存在の天秤 4

 ヴィンセントと昼を共にした次の日。うららかな正午、ハーニーはリアをコトに預けてパウエルの別邸に来ていた。……別邸といっても今やガダリアは東国の支配下。ここがパウエルの本当の家になるのかもしれない。

 真昼のこの時間、パウエルは会議に行っていて不在だ。それでもハーニーは良かった。用があるのは……いや、ただ来たかっただけなのだ。この庭に。


「不思議と来たくなるんだよ」


 サキの生きた証を前にして言い訳をする。すぐに予想通りの反応があった。


『私に話すのでは物足りませんか』

「そういうわけじゃないよ。ただ、なんていうのかな。セツが一緒にいて落ち着ける相手なら、ここは僕の落ち着ける場所なんだ。何かあったとき報告したいとも思うし」

『……だから離れてみたいと思うんです』

「拗ねないでよ。比べたりしないから」


 苦笑する。返事はなかったが、不安にはならなかった。

 何かを気にしているときや怒っているとき、セツはちゃんと喋ってくれるのだ。無言でいるのはむしろ心配ないという証拠。セツなりの「そうですね」だと分かっている。

 改めて今の状況に目を向ける。


「なんかリオネルさんのことを思い出すな」

『確かにあの時と状況が似ていますね。決起と勧誘、同じです』

「それに実行に移す覚悟も同じだ。リオネルさんみたいに、ヴィンセントさんもたぶん引き下がらない」

『あなたが見てそう思うのならそうなのでしょう』

「随分評価が高いね?」

『人窺いでは右に出る者はいません』

「やだなそれ……」


 男らしくない気がする。自立していないと言われているようだ。

 ……セツがずっと一緒だからその通りか。

 一つ息をして考えを切り替える。誰当てでもない言葉を口にした。


「真面目な話、分からないんだ。ヴィンセントさんは私欲が混じっているけど、間違ったことは言っていない気がする。彼の大切なものは街で、その観点でいけばあの人は誠実だ。犠牲への思想も」

『真に大切なもののためなら、他を切り捨てられるという考え方ですか』

「悔しいけど僕にもヴィンセントさんの気持ちは分かる。リアのためなら……本当に切羽詰まってたらきっと何でもすると思うから」

『私にもわかります。ですがあなたが悩んでいるのは共感だけではないでしょう』


 そうだ。悩むべきは個人の感情ではなく。


「この街の人たちはどっちを望むんだろう、って考えちゃうんだ。危機に直面したら我が身を守ろうとするのは普通だし、国に反感を持っている人も多い。大多数は独立に賛成しそうだ」

『そうですね。仕方ないことですが、戦えない人ほど目先の安心を求めるでしょう』

「問題はヴィンセントさんが独立の話を皆にしたら、だよ。そうなれば街の雰囲気ががらりと変わる。旧王都だけ守ればよくなって、それはそれで結束が強くなるんだ。そうなると流れに逆らえない。独立の空気の中、西国全体で協力しよう! なんて言う方が邪魔者になる……」

『流れができてしまえば人数が多い方が正義ですから』


 政治的なものの見方だが事実だった。

 思い浮かぶのはハーニーにとっての貴族の象徴。


「パウエルさんはきっと流れに逆らって筋を通すよ。僕は……分からない。そういう展開になってしまったから、って自分に言い訳できる気がする。こうなっちゃったら仕方ないよね、独立の流れに乗るしかないよね、って思える気がして……だから嫌なんだ。それなら今、独立の話が持ち上がっていない今、『選ぶ』べきだ。ヴィンセントさんに賛成するか反対するか」


 賛成ならパウエルさんを説得する。反対ならキッパリと嫌だと断る。


「感情的には反対だよ。国ごと人を捨てるなんて怖い。でも独立してしまったら賛成するしかない。賛成できてしまう」

『優柔不断なあなたにはきつい選択ですね。片方はヴィンセント・ヤシーンの独立決起を待っていればいいだけですし』

「そうなんだよ。待ってれば流れに乗るだけでいいから、覚悟が要らない。そっちに逃げたくなる。でも、それは狡いことだと思うから、僕は今選びたい」

『その口ぶりからすると心づもりは決まっているようですが』

「……反対して何ができるんだろうとも思うんだ。僕は調和を乱すだけなんじゃないかって。本当は独立した方がたくさん救われるんじゃないかって」


 墓石を見つめる。


「……誰かのためだったら。僕の知る大切な人を守るためだったら、悩まずに済むんだけど」


 リオネルの時はリアを守るため。サキの時は無論サキを守りたかったため。

いつだって分かりやすい理由があった。

 今回困っているのは結果が同じだからだ。独立しようとしまいと、目標は旧王都を守ることで変わらない。そうなるとどちらかが正しいということになるわけで。


「時間が限られてるってやだな……」

『時間ならまだあるのではないでしょうか。ヴィンセント・ヤシーンも東国前線基地を前にして和を乱したくないはずです。基地を対処しない限り、行動には移さないでしょう』

「街を愛してるし、そうだね。でも早く決めないと」


 焦りが幾分薄れる。セツの存在の大きさを実感する。

 自分を確固たるものにするものが外にあると思うと、自分が矮小な存在に思えた。

 自嘲的に笑う。それでも前を向く。


「考えを整理できた気がする。落ち着くな、やっぱり」

『私がいるからですか?』

「それもあるよ」

『半分以上私ですか?』


 子供のわがままに聞こえて笑ってしまう。


「半分半分だよ。セツもいてくれないと困る」

『良しとしましょう』

「ははは」


 きっと空気を軽くしようとしてくれたんだろうな。

 でもそれを言うのは無粋だからやめておく。


「ありがと」

『……はい』


 何となく、こちらがセツの気遣いに気付いていることはバレていると感じた。セツはそれを言葉にしない。恩着せがましくしない気遣いがそこにもあって。

 譲り合うような柔らかな雰囲気だった。

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