存在の天秤 1
昼や夕方よりも朝に汗を掻いた方がいいと思うのはサキの影響だ。彼女は毎日起きてすぐ鍛錬に励んでいた。その日課の記憶を受け継いでいるから、ハーニーも朝早く身体を動かしたくなる。
コトの剣術指南もそういう訳で午前中に行うこととなった。本当なら早朝にやりたいが、そうしないのには理由がある。
「そうだよ! その調子! リアちゃん筋がいいね!」
「そうかな! リアもハーニー守れる?!」
シンセンの庭に、いつもと違う姿が一つ。今日はリアも来ていた。
「リアも強くなりたい!」とは最近言いだしたことだ。「甘やかしたい」と同じ感覚で言い始めたのだが、やる気はあるらしい。今も素振りを頑張っている。
本当に強くなってもらおうとは思っていない。心身を鍛えるという点で武道に触れるのに賛成だった。
「コト流奥義教えてあげようか!」
「うん! 教わる!」
「必殺腕捻りだよ、見てて……ふっ! こんな感じ」
「おおーっ、簡単そう! リアにもできるかな?」
コトと仲良くなるいい機会でもある。腕捻りは可愛くなくて苦笑いだけれど。
リアが柔術っぽい動きをやろうとして変になっているのを見ていると、コトが傍らに来て言った。
「ふっふっふ、あたしが教えるからにはリアちゃんは強くなるよ。女の子なりの戦い方を伝授するんだから」
「そう言ってくれると助かるよ」
「いいのいいの! あたしも教える側になってみたかったんだ」
満面の笑顔。コトにとってリアがいい友達になれば幸いだ。
「コトには何かお礼をしないとな」
「なになに? なにしてくれるの?」
「詳しく考えてないけど……コトは何かしてほしいことある?」
「え」
コトは急に黙りこくってしまった。ぼんやり空を眺めながらうわごとのようにつぶやく。
「せんぱいにしてほしいこと……何でも? ……さ、さわ」
「さわ?」
「あわわ、今のはなし! 別に触ってほしくない!」
「あ、うん」
やがてコトはハッ、と我に返って悔しそうに唇を尖らせた。
「ぐむ……いいもん! 何もしてくれなくて! せんぱいのばか!」
「僕が責められるのか……と、そろそろ行かないと」
「あれ? せんぱいそろそろ時間だっけ」
「うん。
昼前にパウエルから呼び出されているのだ。何の話かは聞いていない。ただ来るようにと手紙が部屋の前に置いてあった。待ち合わせ場所は旧王城前。
「悪いけどリアのこと」
「任せて! こんなにあたしがせんぱいのために役立てるなんて、今日は良い日だ!」
正直リアを連れてきたのは、面倒を見てもらえたら、という下心があった。嫌がらず受け入れてくれるコトの存在は本当にありがたい。
「やっぱりコトには何かお礼をするよ。触るっていうのはよくわからないけど」
「それはもういいよ~。感謝してるなら言わないでよ~っ」
恥ずかしそうに蹲って、髪のしっぽを揺らすコトは可愛かった。
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