一年生

一話「日々」

 季節は晩春。

 今年は気温が例年より高く、稀に季節外れの蝉の断末魔が耳に届く。

「よし! 昨日出した宿題回収するぞ! 後ろの人は集めてきなさい!」

 そんな昼過ぎ。休み時間の余韻が残る中、科目の担当教諭が教室に入るやお構いなしに授業が始められる。例年より暑いがマニュアル通りに動く公立高校では職員室と事務室以外はクーラーの恩恵に与れない。夏服を下に着て授業中は上着を脱ぐことを認めてはいるが、登下校時は未だ冬服しか認めない徹底ぶりだ。追い打ちをかける熱波は風を連れてきてくれず、窓からわずかに忍び込む風は熱風と呼ぶべきほど熱量を運んでいる。

「教科書の六十七ページからだ! 予習はやっているだろうから、まずは問三まで解いてみろ!」

 そんな中、熱血教師の授業が開始されては、誰しもやる気を失ってしまう。教師と、生徒との温度差に気付いていないのは教師だけだろう。

 俺は教師が大嫌いだ。

 教員免許を持っているというだけで、自分の感性を生徒に押し付けるクズ教師。つまらないのに勝手に盛り上がって、勝手に冷めて怒り出すアホ教師。社会に出たときのため云々言ってるくせに、自分は大学からそのまま教員になり世間とどれだけズレているか気づいていないバカ教師。そもそも生徒などすでに眼中にないダメ教師。

 生徒のことを考えている教師なんてそうそういない。

 だがその反面、生徒側が良いかといえば、そんなことはない。地元では進学校と呼ばれるこの学校は、漫画やドラマで見られるような典型的な不良やヤンキーはまず見ない。皆一様にそこそこ勉強ができるわけだが、正確に言えば勉強しかできないとも言える。

 語彙が少ないのか、男子はバカの一つ覚えで毎日下ネタばかり口にし、女子は身内で固まり、陰口と不満と自己主張を口にする。勉強はできても応用力は乏しく、ただひたすら丸暗記ばかりに力を注ぐ。目標は偏差値の高い大学へ行くことで、多くの生徒が行った先のことは大して考えていない。そのくせ多くは偏差値が中の上。一部の突出した学生が有名大学をちらほら受かっている程度で、進学校と呼ぶには程度は低い。

 俺には理解ができない。毎日。毎日毎日、ドラマがどうの、アイドルがどうの、カラオケがどうの、ゲームがどうの、と飽きもせずに繰り返す。勉強も無理矢理やらされるものと認識し、不平不満を口にするが、自分からは何も動こうとしない。

 高校生にもなって、駄々をこねる幼児と大差ないのではなかろうか。

 ……そして、

 そんな風に他者を見下し周りを拒絶し続け、結局動こうとしない俺自身は、何より大嫌いだ。

「――野! 黒野! 何ボーとしてやがる。問二を答えろ」

「すみません」

「どうした」

「……まだやってません」

 手元のノートを教科書で隠すように覆い、必要のない嘘をとっさ口にした後悔を表情に表さないよう、答えた。

「まったく、何をやってるんだ! 一年生だとしても、今からきちんと勉強してないと大学受験のとき大変な思いをするぞ! 分かったな? 次――」

 毎日、毎日同じ。まったく同じ。一緒。変わらない。そんな日々。

 教師は大学に行けという。レベルの高い良い大学にいけば勝ち組になれるという教師もいる。だが、そこでも毎日同じ繰り返し。就職しても、昇進しても、出世しても同じ。変わらない。この世界は、自由に生きられない。そういう仕組みに出来ている。

 そのことに気付いたときから、すべてが嫌いだ。

 だからといって、現実逃避に非行に走った所で、それは何にもならないと思い至ってしまっている。法を敵に回したところで、その先に何もありはしない。

 結局……、

 嫌いだからどうなることはない。別に拒絶を言動に表す訳ではない。そんなことしても時間と労力の無駄なだけだ。

「黒野、すまないがそこのプリント、教員室まで一緒に持っていってくれ。手がふさがってしまってな」

「……はい、構いませんよ」

「いつも悪いな」

 そして、教師と言う人間は、従順な生徒を好むと言うことも知っている。少

なくとも、この学校にいる奴らはそう。だから、いつも猫をかぶる。それが一

番無難で、面倒ごとから遠ざかれるから。  

「そういえば黒野」

「なんですか?」

「入学直後に出した進路希望だが地元大学の法学部になってたな」

「はい」

「将来は何になりたい職業や就きたい企業は決めているのか?」

「……まだそこまでは決まってませんね。進路希望も、とりあえず……と言った感じです」

「そうか。黒野は弁護士とか向いていそうだと思うんだがな!」

「……そういうのも、いいかもしれませんね」

「おお! そうかそうか! じゃあこの三年が勝負だな! そうなると志望はもっと偏差値の高い大学がいいぞ! 黒野は模試の成績がなかなかよかったからな! 今度法学部の強い大学の一覧を持ってきてやろう!」

「……はい、ありがとうございます」

 ただ無難に、杭を出さず、悪目立ちせず。そうしながら漠然と生きる。なんの意味もなく、生きている。



 ――そんな生き方でいいのか?

 内心から問いかける自分がいた気がした。だがすぐに思考が疑念を上書きする。

 ――哲学者になりたいわけじゃない。

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