パウエルの故郷 1
夢を見ていると自覚する夢を明晰夢というらしい。夢だと気づいて目を覚ます者もいれば、夢の中を「夢だから」と思いのままにできる人もいると聞く。人によって様々なようだが、ハーニーの場合、夢だと気づいても何も変わらなかった。
夢は決まって同じ情景を映し出す。一面白銀の世界だ。森に囲まれた雪原。正確には森の中の開けた場所、その冬景色だ。
風はない。雪も降っておらず、良く晴れた冬の空が広がっている。
またいつもの夢か。
時折見る夢。いつも同じ夢。
気づいたところで夢は何も変わらず、そして自分が何かできるわけではない。というのも何度も同じ夢をみていながら、自分がどういう立場にいるのか未だ分かっていないのだ。
夢の中の自分は辺りを見回す。それはハーニーが望んだ動きではない。ハーニーからすれば勝手に視界が動く感じだ。何かを探す首の動きは、すぐに止まった。
雪原の中央に女の子がいる。リアと同じくらいの歳に見える背姿。耐寒性の高そうな服を着てうずくまっている。
最初にこの夢を見たのは、サキと戦って崖から落ちた時だった。自分が雪の中に青い花を見つけて、すると世界が一変して女の子が現れる夢。しかし夢の内容は、今は変わっている。自分が雪を掘ったのは初回の夢だけで、それ以来自分は雪を掘る女の子を見る側になっている。
勝手に近づいていく自分ではない自分。雪を踏みしめる音を聞きながらハーニーは考える。
これは僕の失くした記憶なんだろうか。ただの幻想にしてはハッキリしすぎている。同じ夢ばかり見るのは僕にとって大きな出来事だったからのはずだ。
夢の自分の動きに抗ってみようとしても意味はない。やがて夢の中の自分は女の子のすぐそばまでたどり着いた。
雪を掘る小さな手の動きを目で追っていると青い花が見えた。雪の中なのになぜ花が咲いているんだろう。形を保てるものなのか。疑問は湧くも回答はない。
「見て!」
女の子の声がハッキリ聞き取れるようになったのはこの夢を見始めて三回目だったか。回数を経るほどに夢はハッキリしていく。
今までぼんやりとしか見えなかった女の子の顔が、今回はしっかり見て取れた。肌の白さが印象的だった。あどけない顔は無邪気に笑っている。
だが、その顔に見覚えはない。心が動くこともない。
僕の記憶のはずだ。なのにどうして何も感じない。
自分のはずの自分が微笑んだ気配。
すると世界は一変する。いつもそうだ。ここまでくると急に雪景色は遠ざかる。そして場所は変わらず、春になる。
「──!」
自分を呼ぶ声だろう。しかし、肝心なところが聞き取れない。
視界が動く。振り返ったのだ。
先ほど雪を掘っていた女の子がいた。春らしい軽装。一面の花畑でこちらに笑いかけている。
眩しい。そう思うと世界は一斉に光を放った。
夢が終わるときはいつもそう。光で一杯になって何も見えなくなる。
そして何も分からないまま現実に戻ってくるんだ──
目が覚めたハーニーを迎えたのは心配そうに自分を覗き込むリアの顔だった。宿の天井を背景にして、見慣れた顔は心配そうに眉を垂れている。
「まだ……起きる時間じゃないか」
窓の外は暗い。
「大丈夫? またあの変な夢見たの?」
「ああ、うん……」
リアには夢のことを話している。
……いや、話さなくても知っているのかもしれない。夢の中で見た花をリアは絵に描いたことがあった。考えていることを読まれることもある。ネリーは大切な人同士だと稀にあると言っていた。
「僕はうなされてた?」
「ううん。でも寝相すごく悪かったよ。それでリア起きたもん」
うなされていないということは僕にとって悪い夢ではないのだろう。寝相は……眠りが浅かったからか。
横になったまま一つ深呼吸をした。
「……思いだせるんだけどな」
夢はハッキリ覚えている。なのに心が動かない。それが恐ろしい。過去の自分は現在の自分とは完全に別人に思えて怖い。
僕は過去を求めているはずだ。家族に憧れがある。でも、こうして夢を見ているのに心が動かないなら、僕は記憶を取り戻しても何も感じないんじゃないのか。
「ハーニー……」
「ごめんごめん。大丈夫だよ」
実際、記憶とリアを比べたら僕はリアを取るだろう。
それでも家族がいるなら僕は欲しい。それなら心は揺れるはず。夢はともかく、僕は家族がいてほしい。在って欲しい。確かな思いだ。
だとしたらこの夢は何だ? どうして心が揺れないんだろう。
謎は深まるばかりだ。
「ふあぁ……リアもう一回寝るー」
リアはパタリとベッドに寝転んだ。まだ明け方だ。確かに早い。
ハーニーも同じようにした。リアはそれで安心するし、僕もまた夢を見られるかもしれない。
目を瞑ると睡魔が襲ってくる。
二度寝は心地いいもので、そのせいか夢は見れなかった。
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