

　聡実は賢祐の理系選択に関して、にやけ顔で主張したのだった。

　　　　　　　　　　　☆

翌日の帰りのＳＨＲ後、三者面談が始まる。終業式の日まで数日に渡ってクラスメート全員に行われるのだ。賢祐は初日の午後一時半から、伸英は四時からだった。

「利川君、期末テストよく頑張ったね。この調子でもっと順位を上げていけば、理系クラスのハードなカリキュラムでもじゅうぶんついていけるよ」

「そうですか」

　播野先生からこう告げられると、賢祐は緊張が解れ表情がほころぶ。

「よかったね、賢祐」

　母もとても喜んでいた。

「利川くんは、大学は国公立志望かな？」

「はい。まあ、一応。姉ちゃんと同じ阪大でも行ければいいかなぁっと」

「それなら二学期以降は今よりもっともっと良い成績が取れるように、夏休みはめっちゃ頑張らなきゃダメよ。この高校から阪大現役合格狙うなら、お姉さんみたいに学年十位以内が目安だからね。お盆くらいは遊んでもいいけど、それ以外の日は一日最低五時間は勉強しなさい」

　播野先生はきりっとした表情で告げる。

「えーっ、そんなに？　まだ一年生なのに」

　賢祐は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「受験勉強は、一年生の頃からの積み重ねが大事だからね。お姉さんは一年生の頃から大学受験のこと強く意識してたよ」

　播野先生は爽やか笑顔で忠告する。

「賢祐、分かった？」

　母に肩をポンッと叩かれた。

「……一応」

　賢祐は沈んだ声で答える。

「利川くん、頑張ってね。夏休み明けの課題テスト、期待してるわっ！」

　播野先生は優しく微笑みかけ、エールを送ってくれた。

　これにて三者面談は終わり、賢祐と母は教室をあとにする。

「それにしても賢祐、聡実が作った女の子のアニメ絵が描かれとる教材使って、ほんまに一気に成績上がったわね。母さんは正直あんなに上手くいくとは思わへんかったわ」

「姉ちゃんが作ってくれた教材、本当に使ってよかったよ。教科書や市販の参考書より遥かに役に立ったし」

「賢祐のその褒め言葉、聡実にメールで伝えておかなきゃね」

「母さん、照れくさいから絶対やめてくれ」

　廊下を歩き進みながら、楽しそうに会話を弾ませる賢祐と母。

「甚だ嬉しいです。わらわ達を絶賛してくれて」

「なんか照れるなぁ」

「ケンスケくん、いいこと言ってくれるね」

「賢祐君ったら。厳しく指導した甲斐があったわ」

「賢祐お兄ちゃんに気に入ってもらえて、あたしも限りなく嬉しい♪」

　その様子は、教材キャラ達からもテレビモニターを通じてしっかり観察されていた。

　音声も入るように、雲母が改良したのだ。

　　　　　　　☆

『あの、賢祐くん、理系クラスに行けそう？』

その日の夕方、賢祐のスマホに伸英から電話がかかって来た。

「うん。俺は大丈夫だったよ」

『よかったねー賢祐くん、私も理系クラスに進むことにしたよ』

「えっ！　伸英ちゃんも理系なの！？　でも、希望調査、文系で出してたよね？」

　予想外の報告に、賢祐はかなり驚いた。

『そうなんだけど、私、被服学や栄養学の方にも興味があって。そのためには化学や生物をもっと詳しく勉強した方がいいかな、とも思って。それと、理系クラスは多くの科目が勉強出来るから進路の幅を広げ易いよって播野先生からも三者面談で勧められて、変更したの』

「そっ、そうなんだ」

『二クラスだけだから、また賢祐くんと同じクラスになれる可能性は高いね』

「そっ、そうだね。じゃあ俺、そろそろ、切るね」

『うん。賢祐くん、また明日ね』

「分かった」

　こうして賢祐は電話を切った。彼の表情に、少し笑みが浮かんでいた。

「ノブエちゃんも、理系に進むんだねっ。Ｗｏｎｄｅｒｆｕｌ！」

「ケンスケトン、理系を選んでよかったな」

「あたし、これからも賢祐お兄ちゃんといーっぱいお付き合い出来るから限りなく嬉しい♪」

　雲母と根位比愛は満面の笑みを浮かべていた。

「数学は、特に進度が速いみたいだから不安はいっぱいあるけどね」

　賢祐は苦笑いする。

「賢祐君、絶対国公立に進んでね。聡実ちゃんみたく文転してもいいのよ」

「賢祐さん、理系こそ国語はライバル達と差を付けるための重要科目です。古文漢文はマーク模試で常に満点を狙えるように頑張っていきましょう」

　州湖良と葉月から真顔で強く要求された。

「みんな、引き続きよろしくね。あとは朋哉が心配だな。絶対理系無理って言われそう」

朋哉は、最終日の午前十一時から三者面談が組まれてあった。一人通常十五分のところを、彼は三〇分取られていた。